第10章 直接法I:存在の枠組み
ここまでの流れは「E–L 方程式を立てて解く」でした。でも、これには暗黙の前提があります——最小を達成する形が そもそも存在する、という前提です。もし最小点が存在しなければ、E–L 方程式を解いて得た停留形は何を意味するのか 怪しくなる。実際、リーマンが素朴に「下限があるから最小点もある」と考えてワイエルシュトラスに批判された歴史が あります(PDE のディリクレ原理で触れた話)。この章では、方程式を経由せず存在そのものを直接 証明する「直接法」の枠組みを、変分法の一般論として立てます。
ワイエルシュトラスの反例:最小点は存在しないことがある
「下限があれば最小点もある」が偽であることを、具体例で見ます。汎関数 を考えます。 なので下限は 以上。実際、原点付近で急激に から へ立ち上がる関数列を作ると、 が原点で になるおかげで にできます。だから下限は 。ところが を達成するには (定数)でなければならず、それは端点条件 と両立しません。下限 は決して達成 されない——最小化列は、原点で不連続にジャンプする「関数でないもの」へ逃げてしまうのです。
注意 教訓
「下限(infimum)が存在する」ことと「最小点(minimizer)が存在する」ことは別物。最小化列の極限が、考えている 関数の空間から逃げ出すことがある。だから存在は自明でなく、証明を要する。E–L 方程式を解く前に、 「最小点が在る」ことを別途保証しなければならない。
直接法の発想:極限を取って最小点を作る
停留方程式を解く「間接法」に対し、直接法(トネリの方法)は、最小点を最小化列の極限として直接 構成します。有限次元での「有界閉集合上の連続関数は最小値をとる」(ワイエルシュトラスの定理)を、無限次元へ 持ち上げる試みです。手順は三段。
注意 直接法の三段構え
- 最小化列を取る: となる列 を選ぶ(下限の定義から必ず取れる)。
- 収束する部分列を取り出す: から、ある位相で収束する部分列 を得る(コンパクト性)。
- 極限が最小点だと示す: を示す(下半連続性)。 定義域なら 。
問題は 2 と 3 です。無限次元では有界列から収束部分列が取れるとは限らない(単位球が コンパクトでない)。また、たとえ収束しても が極限でジャンプアップすれば 3 が壊れる。この二つの難所を 乗り越える性質——強圧性(列を有界に閉じ込める)と下半連続性(極限で値が跳ね上がらない)——を、次に 用意します。
強圧性:最小化列を逃がさない
まず、最小化列がどこかへ発散したり暴れたりしないよう、有界に閉じ込める必要があります。それを保証するのが 強圧性です。
定義 強圧性
汎関数 が(あるノルム について)強圧的とは、 ならば で あること。同値な言い方: を満たす の集合はノルム有界。
強圧性があれば、最小化列 は上から抑えられているので、 が有界になります。 たとえばラグランジアンが (下から二次で押さえる)なら、 と なり、ポアンカレ不等式と合わせて ノルムで強圧的。これで最小化列は の有界集合に 住みます。舞台をソボレフ空間 にとるのがここでの定石です——弱微分と完備性を備えた、 極限を取るのにちょうど良い空間だからです。
下半連続性:極限で値が跳ね上がらない
有界列から(弱)収束部分列を取り出せたとして、最後の関門は「」です。これが 成り立つ性質を下半連続性といいます。
定義 (弱)下半連続性
が(逐次弱)下半連続とは、(弱収束)ならば が成り立つこと。値が極限で「下から」しか動かない(跳ね上がらない)ことを意味する。
なぜ連続性でなく「下半」で十分なのか。最小化に必要なのは が下限 以下であること、つまり 不等式 の一方向だけ。弱収束では (等式)まで言えないことが多いのですが、下半連続 ( の向き)なら成り立つ場合がある。この非対称性が、無限次元で弱収束しか使えない状況を救います ——PDE のディリクレ原理の直接法で見たのと全く同じ構図です。
いつ下半連続になるかが決定的な問いで、答えは**「ラグランジアンが について凸」**——これが次章のトネリの 定理の核心になります。ワイエルシュトラスの反例が破綻したのも、実は強圧性が壊れて最小化列が逃げたためでした。
定理 直接法の基本定理(枠組み)
反射的バナッハ空間(例:)上で、汎関数 が (i)強圧的かつ(ii)弱下半連続ならば、 は最小点をとる。
証明
最小化列 を取る。(i) 強圧性より は有界。反射性より有界列は弱収束部分列 を 持つ(バナッハ–アラオグル)。(ii) 弱下半連続性より 。一方 は定義域の元で 。ゆえに 、 は最小点。
この章のまとめ
- 下限の存在と最小点の存在は別。ワイエルシュトラスの反例 は下限 を達成できない (最小化列が不連続へ逃げる)。存在は証明を要する。
- 直接法:最小点を最小化列の極限として直接構成する。三段構え=最小化列 → 収束部分列 → 極限が最小点。
- 二つの難所を 強圧性(、列を有界に閉じ込める)と 弱下半連続性(、極限で跳ね上がらない)で越える。
- 舞台はソボレフ空間 (弱微分・完備・反射的)。強圧性+弱下半連続 ⇒ 最小点の存在。
次章は、この枠組みの心臓——「いつ弱下半連続になるか」に答えます。答えは凸性。トネリの存在定理を述べ、 PDE の直接法と完全に合流します。