⟐ 数学の作り方 How to make Mathematics

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第10章 直接法I:存在の枠組み

ここまでの流れは「E–L 方程式を立てて解く」でした。でも、これには暗黙の前提があります——最小を達成する形が そもそも存在する、という前提です。もし最小点が存在しなければ、E–L 方程式を解いて得た停留形は何を意味するのか 怪しくなる。実際、リーマンが素朴に「下限があるから最小点もある」と考えてワイエルシュトラスに批判された歴史が あります(PDE のディリクレ原理で触れた話)。この章では、方程式を経由せず存在そのものを直接 証明する「直接法」の枠組みを、変分法の一般論として立てます。

ワイエルシュトラスの反例:最小点は存在しないことがある

「下限があれば最小点もある」が偽であることを、具体例で見ます。汎関数 J[y]=∫−11x2 y′(x)2 dx,y(−1)=−1, y(1)=1J[y]=\int_{-1}^{1}x^2\,y'(x)^2\,dx,\qquad y(-1)=-1,\ y(1)=1 を考えます。J[y]≥0J[y]\ge0 なので下限は 00 以上。実際、原点付近で急激に −1-1 から 11 へ立ち上がる関数列を作ると、 x2x^2 が原点で 00 になるおかげで J[yn]→0J[y_n]\to0 にできます。だから下限は 00。ところが J[y]=0J[y]=0 を達成するには y′≡0y'\equiv0(定数)でなければならず、それは端点条件 y(±1)=±1y(\pm1)=\pm1 と両立しません。下限 00 は決して達成 されない——最小化列は、原点で不連続にジャンプする「関数でないもの」へ逃げてしまうのです。

注意 教訓

「下限(infimum)が存在する」ことと「最小点(minimizer)が存在する」ことは別物。最小化列の極限が、考えている 関数の空間から逃げ出すことがある。だから存在は自明でなく、証明を要する。E–L 方程式を解く前に、 「最小点が在る」ことを別途保証しなければならない。

直接法の発想:極限を取って最小点を作る

停留方程式を解く「間接法」に対し、直接法(トネリの方法)は、最小点を最小化列の極限として直接 構成します。有限次元での「有界閉集合上の連続関数は最小値をとる」(ワイエルシュトラスの定理)を、無限次元へ 持ち上げる試みです。手順は三段。

注意 直接法の三段構え

  1. 最小化列を取る:J[yk]→m=inf⁡JJ[y_k]\to m=\inf J となる列 (yk)(y_k) を選ぶ(下限の定義から必ず取れる)。
  2. 収束する部分列を取り出す:(yk)(y_k) から、ある位相で収束する部分列 ykj→y∗y_{k_j}\to y_* を得る(コンパクト性)。
  3. 極限が最小点だと示す:J[y∗]≤lim inf⁡J[ykj]=mJ[y_*]\le\liminf J[y_{k_j}]=m を示す(下半連続性)。y∗∈y_*\in 定義域なら J[y∗]=mJ[y_*]=m。

問題は 2 と 3 です。無限次元では有界列から収束部分列が取れるとは限らない(単位球が コンパクトでない)。また、たとえ収束しても JJ が極限でジャンプアップすれば 3 が壊れる。この二つの難所を 乗り越える性質——強圧性(列を有界に閉じ込める)と下半連続性(極限で値が跳ね上がらない)——を、次に 用意します。

強圧性:最小化列を逃がさない

まず、最小化列がどこかへ発散したり暴れたりしないよう、有界に閉じ込める必要があります。それを保証するのが 強圧性です。

定義 強圧性

汎関数 JJ が(あるノルム ∥⋅∥\|\cdot\| について)強圧的とは、∥y∥→∞\|y\|\to\infty ならば J[y]→∞J[y]\to\infty で あること。同値な言い方:J[y]≤CJ[y]\le C を満たす yy の集合はノルム有界。

