第1章 命題論理 — 構文と意味
「正しい」を、内容から切り離す
「雨が降れば地面が濡れる。雨が降った。ゆえに地面が濡れる。」——正しい推論です。 では「 ならば 。 である。ゆえに 。」——中身を全部伏せ字にしても、やはり正しい。 正しさは、雨や地面という“中身”ではなく、「ならば」「ゆえに」という“形”だけで決まっている。
この観察が数理論理学の出発点です。推論の正しさを、意味・内容から完全に切り離し、 記号の並べ方(構文)と、真偽の割り当て方(意味論)だけで扱う。すると「正しい推論とは何か」を、 好みや直感ではなく、計算で判定できる対象にできます。この章では最も単純な体系——命題論理——で、 「構文」と「意味論」という2つの世界を立て、両者の橋(次章以降の健全性・完全性)へ向かう足場を作ります。
数理論理学の核心は構文(記号の操作)と意味論(真偽の割り当て)を分離し、両者の一致を問うこと。 この章はその2つの世界を厳密に定義する。
構文:論理式とは何か
まず「正しく組み立てられた式」の集合を、あいまいさゼロで定義します。鍵は帰納的(再帰的)定義です。
定義 命題論理の論理式
命題変数 の可算集合を固定する。論理式の集合 を次で定める:
- 各命題変数 は論理式(原子論理式)。
- が論理式なら も論理式。
- が論理式なら も論理式。
- 以上の有限回の適用で得られるものだけが論理式。
条件4「これだけが論理式」が地味に重要です。これがあるおかげで、 上で 構造的帰納法(=論理式の作られ方に沿った帰納法)が使えます。「原子論理式で成り立ち、 で保たれるなら、すべての論理式で成り立つ」—— 自然数の数学的帰納法の、論理式版です。本章以降のほとんどの証明が、この構造的帰納法で回ります。
注意 読み方の約束(括弧の省略)
毎回すべての括弧を書くと のように煩雑なので、結合の強さを 、 は右結合と決めて省略する。上の式は 。 これは読みやすさのための便宜で、正式には完全に括弧づけられた式を指す。
意味論:付値が真偽を決める
構文は「記号の並び」であって、まだ真も偽もありません。真偽は、各命題変数に真偽を割り当てて初めて生じます。
定義 付値と真理値
写像 を付値という。付値 は次の規則で すべての論理式へ一意に拡張される(構造的帰納法で well-defined)。 を の真理値という:
肝心なのは、論理式の真理値は、そこに現れる命題変数への付値だけで完全に決まること (証明は構造的帰納法:各結合子の規則が、部分式の真理値だけから全体の真理値を決めている)。 だから有限個の変数しか含まない式は、 通りの付値をすべて調べれば真偽が尽くせます。これが真理値表です。
定義 トートロジー・充足可能・矛盾
論理式 がトートロジー(恒真、)とは、すべての付値で真になること。 ある付値で真になるとき充足可能、どの付値でも偽のとき矛盾(充足不能)という。
下の道具で確かめてください。式を入力すると全付値の真理値表が出て、恒真・矛盾・充足可能を判定します。 「」(推論の連鎖)はどんな付値でも真——これが「形だけで正しい」の正体です。
論理的帰結
「前提から結論が導ける」を、意味論の言葉で定義します。これが証明したい“正しさ”の意味論版です。
定義 論理的帰結(意味論的帰結)
論理式の集合 と論理式 について、 とは、 の全要素を真にするどの付値も を真にすること。
冒頭の推論は と書けます。 と を同時に真にする付値では、 の規則から も必ず真——だから妥当。これを一般の に拡張したのが です。 ここで重要な問いが生まれます。この“意味論的な正しさ ”を、記号操作だけの“証明 ”で 過不足なく捉えられるか? これが次章以降の健全性・完全性で、命題論理・述語論理を貫く主題になります。
定理 演繹定理の意味論版
。
証明
を真にする付値 をとる。 なら 。 なら は を真にするので仮定より 、 よって 。 を真にする付値は を真にし なので、仮定 と合わせ 。∎
「」が、まさに「仮定を足す」という推論操作を内部化した結合子だと分かります。この対応は、 証明体系(次章)でも演繹定理として現れ、意味論と構文の平行性の最初の兆しになります。
ブール代数との対応
命題論理は、代数の言葉でも語れます。トートロジーで同値な式を同一視すると、きれいな代数構造が現れます。
定義 論理的同値とリンデンバウム代数
を「」(全付値で真理値が一致)と定める。これは同値関係で、 と両立する。商 は、 を交わり・ を結び・ を補元とする ブール代数(リンデンバウム代数)になる。
分配律・ド・モルガン則・二重否定則が、そのままブール代数の公理に対応します。 自体が 最小のブール代数(2元体的な構造)で、付値とは「論理式のブール代数から への準同型」に ほかなりません。論理(真偽)と代数(演算)が同じ構造の二つの顔——この視点は、後のモデル理論や、 環論・圏論との接続で効いてきます。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- は因果や時間ではない。 は「 が偽なら無条件に真」(実質含意)。「偽から何でも従う」は不自然に感じるが、真理値表で一貫させるための約束。
- 構文と意味論は別世界。 論理式は「記号の並び」で、それ自体に真偽は無い。真偽は付値を与えて初めて生じる。この分離が本分野の生命線。
- トートロジーと充足可能は違う。 恒真(全付値で真)と、少なくとも1つの付値で真、は別。矛盾の否定が恒真、恒真の否定が矛盾。
この章のまとめ
- 論理式は帰納的に定義され、証明の主力は構造的帰納法。構文(記号)と意味論(真偽)は厳密に分離する。
- 真理値は付値だけで決まり、恒真・充足可能・矛盾が定義できる。前提と結論の妥当性は論理的帰結 で捉える。
- 論理的同値で割るとブール代数が現れ、付値は への準同型。意味論と代数は同じ構造の二面。
次章は、真理値表を一切使わず、記号操作だけで証明を組み立てる体系(ヒルベルト系・自然演繹)を立てます。