第11章 直接法II:トネリの定理と凸性
前章で、最小点の存在は「強圧性 + 弱下半連続性」で保証されると分かりました。強圧性は比較的わかりやすい (ラグランジアンを下から二次で押さえればよい)。残る核心は「いつ弱下半連続になるのか」です。この章の 主役はその答え——凸性。ラグランジアンが微分について凸であることが、弱下半連続性の鍵であり、それが トネリの存在定理を完成させます。第2章から積み上げてきた変分法の存在論が、ここで一つの定理に結晶します。
凸性が弱下半連続性を生む
なぜ凸性が効くのか、直感から入ります。弱収束 は「平均としては近づくが、細かい振動は 残りうる」収束です。たとえば の微分 が激しく振動しながら弱収束するとき、振動のぶんだけ 「エネルギー」が余分にかかる。凸関数 に対しては、イェンセンの不等式が 「振動させると平均以上に値が増える」 を保証します。つまり凸なラグランジアンでは、 振動する極限で値が下がることはあっても上がることはない——これが下半連続 の向きです。
定理 弱下半連続性の判定(凸性)
ラグランジアン が、微分の変数 について凸(各 で が凸)であり、 適当な増大条件(下から )を満たすなら、汎関数 は で 弱下半連続である。
証明の心は、凸関数を接線で下から支える()ことと、弱収束が一次の項 を に潰すことの組み合わせです。凸性の「接線の上に乗る」性質が、弱極限で値を守る。 第5章で長さでなくエネルギー を使ったのも、 が凸で下半連続性が良いからでした。
トネリの存在定理
強圧性(前章)と弱下半連続性(凸性)がそろえば、直接法の基本定理から最小点の存在が出ます。これを変分法の 文脈で述べたのがトネリの定理です。
定理 トネリの存在定理
ラグランジアン が (i) について凸、(ii)強圧的(、)、(iii)適当な連続性・下からの有界性 を満たすなら、端点を固定した汎関数 は の中で最小点をとる。
証明
前章の直接法の基本定理をそのまま適用する。最小化列は (ii) 強圧性で 有界 → 反射性で弱収束部分列 → (i) 凸性による弱下半連続性で 。端点条件は弱収束で 保たれる(トレースの連続性)ので は許容関数、ゆえに最小点。
これで変分法の物語が閉じます。凸性+強圧性 ⇒ 最小点の存在。第2章では E–L 方程式を「停留の必要条件」として 導きましたが、トネリの定理は逆に「最小点が確かに存在する」ことを保証する。存在が保証されれば、その最小点は (滑らかなら)E–L 方程式を満たすので、方程式論と存在論が噛み合います。ワイエルシュトラスの反例 (前章)が破綻したのは、 が で強圧性を失う( が取れない)ためでした——トネリの 条件が、まさにその穴を塞いでいます。
多変数では「凸」が「準凸」になる
未知関数が多変数(ベクトル値 )の場合、話は微妙に変わります。 弱下半連続性の正確な条件は、通常の凸性ではなく準凸性(モリーの条件)という、より弱い性質に なります。凸なら準凸ですが、逆は成り立たない。弾性体の理論では、物理的に自然なエネルギーが凸でないのに 準凸で下半連続、という現象が起こり、これが非線形弾性の難しさと面白さの源になっています。
注意 凸性の階層(多変数)
- 凸性(convexity):いちばん強い。スカラー問題ではこれで十分。
- 多凸性 → 準凸性 → ランク1凸性:多変数・ベクトル値では、弱下半連続の正確な条件は準凸性。 凸 ⇒ 多凸 ⇒ 準凸 ⇒ ランク1凸 という階層があり、逆は一般に成り立たない。 現代の変分法(幾何学的測度論・非線形弾性)は、この凸性の階層をめぐって展開する。
正則性への一瞥
トネリの定理が保証するのは、 の中の最小点——せいぜい一階の弱微分を持つだけの、滑らかとは限らない 関数です。これが実は滑らかで、古典的な E–L 方程式を満たすのか? これはPDE の楕円型正則性と 同じ問いで、答えも同様に「良い条件下では最小点は滑らか」です。ただし、ラグランジアンや次元によっては 最小点が特異点を持つ(滑らかにならない)反例も知られており(ド・ジョルジ、非線形楕円系)、正則性は 変分法と PDE が交差する現代的な最前線です。ヒルベルトの第 20 問題・第 23 問題は、まさにこの存在と正則性を 問うものでした。
注意 つまずきポイント
- 凸性は「(微分)について」。 についての凸性ではなく、 の 依存性が凸であることが 下半連続の鍵。強圧性(下から二次)も についての条件。
- 凸 ⇒ 下半連続 ⇒ 存在、の一方向。凸でなくても最小点が在ることはある(準凸で足りる)。凸性は 「十分条件」であって必要条件ではない。多変数では準凸性が正確な境界線。
- 存在と正則性は別の問い。トネリは存在を与える。得た最小点が滑らかか(古典解か)は正則性理論の別問題で、 特異点を持つ反例もある。
この章のまとめ
- 弱下半連続性の鍵は凸性: が微分 について凸なら、イェンセン不等式の精神で「振動する極限で値が 上がらない」下半連続 が成り立つ。
- トネリの存在定理: が について凸・強圧的なら、 は で最小点をとる。凸性+強圧性 ⇒ 存在。 ワイエルシュトラスの反例は強圧性が壊れる場合で、トネリの条件が穴を塞ぐ。
- 多変数・ベクトル値では、正確な条件は凸性でなく準凸性(凸⇒多凸⇒準凸⇒ランク1凸の階層)。非線形弾性の舞台。
- 得た最小点の正則性(滑らかか)は別問題。良条件下では滑らか、特異点を持つ反例もある——PDE との交差点。
最終章は、変分法がどこまで広がるかを俯瞰します。PDE のディリクレ原理との再会、極小曲面、 モース理論による臨界点の数え上げ、最適制御——変分法が現代数学に張りめぐらせた根を辿ります。