数学の作り方 How to make Mathematics

第1章 極限を厳密にする

「限りなく近づく」の何が困るのか

数列 1,12,13,14,1, \frac12, \frac13, \frac14, \dots00 に近づく。これは誰でも納得します。 では聞きます。「近づく」って、正確にはどういう意味ですか?

「どんどん 00 に寄っていく」と言いたくなりますが、たとえば 2,2,2,2, 2, 2, \dots という ずっと 22 のままの数列も、見方によっては「22 にどんどん寄っている」と言えてしまう。 「小さくなっていく」だと 1,12,14,1, \frac12, \frac14, \dots は説明できても、 1,12,13,14,-1, \frac12, -\frac13, \frac14, \dots のように符号が揺れながら 00 に近づくやつを うまく言えません。

つまり素朴な言い方は、人によって別の意味に取れてしまう。 数学は「誰が読んでも同じ結論になる」ことが命なので、これは致命的です。 そこで先人がひねり出したのが、次の発想の転換でした。

「近づく」を動きの言葉(寄っていく、小さくなる)でなく、 距離の言葉(誤差がどれだけ小さくできるか)に翻訳する。

直感:文句係とのゲーム

こう考えてみてください。あなたは「ana_n00 に近づく」と主張したい。 そこへ文句係が現れて、こう言います。

「近づくって言うなら、誤差 0.10.1 以内にしてみせろ」

あなたは「nn が十分大きければ、ほら 0.10.1 以内です」と返す。 すると文句係は「じゃあ 0.0010.001 以内は?」と、どんどん厳しくしてくる。

どんなに小さい誤差を要求されても、『ある番号から先はずっとその誤差以内』と 返せる——そのとき初めて「ana_n00 に近づく」と認めよう、というわけです。

ここで「誤差の要求」を ε\varepsilon(イプシロン)、「ある番号」を NN と名づけます。 下のスライダーで ε\varepsilon(文句係の要求)を動かしてみてください。 どんなに小さくしても、それに応じた NN(朱色の線)から先は、点がすべて帯の中に 収まります。これが「近づく」の正体です。

形式:ε-N 論法

さっきのゲームを、そのまま記号にします。

定義 数列の極限(ε-N 論法)

数列 (an)(a_n) が値 α\alpha収束するとは、次が成り立つこと:

ε>0, NN, nN, anα<ε.\forall \varepsilon > 0,\ \exists N \in \mathbb{N},\ \forall n \ge N,\ |a_n - \alpha| < \varepsilon.

このとき limnan=α\displaystyle\lim_{n\to\infty} a_n = \alpha と書く。

記号を日本語に戻すと、「どんな ε>0\varepsilon>0 に対しても(文句係がどんな要求をしても)、 ある番号 NN が存在して、それ以降のすべての nn で誤差 anα|a_n-\alpha|ε\varepsilon 未満」。 さっきのゲームの一字一句の翻訳になっています。

anα|a_n - \alpha|ana_nα\alpha距離です。符号が揺れても絶対値で測るから、 「揺れながら近づく」もちゃんと扱えます。素朴な言い方の弱点が、これで全部消えました。

1/n → 0 を定義通りに示す

ε>0\varepsilon>0 を任意にとる。N>1εN > \frac{1}{\varepsilon} となる自然数 NN をとれば (アルキメデスの原理でとれる)、nNn \ge N のとき

1n0=1n1N<ε.\left|\tfrac{1}{n} - 0\right| = \tfrac{1}{n} \le \tfrac{1}{N} < \varepsilon.

