第2章 ザリスキ位相
図形の集まりに位相を入れる
前章で代数的集合 ——多項式の零点集合——を作りました。これらを「閉集合」とみなすと、アフィン空間に 位相が入ります。ザリスキ位相です。ただし、これはふつうの(距離から来る)位相とは似ても 似つかない、奇妙で粗い位相。その奇妙さこそが、代数幾何に固有の概念——既約性——を生みます。
なぜわざわざ変わった位相を入れるのか。代数的集合は多項式で定義されるので、その“自然な”閉集合は距離の 閉集合ではなく、零点集合であるべきだから。位相の言葉(閉集合・連結・成分)を使うと、図形の分解や次元が きれいに語れます。
ザリスキ位相=代数的集合を閉集合とする位相。極端に粗く、既約性という代数幾何固有の概念を生む。
ザリスキ位相の定義
定義 ザリスキ位相
のザリスキ位相とは、代数的集合 を閉集合とする位相 (開集合はその補集合)。これが位相の公理をみたす:
- 、 は閉。
- 任意個の交わり は閉。
- 有限個の和 は閉。
三つの公理が代数的にみたされる点に注目してください。とくに「和が閉」が という 積のイデアルで書けるのが要(前章の )。図形の和集合が、多項式の積に対応します。
ザリスキ位相は「異様に粗い」
この位相の異様さを、いちばん簡単な (直線)で見ます。ふつうの位相と天と地ほど違います。
定理 𝔸¹ のザリスキ閉集合
(一変数)のザリスキ閉集合は、、有限個の点、 全体のいずれか。 (一変数多項式 の零点は有限個だから。)
つまり で「閉集合=有限集合か全体」。だから空でない開集合はどれも「有限個の点を除いた全体」で、 どの二つの開集合も必ず交わる。距離の位相なら開区間はいくらでも小さくできますが、ザリスキ位相では 開集合が巨大すぎて分離できない。「ハウスドルフでない」「点列の極限が定まらない」——集合と位相の 常識が通じない、と身構える必要があります。
注意 粗いことは欠点でない
ザリスキ位相が粗いのは、閉集合を「多項式で定義できるもの」に絞ったから。この“少なさ”ゆえに、閉集合=図形の 分解(既約成分)がきれいに有限で終わる。ふつうの位相の細かさは代数幾何には邪魔で、粗さこそが代数と幾何の 対応を保つ。「位相」という言葉に距離のイメージを持ち込まず、純粋に開閉の代数として扱うのがコツ。
既約性——これ以上分けられない図形
粗いザリスキ位相が生む主役が既約性です。 は二直線に「分かれた」——こういう分解できる図形と、 円のように分解できない図形を区別します。
定義 既約
空でない代数的集合 が既約であるとは、( は閉、)と真に 二つの閉集合に分けられないこと。既約な代数的集合を(狭義の)アフィン多様体という。
円 は既約(一本の曲線)、 は可約(二直線 に分かれる)。この幾何的な 「分解」が、代数ではイデアルの素性に対応します——これが代数幾何の核心の対応の一つです。
定理 既約 ⟺ 素イデアル
代数的集合 が既約 そのイデアル が素イデアル( または )。
証明
可約 なら、各 上で消えない がとれ、 は 全体で消えるので だが —— は素でない。逆も同様に、 が 素でなければ を分解できる。∎
「図形が分解できない(既約)」=「イデアルが素( が消えるなら か が消える)」。前章のガロア対応が、 ここで既約多様体 ↔ 素イデアルという具体的な対応を結びます。素イデアルが幾何では“分解できない図形”だと 分かると、環論の抽象概念に幾何的な意味が宿ります。
既約成分への分解
どんな代数的集合も、有限個の既約成分(分解できない部品)にただ一通りに分かれます。これはザリスキ位相の 粗さ(=ネーター性、環論のヒルベルト基底定理)の帰結です。
定理 既約分解
代数的集合 は、有限個の既約な閉集合 (互いに含まない)に一意に分解される。 を の既約成分という。
証明の芯は「無限に分解し続けることはできない」——環論のネーター性(イデアルの昇鎖が止まる、 ヒルベルト基底定理)が、代数的集合の降鎖を止めます。だから分解は有限で終わり、既約成分に一意に分かれる。 図形を「分解できない部品」に分ける、という素朴な操作が、環のネーター性という代数で保証されるのです。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- ザリスキ位相は距離の位相と別物。 極端に粗く、ハウスドルフでない。どの空でない開集合も巨大で、二つは必ず 交わる。距離のイメージを持ち込まない。
- 既約 ≠ 連結。 既約なら連結だが逆は偽。 は連結(原点でつながる)だが可約(二直線)。既約は「分解 できない」、連結は「一つながり」。
- 既約 ⟺ 素イデアル。 図形の分解不能性が、イデアルの素性に対応。代数幾何の核心の辞書。
- 既約分解は有限・一意。 ネーター性(ヒルベルト基底定理)が無限分解を止める。
この章のまとめ
- ザリスキ位相=代数的集合 を閉集合とする位相。距離の位相より極端に粗く、ハウスドルフでない( の閉集合は有限集合か全体)。粗さが代数幾何の対応を保つ。
- 既約( と真に分けられない)な代数的集合が狭義のアフィン多様体。既約 ⟺ が素イデアル(環論)——分解不能性が素性に対応。
- どんな代数的集合も有限個の既約成分に一意分解(ネーター性=ヒルベルト基底定理の帰結)。
- と の対応にはまだ“べき乗の曖昧さ”が残っていた。次章では、それを完全に解消するヒルベルトの零点定理を証明し、辞書を完成させます。
次章では、ヒルベルトの零点定理(弱形・強形)を述べ、根基イデアルを通して V と I の完全な対応を確立します。