強圧性があれば、最小化列 J[yk]→m<∞J[y_k]\to m<\infty は上から抑えられているので、∥yk∥\|y_k\| が有界になります。 たとえばラグランジアンが L≥α∣y′∣2−βL\ge\alpha|y'|^2-\beta(下から二次で押さえる)なら、J[y]≥α∥y′∥L22−β(b−a)J[y]\ge\alpha\|y'\|_{L^2}^2-\beta(b-a) と なり、ポアンカレ不等式と合わせて H1H^1 ノルムで強圧的。これで最小化列は H1H^1 の有界集合に 住みます。舞台をソボレフ空間 H1H^1にとるのがここでの定石です——弱微分と完備性を備えた、 極限を取るのにちょうど良い空間だからです。

下半連続性:極限で値が跳ね上がらない

有界列から(弱)収束部分列を取り出せたとして、最後の関門は「J[y∗]≤lim inf⁡J[ykj]J[y_*]\le\liminf J[y_{k_j}]」です。これが 成り立つ性質を下半連続性といいます。

定義 (弱)下半連続性

JJ が(逐次弱)下半連続とは、yk⇀yy_k\rightharpoonup y(弱収束)ならば J[y]≤lim inf⁡k→∞J[yk]J[y]\le\liminf_{k\to\infty}J[y_k] が成り立つこと。値が極限で「下から」しか動かない(跳ね上がらない)ことを意味する。

なぜ連続性でなく「下半」で十分なのか。最小化に必要なのは J[y∗]J[y_*] が下限 mm 以下であること、つまり 不等式 ≤\le の一方向だけ。弱収束では J[yk]→J[y∗]J[y_k]\to J[y_*](等式)まで言えないことが多いのですが、下半連続 (≤\le の向き)なら成り立つ場合がある。この非対称性が、無限次元で弱収束しか使えない状況を救います ——PDE のディリクレ原理の直接法で見たのと全く同じ構図です。

いつ下半連続になるかが決定的な問いで、答えは**「ラグランジアンが y′y' について凸」**——これが次章のトネリの 定理の核心になります。ワイエルシュトラスの反例が破綻したのも、実は強圧性が壊れて最小化列が逃げたためでした。

定理 直接法の基本定理(枠組み)

反射的バナッハ空間(例:H1H^1)上で、汎関数 JJ が (i)強圧的かつ(ii)弱下半連続ならば、JJ は最小点をとる。

証明

最小化列 (yk)(y_k) を取る。(i) 強圧性より ∥yk∥\|y_k\| は有界。反射性より有界列は弱収束部分列 ykj⇀y∗y_{k_j}\rightharpoonup y_* を 持つ(バナッハ–アラオグル)。(ii) 弱下半連続性より J[y∗]≤lim inf⁡J[ykj]=mJ[y_*]\le\liminf J[y_{k_j}]=m。一方 y∗y_* は定義域の元で J[y∗]≥mJ[y_*]\ge m。ゆえに J[y∗]=mJ[y_*]=m、y∗y_* は最小点。

この章のまとめ

  • 下限の存在と最小点の存在は別。ワイエルシュトラスの反例 ∫x2y′2\int x^2 y'^2 は下限 00 を達成できない (最小化列が不連続へ逃げる)。存在は証明を要する。
  • 直接法:最小点を最小化列の極限として直接構成する。三段構え=最小化列 → 収束部分列 → 極限が最小点。
  • 二つの難所を 強圧性(∥y∥→∞⇒J→∞\|y\|\to\infty\Rightarrow J\to\infty、列を有界に閉じ込める)と 弱下半連続性(yk⇀y⇒J[y]≤lim inf⁡J[yk]y_k\rightharpoonup y\Rightarrow J[y]\le\liminf J[y_k]、極限で跳ね上がらない)で越える。
  • 舞台はソボレフ空間 H1H^1(弱微分・完備・反射的)。強圧性+弱下半連続 ⇒ 最小点の存在。

次章は、この枠組みの心臓——「いつ弱下半連続になるか」に答えます。答えは凸性。トネリの存在定理を述べ、 PDE の直接法と完全に合流します。