第2章 実数の連続性
有理数には「穴」がある
前章で極限を厳密にしました。でも、こんな疑問が残ります。 極限は、いつも存在するの?
たとえば を近似する数列 を考えます。 各項は有理数で、値はどんどん一点に寄っていく(前章の - の意味で「近づいて」いる)。 なのに、その寄っていく先 は有理数ではありません。
つまり有理数の世界では、「近づいているのに、近づく先が世界の中に無い」ことが起こる。 数直線に穴が空いているのです。これでは「極限をとる」という操作が安全に使えません。
実数とは、ざっくり言えばこの穴をすべて埋めた数の集まり。 その「穴が無い」性質を、この章で正確に述べます。これが解析すべての土台です。
上限公理:これだけが出発点
「穴が無い」を一言で保証するのが次の公理です。まず言葉を用意します。
定義 上界・上限
集合 について、すべての で となる を の上界という。 上界のうち最小のものを上限といい と書く。(下側も同様に下限 。)
「最大値」と何が違うのか、が最初の関門です。 に最大値はありません ( は入っていないし、どんな要素より大きい要素がまた取れる)。でも「 以上の壁のうち いちばん低い壁」= は言えます。最大値は無くても上限はある——この差が本質です。
定理 上限公理(実数の連続性)
上に有界な空でない には、上限 が実数の中に存在する。
これは証明する定理ではなく、実数を実数たらしめる約束です。有理数はこれを満たしません ( の上限は で、有理数の外に落ちる)。 以下で見るように、微積分の「存在」に関わる定理は、ほぼすべてこの公理一つから流れ出します。
帰結1:単調有界数列は収束する
定理 単調有界数列の収束
上に有界な単調増加数列は収束し、その極限は に等しい。
証明
とおく(上限公理で存在)。 を任意にとる。 は上界ではない( が最小の上界だから)ので、ある で 。単調増加より で 、 つまり 。よって 。
この定理が偉いのは、極限の値を知らなくても「収束する」と言える点です。 「上がり続けるが天井がある」なら、その天井にぶつかる——直感通りのことが、公理から出ました。
帰結2:ボルツァーノ–ワイエルシュトラス
定理 ボルツァーノ–ワイエルシュトラス
有界な数列は、収束する部分列をもつ。
イメージは「有限の箱に無限個の点を詰めれば、どこかに点が群がる」。 区間を半分に割り、無限個の項を含む方を選ぶ、をくり返す(区間縮小法)と、 入れ子の区間 の幅が に縮み、共通の一点に収束する部分列がとれます。 「割って、混んでいる方を選ぶ」——この一手が、後で最大値の定理などを支えます。
帰結3:コーシー列と完備性
前章の収束の定義は「近づく先 」を名指しする必要がありました。 でも を知らずに「収束しそう」と言いたいことがある。そこで項どうしが密集していく という内側だけの条件を使います。
定義 コーシー列
を満たす数列をコーシー列という。
定理 実数の完備性
において、数列が収束する コーシー列である。
「収束 コーシー」は三角不等式で簡単。逆が実数の連続性の心臓です: コーシー列は有界なので B–W で収束部分列をもち、その極限に全体が収束する。 極限先を名指しできなくても、密集していれば収束が保証される——これが「完備」、 すなわち「穴が無い」の正確な意味です。有理数はコーシーでも収束しない列()が あるので、完備ではありません。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 「 は の要素」ではない。 最大値がある場合だけ一致する。。
- 「有界なら収束」ではない。 は有界だが収束しない。B–W が言うのは「収束部分列をもつ」まで。
- コーシーは「隣どうしが近い」ではない。 は だが発散する。 コーシーは「番号 以降の任意の 2 項が近い」で、ずっと強い条件。
この章のまとめ
- 有理数には穴があり、極限先が世界の外に落ちる。実数は上限公理でこれを塞いだ数。
- 公理一つから、単調有界の収束・B–W・完備性が芋づる式に出る。これらは形を変えた同じ主張。
- 完備性 = 穴が無い = コーシー列は必ず収束する。極限先を名指しせずに収束を言える強力な道具。
次章は、この完備性を使って**「無限個を足す」=級数**を安全に扱います。