第10章 超関数への道 — デルタ関数とシュワルツ空間
デルタ関数という困りもの
物理では「一点 に集中した単位質量(電荷・撃力)」を表すのに、こんな“関数”を使います—— 以外では 、 で無限大、しかし積分すると :
これがディラックのデルタ関数。ところが数学的には、こんな関数は存在しません。一点以外 の関数は (ルベーグ積分で)積分 のはず(測度論:一点は測度 )。無限大の値と積分 は両立 しない。便利なのに、正体不明。この矛盾をどう解消するか——それが超関数の理論です。
第6章で、近似単位元 (縮めて背を高くした山)が でデルタ的にふるまうのを見ました。 デルタは「近似単位元の極限」——でも極限は普通の関数にならない。発想の転換が要ります。
デルタ関数は普通の関数でない。「値の割り当て」でなく「試験関数に作用させる汎関数」として捉え直す。
発想の転換——「作用させる」もの
鍵は、デルタを単体で見るのをやめ、他の関数に作用させた結果で捉えることです。デルタの唯一の意味ある 性質は「積分すると、掛けた関数の での値を取り出す」:
そこで発想を逆転します。「 を入れると を返す作用(汎関数)」こそがデルタの正体だと 定義するのです。デルタは「値をもつ関数」ではなく「関数を食べて数を返す機械」。この視点なら矛盾は消えます。
同じ見方は普通の関数にも使えます。関数 を、「 を入れると を返す汎関数」とみなす。 すると普通の関数もデルタも、**同じ土俵(汎関数)**の上に乗る。これが超関数の統一的な発想です。
試験関数とシュワルツ空間
作用させる相手 (試験関数)を、うんと性質のよい関数に選ぶのがコツです。相手が良ければ、 乱暴な対象(デルタや微分できない関数)でも安全に作用させられる。フーリエ変換と相性のよい選択が、シュワルツ空間です。
定義 シュワルツ空間
級で、自分も導関数もすべて多項式より速く減衰する関数
をシュワルツ空間、その元を急減少関数という。ガウス が典型。
シュワルツ空間の絶妙さは、フーリエ変換で閉じていること—— なら 。 微分↔掛け算(第5章)で「滑らかさ」と「速い減衰」が入れ替わり、両方を備えたシュワルツ空間は変換で自分自身に 写る。だから、この空間を試験関数に選ぶと、超関数のフーリエ変換(次章)が自然に定義できます。
定理 シュワルツ空間はフーリエ変換で不変
。フーリエ変換は 上の全単射。
緩増加超関数
いよいよ超関数を定義します。「シュワルツ試験関数を入れると数を返す、連続な線形汎関数」——それが超関数です。
定義 緩増加超関数
シュワルツ空間 上の連続な線形汎関数 を緩増加超関数という。 が に作用した値を と書く。全体を と記す。
例 超関数の例
- 普通の関数 (緩やかに増える):。関数は超関数の特別な場合。
- デルタ :。点 なら 。
- デルタの微分 :(次章で微分を定義すると出る)。
- 主値 :。
普通の関数もデルタも、その微分も、みな の住人。関数を汎関数へ格上げすることで、「関数でない もの」が正式な数学の対象になりました。しかも次章で見るように、超関数は無限回微分でき、フーリエ変換 できる——普通の関数より扱いやすいことさえあります。
注意 なぜ“緩増加”か
の試験関数は急減少(速く になる)なので、相手の超関数は多項式程度に緩く増えても が 収束する。だから多項式・ なども超関数になり、フーリエ変換できる(次章)。試験関数を急減少に絞った 見返りに、超関数側は“緩増加”まで許せる——この役割分担が、フーリエ変換を全域化する鍵。より小さい試験関数 空間 (コンパクト台)を使う一般の超関数論もあるが、フーリエ解析にはシュワルツ空間が最適。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- デルタは関数でない。 「 で無限大」の関数は存在しない。デルタは汎関数()。 値を問うのでなく、作用させて意味をもつ。
- 超関数は試験関数を通してのみ意味をもつ。 単体の「値」はない。 という作用が全て。 だから「デルタの での値」は無意味。
- シュワルツ空間は滑らか+急減少の両方。 片方では足りない。両方あってフーリエ変換で閉じ、超関数論の土台に なる。
- 普通の関数も超関数。 超関数は関数の拡張。関数 超関数。デルタは関数でない超関数の代表。
この章のまとめ
- デルタ関数は普通の関数でない(一点集中は測度論と矛盾)。解決は発想の転換——「値の割り当て」でなく「試験関数 を入れて を返す汎関数」とみなす。
- 試験関数はシュワルツ空間 ( かつ急減少)に選ぶ。フーリエ変換で閉じる絶妙な空間。
- 緩増加超関数 = 上の連続線形汎関数。普通の関数・デルタ・その微分・主値がすべて住人。関数を汎関数へ格上げして、「関数でないもの」を正式な対象にした。
- 次章では、超関数を微分し・フーリエ変換する演算を定義し、デルタの変換など、普通の関数では不可能なことを可能にします。
次章では、超関数の微分とフーリエ変換を「試験関数へ操作を移す」ことで定義し、デルタや定数のフーリエ変換を計算します。