第1章 方程式と図形
式は図形であり、図形は式である
と書けば、多くの人は二つのものを同時に思い浮かべます——ひとつは方程式(代数の対象)、 もうひとつは円(幾何の図形)。この「式と図形は同じものの表と裏」という当たり前の事実を、極限まで 突き詰めるのが代数幾何学です。
狙いは双方向の辞書を作ること。幾何の問い(この曲線は何本の直線に分かれるか、どこで尖っているか)を、 代数の計算(多項式が積に分解するか、微分が消えるか)で解く。逆に、代数の構造(イデアル・環)を、図形の 直感で見る。「方程式の零点集合」と「その方程式が生むイデアル(環論)」が、実は完全に同じ 情報を持っている——これを保証するのが後のヒルベルトの零点定理(第3章)です。まずは、辞書の両端を 定義しましょう。
代数幾何=「方程式(代数)」と「零点集合(幾何)」を同一視する学問。両者を結ぶ辞書を作るのが目標。
アフィン空間と代数的集合
図形の側から始めます。舞台は座標のついた空間、そこに住む図形は「多項式の零点集合」です。以下、 を体 (多くは複素数体 、または代数閉体)とします。
定義 アフィン空間・代数的集合
個の座標の組の全体 をアフィン空間という。多項式の集合 に対し、その共通零点
を代数的集合(アフィン多様体)という。「連立方程式 の解集合」。
は「 に属するすべての多項式を同時にゼロにする点の全体」。円 、放物線 、 二直線 ——身近な図形がみな代数的集合です。下で、いろいろな多項式の零点集合を眺めてください。
多項式を選ぶと、その零点集合 が描かれます。方程式ひとつが図形ひとつを定める。 を選ぶと 二直線の和集合になる——これは が と の積だからで、後で「可約」として深掘りします。節点・ 尖点をもつ曲線では、特異点(青い印、勾配が消える点)が現れます。式の性質(因数分解・微分)が、図形の 性質(分解・尖り)にそのまま映るのが見て取れます。
幾何から代数へ——イデアル I(X)
いま「多項式 → 図形」()を作りました。逆向き「図形 → 多項式」も要ります。図形 に対し、 上で ずっとゼロになる多項式の全体を集めるのです。
定義 図形のイデアル
がイデアルになるのは自然です。 上で消える二つの多項式の和も消えるし、 上で 消える多項式に何を掛けても消える。こうして、**幾何の対象(図形 )から代数の対象(イデアル )**が 生まれます。 と が、辞書の両方向の翻訳です。
V と I の対応——ガロア対応の影
(代数→幾何)と (幾何→代数)は、互いに“ほぼ逆”の関係にあります。この対応の骨格は、集合とイデアルの 包含を逆にする——大きい図形ほど、そこで消える多項式は少ない。
定理 V と I の基本性質
- 包含を逆転:、。
- ( を含む最小の代数的集合=閉包)、。
- 、(一往復半で安定)。
包含を逆転させる一対の対応——これは体論・ガロア理論の「部分群 ↔ 中間体」の対応と 同じ構造(ガロア対応)です。ただし、 と が完全な逆対応になるには一手足りません。 が等号にならない——たとえば で図形は同じなのに、 と は違う。 「べき乗のぶんの曖昧さ」を埋めるのが、第3章のヒルベルトの零点定理です。いまはこの“ずれ”を覚えておきます。
注意 なぜ複素数(代数閉体)で考えるか
実数上だと (実解なし)のように、図形が消えてしまい辞書が壊れる。代数閉体 (体論:すべての多項式が根をもつ、 など)で考えると、「 定数なら 」が 保証され、代数と幾何がずれなく対応する。代数幾何の標準の舞台が (や代数閉体)なのはこのため。実数の 曲線は“影”にすぎず、本当の姿は複素で見える。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- は多項式の集合から、 は点の集合から。 :式→図形、:図形→式。向きを取り違えない。二つで 辞書をなす。
- と は包含を逆転する。 図形が大きいほど、そこで消える多項式は少ない。ガロア対応と同じ構造。
- とは限らない。 だが 。べき乗の曖昧さが残る(零点定理で根基をとると解決、 第3章)。
- 舞台は代数閉体()。 実数だと図形が空になり辞書が壊れる。真の姿は複素で。
この章のまとめ
- 代数幾何は「方程式(代数)↔ 零点集合(幾何)」を同一視する。舞台はアフィン空間 、図形は代数的集合 (連立方程式の解集合)。
- 逆向きに、図形 からイデアル ( 上で消える多項式の全体)を作る。 と が双方向の辞書。
- は包含を逆転し(ガロア対応と同じ構造)、ほぼ逆対応。ただし が等号にならない“べき乗の曖昧さ”が残る。舞台は代数閉体()。
- 図形(閉集合)の集まりは、空間に位相を入れる。次章では、代数的集合を閉集合とする独特な位相——ザリスキ位相を導入します。
次章では、代数的集合を閉集合とするザリスキ位相を定義し、その「粗さ」と既約分解を調べます。