第1章 極限を厳密にする
「限りなく近づく」の何が困るのか
数列 1,21,31,41,… は 0 に近づく。これは誰でも納得します。
では聞きます。「近づく」って、正確にはどういう意味ですか?
「どんどん 0 に寄っていく」と言いたくなりますが、たとえば 2,2,2,… という
ずっと 2 のままの数列も、見方によっては「2 にどんどん寄っている」と言えてしまう。
「小さくなっていく」だと 1,21,41,… は説明できても、
−1,21,−31,41,… のように符号が揺れながら 0 に近づくやつを
うまく言えません。
つまり素朴な言い方は、人によって別の意味に取れてしまう。
数学は「誰が読んでも同じ結論になる」ことが命なので、これは致命的です。
そこで先人がひねり出したのが、次の発想の転換でした。
「近づく」を動きの言葉(寄っていく、小さくなる)でなく、
距離の言葉(誤差がどれだけ小さくできるか)に翻訳する。
直感:文句係とのゲーム
こう考えてみてください。あなたは「an は 0 に近づく」と主張したい。
そこへ文句係が現れて、こう言います。
「近づくって言うなら、誤差 0.1 以内にしてみせろ」
あなたは「n が十分大きければ、ほら 0.1 以内です」と返す。
すると文句係は「じゃあ 0.001 以内は?」と、どんどん厳しくしてくる。
どんなに小さい誤差を要求されても、『ある番号から先はずっとその誤差以内』と
返せる——そのとき初めて「an は 0 に近づく」と認めよう、というわけです。
ここで「誤差の要求」を ε(イプシロン)、「ある番号」を N と名づけます。
下のスライダーで ε(文句係の要求)を動かしてみてください。
どんなに小さくしても、それに応じた N(朱色の線)から先は、点がすべて帯の中に
収まります。これが「近づく」の正体です。
形式:ε-N 論法
さっきのゲームを、そのまま記号にします。
定義 数列の極限(ε-N 論法)
数列 (an) が値 α に収束するとは、次が成り立つこと:
∀ε>0, ∃N∈N, ∀n≥N, ∣an−α∣<ε.
このとき n→∞liman=α と書く。
記号を日本語に戻すと、「どんな ε>0 に対しても(文句係がどんな要求をしても)、
ある番号 N が存在して、それ以降のすべての n で誤差 ∣an−α∣ が ε 未満」。
さっきのゲームの一字一句の翻訳になっています。
∣an−α∣ は an と α の距離です。符号が揺れても絶対値で測るから、
「揺れながら近づく」もちゃんと扱えます。素朴な言い方の弱点が、これで全部消えました。
例 1/n → 0 を定義通りに示す
ε>0 を任意にとる。N>ε1 となる自然数 N をとれば
(アルキメデスの原理でとれる)、n≥N のとき
n1−0=n1≤N1<ε.
ε は任意だったから、定義より limn→∞n1=0。
証明の型に注目してください。「ε を任意にとる → それに合わせて N を作る →
n≥N で誤差 <ε を確かめる」。ε-δ 系の証明はすべてこの三段構えです。
関数の極限:ε-δ 論法
数列は「n を大きくする」でしたが、関数 f(x) で「x を a に近づける」ときも
発想は同じ。ただし今度は「n≥N」の代わりに「x が a に十分近い」を
δ(デルタ)で測ります。
定義 関数の極限(ε-δ 論法)
x→alimf(x)=L とは、
∀ε>0, ∃δ>0, ∀x, 0<∣x−a∣<δ⟹∣f(x)−L∣<ε.
読み方は「出力の誤差 ε をどんなに小さく要求されても、
入力側の許容範囲 δ をうまくとれば、a から δ 以内の x で
出力が L の ε 以内に収まる」。0<∣x−a∣ と書くのは、
x=a ちょうどの値は問わない(近づく途中の話をしている)ためです。
定義 連続性
f が点 a で連続とは x→alimf(x)=f(a)。
展開すると、∀ε>0, ∃δ>0, ∣x−a∣<δ⟹∣f(x)−f(a)∣<ε。
連続とは要するに「入力を少し動かせば、出力も少ししか動かない」。
極限の定義がそのまま連続の定義になっているのがポイントで、
新しく覚えることはありません。
つまずきポイント:否定はどう作るか
「収束する」の証明はできても、「収束しない」ことを示せと言われると急に固まる人が
多い。これは論理の ∀ と ∃ をひっくり返すだけの機械的作業です。
注意 量化子の否定は「入れ替えて中を否定」
¬(∀xP)≡∃x¬P、¬(∃xP)≡∀x¬P。
外側から順にひっくり返していけばよい。
「α に収束する」= ∀ε>0 ∃N ∀n≥N ∣an−α∣<ε
を否定すると、∀ と ∃ が総入れ替えになり、最後の不等号だけ否定されて:
∃ε>0, ∀N, ∃n≥N, ∣an−α∣≥ε.
日本語だと**「ある ε が存在して、どんなに先に行っても、誤差が ε 以上に
なる n がまた出てくる」**。文句係の側に立った言い方ですね。
例 (-1)ⁿ は収束しない
an=(−1)n が α に収束すると仮定する。ε=1 をとると、隣り合う項の差は
∣an+1−an∣=2 なので、∣an−α∣<1 かつ ∣an+1−α∣<1 は三角不等式
2=∣an+1−an∣≤∣an+1−α∣+∣an−α∣<2 に反する。よってどんな α にも
収束しない。
この章のまとめ
- 「限りなく近づく」の曖昧さは、距離 ∣an−α∣ を任意の ε より小さくできる、
と言い換えることで消える。
- 証明はいつも三段構え:ε を任意にとる → N(or δ)を作る → 誤差 <ε。
- 連続とは「入力の小さな変化 → 出力の小さな変化」。極限の定義の言い換えにすぎない。
- 否定は ∀↔∃ を入れ替えて中身を否定するだけ。文句係の側に回ると覚える。
次章は、そもそもなぜ実数だと極限がちゃんと存在するのか——
sup や完備性という「実数の連続性」を掘り下げます。