数学の作り方 How to make Mathematics

第11章 超関数の演算とフーリエ変換

操作を「試験関数の側へ移す」

超関数 TT は、試験関数 φ\varphi に作用してのみ意味をもちました(T,φ\langle T,\varphi\rangle)。では、超関数を 微分するにはどうすればいいか。TT そのものは値をもたないので、直接は微分できません。そこで、とっておきの 手を使います——操作を試験関数の側へ移すのです。

アイデアの源は部分積分。普通の関数 ff(微分可能)なら、fφ=fφ\int f'\varphi=-\int f\varphi'(境界項は φ\varphi の 急減少で消える)。左辺は「ff を微分して φ\varphi に作用」、右辺は「ff に作用させ、微分を φ\varphi に押しつけた」。 両者が等しい。ならば、TT が微分できないなら、右辺を定義とすればいい。微分を、微分できる試験関数の側へ 肩代わりさせるのです。

超関数の演算は「操作を試験関数へ移して」定義する。試験関数は何でもできる(CC^\infty・急減少)ので、超関数側は何もできなくてよい。

超関数の微分

定義 超関数の微分

超関数 TST\in\mathcal S'微分 TT'

T,φ=T,φ(φS)\langle T',\varphi\rangle=-\langle T,\varphi'\rangle\qquad(\forall\varphi\in\mathcal S)

で定める。試験関数は CC^\infty なので何回でも微分でき、ゆえにすべての超関数は無限回微分できる

この定義の威力は絶大です。「微分できない関数」も超関数として無限回微分できる。例で確かめましょう。

ヘヴィサイド関数の微分はデルタ

階段関数 H(x)={1x>00x<0H(x)=\begin{cases}1&x>0\\0&x<0\end{cases}x=0x=0 で不連続、古典的には微分不可能)を超関数として微分:

H,φ=H,φ=0φ(x)dx=[φ]0=φ(0)=δ,φ.\langle H',\varphi\rangle=-\langle H,\varphi'\rangle=-\int_0^\infty\varphi'(x)dx=-[\varphi]_0^\infty=\varphi(0)=\langle\delta,\varphi\rangle.

よって H=δH'=\delta跳びの微分がデルタ。段差を微分すると、その位置に撃力(デルタ)が立つ——物理的直感 (階段状の変化=一瞬の衝撃)が、そのまま数式になる。同様に δ\delta'δ,φ=φ(0)\langle\delta',\varphi\rangle=-\varphi'(0)

微分できなかった不連続関数が、超関数の世界では自由に微分でき、しかも「跳び→デルタ」という自然な答えを返す。 超関数は、微分を万能にする枠組みなのです。同じ「操作を移す」手で、平行移動・掛け算(滑らかな関数との)なども 定義できます。

超関数のフーリエ変換

いよいよ本命。同じ「操作を移す」手で、超関数のフーリエ変換を定義します。普通の関数なら、変換の中身を 入れ替える等式 f^φ=fφ^\int\hat f\varphi=\int f\hat\varphi(フビニで確かめられる)が成り立つ。これを定義に格上げします。

定義 超関数のフーリエ変換

TST\in\mathcal S'フーリエ変換 T^\hat T

T^,φ=T,φ^(φS)\langle\hat T,\varphi\rangle=\langle T,\hat\varphi\rangle\qquad(\forall\varphi\in\mathcal S)

で定める。φ^S\hat\varphi\in\mathcal S前章S\mathcal S は変換で閉じる)なので右辺は 意味をもつ。ゆえにすべての緩増加超関数はフーリエ変換できる

シュワルツ空間が変換で閉じている——前章で強調したこの性質が、ここで効きます。φ^\hat\varphi もまたシュワルツ 試験関数だから、右辺 T,φ^\langle T,\hat\varphi\rangle が定義でき、変換が全域化する。L1L^1 でも L2L^2 でも変換 できなかった対象(多項式、eixξe^{ix\xi}、デルタ)が、すべて変換可能になります。

定理 基本的な超関数のフーリエ変換

δ^=1,1^=2πδ,eiax^=2πδa,δa^=eiaξ.\hat\delta=1,\qquad \hat 1=2\pi\,\delta,\qquad \widehat{e^{ia x}}=2\pi\,\delta_a,\qquad \widehat{\delta_a}=e^{-ia\xi}.

証明

δ^,φ=δ,φ^=φ^(0)=φ(x)dx=1,φ\langle\hat\delta,\varphi\rangle=\langle\delta,\hat\varphi\rangle=\hat\varphi(0)=\int\varphi(x)dx=\langle 1,\varphi\rangle。 よって δ^=1\hat\delta=11^=2πδ\hat 1=2\pi\delta は反転(第7章の対称性 f^^(x)=2πf(x)\hat{\hat f}(x)=2\pi f(-x))から。∎

δ^=1\hat\delta=1 の意味を味わってください。一点に集中したデルタ(時間で最大に局在)のスペクトルは、全振動数を 均等に含む定数 11(振動数で最大に非局在)。逆に、定数 11(全空間に一様=時間で非局在)の変換はデルタ (振動数 00 に集中)。第8章の不確定性原理の極限がここにあります——完全に局在した対象は、完全に非局在な スペクトルをもつ。デルタと定数は、その両極端。

注意 なぜ超関数が要るのか——変換の完成

eiaxe^{ia x}(純粋な単一振動数の波)は L1L^1 でも L2L^2 でもない(減衰しない)ので、古典的にはフーリエ変換できな かった。だが超関数なら eiax^=2πδa\widehat{e^{iax}}=2\pi\delta_a——「振動数 aa に立つデルタ」という当然の答えを返す。 超関数は、フーリエ変換をあらゆる緩増加対象へ拡張し、理論を完成させる。物理で平面波やデルタを平気で変換 できるのは、この理論のおかげ。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 超関数の演算は「試験関数へ操作を移す」。 微分もフーリエ変換も、TT でなく φ\varphi の側で行う。符号 (微分で -)は部分積分から来る。
  • すべての超関数が無限回微分できる。 古典的に微分不可能な関数も。ただし答えは超関数(デルタなど)に なりうる。H=δH'=\delta
  • δ^=1\hat\delta=11^=2πδ\hat1=2\pi\delta 局在↔非局在の交換。不確定性原理の極限。混同しやすいので、どちらが デルタでどちらが定数か、意味(局在の度合い)で覚える。
  • シュワルツ空間が変換で閉じるのが鍵。 これがないと T,φ^\langle T,\hat\varphi\rangle が定義できない。前章の 性質が効いている。

この章のまとめ

  • 超関数の演算は操作を試験関数へ移して定義:微分 T,φ=T,φ\langle T',\varphi\rangle=-\langle T,\varphi'\rangle(部分積分)。ゆえにすべての超関数が無限回微分でき跳びの微分はデルタH=δH'=\delta)。
  • フーリエ変換 T^,φ=T,φ^\langle\hat T,\varphi\rangle=\langle T,\hat\varphi\rangleS\mathcal S が変換で閉じるのですべての緩増加超関数が変換可能L1,L2L^1,L^2 で不可能だった多項式・平面波・デルタも変換できる。
  • δ^=1\hat\delta=11^=2πδ\hat1=2\pi\deltaeiax^=2πδa\widehat{e^{iax}}=2\pi\delta_a:局在↔非局在の交換(不確定性原理の極限)。超関数がフーリエ変換を完成させる。
  • 最終章では、超関数を使って微分方程式の基本解を作り、フーリエ解析全体を総括して次への橋を渡します。

次章では、超関数の枠組みで基本解(グリーン関数)を構成し、フーリエ解析の全体像をまとめます。