数学の作り方 How to make Mathematics

第2章 実数の連続性

有理数には「穴」がある

前章で極限を厳密にしました。でも、こんな疑問が残ります。 極限は、いつも存在するの?

たとえば 2\sqrt2 を近似する数列 1.4, 1.41, 1.414, 1.4,\ 1.41,\ 1.414,\ \dots を考えます。 各項は有理数で、値はどんどん一点に寄っていく(前章の ε\varepsilon-NN の意味で「近づいて」いる)。 なのに、その寄っていく先 2\sqrt2 は有理数ではありません

つまり有理数の世界では、「近づいているのに、近づく先が世界の中に無い」ことが起こる。 数直線に穴が空いているのです。これでは「極限をとる」という操作が安全に使えません。

実数とは、ざっくり言えばこの穴をすべて埋めた数の集まり。 その「穴が無い」性質を、この章で正確に述べます。これが解析すべての土台です。

上限公理:これだけが出発点

「穴が無い」を一言で保証するのが次の公理です。まず言葉を用意します。

定義 上界・上限

集合 SRS\subset\mathbb{R} について、すべての xSx\in SxMx\le M となる MMSS上界という。 上界のうち最小のもの上限といい supS\sup S と書く。(下側も同様に下限 infS\inf S。)

「最大値」と何が違うのか、が最初の関門です。S={x:x<1}S=\{x : x<1\} に最大値はありません (11 は入っていないし、どんな要素より大きい要素がまた取れる)。でも「11 以上の壁のうち いちばん低い壁」= supS=1\sup S = 1 は言えます。最大値は無くても上限はある——この差が本質です。

定理 上限公理(実数の連続性)

上に有界な空でない SRS\subset\mathbb{R} には、上限 supS\sup S が実数の中に存在する。

これは証明する定理ではなく、実数を実数たらしめる約束です。有理数はこれを満たしません ({xQ:x2<2}\{x\in\mathbb{Q}: x^2<2\} の上限は 2\sqrt2 で、有理数の外に落ちる)。 以下で見るように、微積分の「存在」に関わる定理は、ほぼすべてこの公理一つから流れ出します。

帰結1:単調有界数列は収束する

定理 単調有界数列の収束

上に有界な単調増加数列は収束し、その極限は sup{an}\sup\{a_n\} に等しい。

証明

α=sup{an}\alpha=\sup\{a_n\} とおく(上限公理で存在)。ε>0\varepsilon>0 を任意にとる。 αε\alpha-\varepsilon は上界ではない(α\alpha が最小の上界だから)ので、ある NNaN>αεa_N>\alpha-\varepsilon。単調増加より nNn\ge Nαε<aNanα\alpha-\varepsilon<a_N\le a_n\le\alpha、 つまり anα<ε|a_n-\alpha|<\varepsilon。よって anαa_n\to\alpha

この定理が偉いのは、極限の値を知らなくても「収束する」と言える点です。 「上がり続けるが天井がある」なら、その天井にぶつかる——直感通りのことが、公理から出ました。

帰結2:ボルツァーノ–ワイエルシュトラス

定理 ボルツァーノ–ワイエルシュトラス

有界な数列は、収束する部分列をもつ。

イメージは「有限の箱に無限個の点を詰めれば、どこかに点が群がる」。 区間を半分に割り、無限個の項を含む方を選ぶ、をくり返す(区間縮小法)と、 入れ子の区間 [an,bn][a_n,b_n] の幅が 00 に縮み、共通の一点に収束する部分列がとれます。 「割って、混んでいる方を選ぶ」——この一手が、後で最大値の定理などを支えます。

帰結3:コーシー列と完備性

前章の収束の定義は「近づく先 α\alpha」を名指しする必要がありました。 でも α\alpha を知らずに「収束しそう」と言いたいことがある。そこで項どうしが密集していく という内側だけの条件を使います。

定義 コーシー列

ε>0, N, m,nN, aman<ε\forall\varepsilon>0,\ \exists N,\ \forall m,n\ge N,\ |a_m-a_n|<\varepsilon を満たす数列をコーシー列という。

定理 実数の完備性

R\mathbb{R} において、数列が収束する     \iff コーシー列である。

「収束 \Rightarrow コーシー」は三角不等式で簡単。逆が実数の連続性の心臓です: コーシー列は有界なので B–W で収束部分列をもち、その極限に全体が収束する。 極限先を名指しできなくても、密集していれば収束が保証される——これが「完備」、 すなわち「穴が無い」の正確な意味です。有理数はコーシーでも収束しない列(2\to\sqrt2)が あるので、完備ではありません。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • supS\sup SSS の要素」ではない。 最大値がある場合だけ一致する。sup(0,1)=1(0,1)\sup(0,1)=1\notin(0,1)
  • 「有界なら収束」ではない。 (1)n(-1)^n は有界だが収束しない。B–W が言うのは「収束部分列をもつ」まで。
  • コーシーは「隣どうしが近い」ではない。 an=na_n=\sqrt nan+1an0a_{n+1}-a_n\to0 だが発散する。 コーシーは「番号 NN 以降の任意の 2 項が近い」で、ずっと強い条件。

この章のまとめ

  • 有理数には穴があり、極限先が世界の外に落ちる。実数は上限公理でこれを塞いだ数。
  • 公理一つから、単調有界の収束・B–W・完備性が芋づる式に出る。これらは形を変えた同じ主張。
  • 完備性 = 穴が無い = コーシー列は必ず収束する。極限先を名指しせずに収束を言える強力な道具。

次章は、この完備性を使って**「無限個を足す」=級数**を安全に扱います。