ε\varepsilon は任意だったから、定義より limn1n=0\lim_{n\to\infty}\frac1n = 0

証明のに注目してください。「ε\varepsilon を任意にとる → それに合わせて NN を作る → nNn\ge N で誤差 <ε<\varepsilon を確かめる」。ε\varepsilon-δ\delta 系の証明はすべてこの三段構えです。

関数の極限:ε-δ 論法

数列は「nn を大きくする」でしたが、関数 f(x)f(x) で「xxaa に近づける」ときも 発想は同じ。ただし今度は「nNn\ge N」の代わりに「xxaa に十分近い」を δ\delta(デルタ)で測ります。

定義 関数の極限(ε-δ 論法)

limxaf(x)=L\displaystyle\lim_{x\to a} f(x) = L とは、

ε>0, δ>0, x, 0<xa<δ    f(x)L<ε.\forall \varepsilon>0,\ \exists \delta>0,\ \forall x,\ 0 < |x-a| < \delta \implies |f(x)-L| < \varepsilon.

読み方は「出力の誤差 ε\varepsilon をどんなに小さく要求されても、 入力側の許容範囲 δ\delta をうまくとれば、aa から δ\delta 以内の xx で 出力が LLε\varepsilon 以内に収まる」。0<xa0<|x-a| と書くのは、 x=ax=a ちょうどの値は問わない(近づく途中の話をしている)ためです。

定義 連続性

ff が点 aa連続とは limxaf(x)=f(a)\displaystyle\lim_{x\to a}f(x)=f(a)。 展開すると、ε>0, δ>0, xa<δ    f(x)f(a)<ε\forall\varepsilon>0,\ \exists\delta>0,\ |x-a|<\delta \implies |f(x)-f(a)|<\varepsilon

連続とは要するに「入力を少し動かせば、出力も少ししか動かない」。 極限の定義がそのまま連続の定義になっているのがポイントで、 新しく覚えることはありません。

つまずきポイント:否定はどう作るか

「収束する」の証明はできても、「収束しない」ことを示せと言われると急に固まる人が 多い。これは論理の \forall\exists をひっくり返すだけの機械的作業です。

注意 量化子の否定は「入れ替えて中を否定」

¬(xP)x¬P\neg(\forall x\, P) \equiv \exists x\, \neg P¬(xP)x¬P\neg(\exists x\, P) \equiv \forall x\, \neg P。 外側から順にひっくり返していけばよい。

α\alpha に収束する」= ε>0 N nN anα<ε\forall\varepsilon>0\ \exists N\ \forall n\ge N\ |a_n-\alpha|<\varepsilon を否定すると、\forall\exists が総入れ替えになり、最後の不等号だけ否定されて:

ε>0, N, nN, anαε.\exists \varepsilon>0,\ \forall N,\ \exists n \ge N,\ |a_n - \alpha| \ge \varepsilon.

日本語だと**「ある ε\varepsilon が存在して、どんなに先に行っても、誤差が ε\varepsilon 以上に なる nn がまた出てくる」**。文句係の側に立った言い方ですね。

(-1)ⁿ は収束しない

an=(1)na_n=(-1)^nα\alpha に収束すると仮定する。ε=1\varepsilon=1 をとると、隣り合う項の差は an+1an=2|a_{n+1}-a_n|=2 なので、anα<1|a_n-\alpha|<1 かつ an+1α<1|a_{n+1}-\alpha|<1 は三角不等式 2=an+1anan+1α+anα<22=|a_{n+1}-a_n|\le |a_{n+1}-\alpha|+|a_n-\alpha|<2 に反する。よってどんな α\alpha にも 収束しない。

この章のまとめ

  • 「限りなく近づく」の曖昧さは、距離 anα|a_n-\alpha| を任意の ε\varepsilon より小さくできる、 と言い換えることで消える。
  • 証明はいつも三段構え:ε\varepsilon を任意にとる → NN(or δ\delta)を作る → 誤差 <ε<\varepsilon
  • 連続とは「入力の小さな変化 → 出力の小さな変化」。極限の定義の言い換えにすぎない。
  • 否定は \forall\leftrightarrow\exists を入れ替えて中身を否定するだけ。文句係の側に回ると覚える。

次章は、そもそもなぜ実数だと極限がちゃんと存在するのか—— sup\sup や完備性という「実数の連続性」を掘り下げます。