第4章 一階述語論理 — 構文
命題論理では言えないこと
命題論理は「、 が真か偽か」しか扱えません。でも数学の主張はもっと構造をもっています。 「すべての自然数 に対して 」「 となる実数 が存在する」。 「すべて」「ある」、そして対象・関数・関係——これらは命題変数の真偽だけでは表現不可能です。
そこで論理を一段強くします。対象を指す変数と、それに掛ける量化子 (すべて)・(ある)、 対象の性質を表す述語、対象から対象への関数を導入する。これが一階述語論理です (“一階”とは、量化できるのが対象だけで、性質や集合には量化しないこと。それらまで量化するのが高階論理、第10章)。 この章では、この豊かになった言語の構文——記号の並べ方の規則——を、命題論理と同じ帰納的な精神で厳密に立てます。
一階述語論理 = 命題論理 + 対象変数・述語・関数・量化子 。まず「正しい式」を機械的に定める。
言語(シグネチャ)
まず、どんな記号を使うかを宣言します。論理そのものに属する記号(論理記号)と、扱う対象ごとに変わる 記号(非論理記号)を分けます。
定義 一階言語
論理記号:可算個の変数 、結合子 (他は略記)、量化子 、 等号 、括弧。 非論理記号(言語・シグネチャ ):定数記号の集合、各関数記号 (アリティ=引数の個数つき)、各述語記号(アリティつき)。
例えば群の言語は (2項関数・1項関数・定数)、順序体なら 。 言語を変えれば、語れる数学の分野が変わる。論理の骨組みは共通で、非論理記号だけを差し替えるのがポイントです。
項と論理式
命題論理と同じく、帰納的定義で「正しい式」を作ります。まず対象を指す式=項、次に真偽を主張する式=論理式。
定義 項
上の項を次で定める:(1)各変数は項。(2)各定数記号は項。 (3) がアリティ の関数記号、 が項なら は項。(4)以上だけが項。
定義 論理式
上の論理式を次で定める: (1) が項なら は論理式(原子論理式)。 がアリティ の述語記号、 が項なら は原子論理式。 (2) が論理式なら 、 が論理式なら も論理式。 (3) が論理式、 が変数なら は論理式()。 (4)以上だけが論理式。
命題論理では原子式は命題変数でしたが、ここでは「項どうしの等式・述語の適用」が最小単位です。 そのぶん内部構造をもちます。そして量化子 が加わったことで、新しい概念——変数が“縛られる”——が必要になります。
自由変数と束縛変数
の中の は、もはや「特定の対象」ではなく「 の中で走る番号」のようなもの。 この違いを正確に区別しないと、代入で破綻します。
定義 自由出現・束縛出現
論理式中の変数 の出現が、ある のスコープ( の直後の部分式)内にあるとき束縛、 そうでないとき自由という。 の自由変数の集合を と書き、 帰納的に定義できる( など)。 自由変数をもたない論理式を閉論理式(文)という。
例: で、 は束縛、 は自由。この式の真偽は「 に何を入れるか」に依存し、 には依存しません( は に食われている)。文(自由変数なし)だけが、それ自体で真偽を問える主張になります ( のような閉じた式)。自由変数を含む式は、値を代入して初めて真偽が決まります。
代入と代入可能性
「 が成り立つなら、 に具体的な項 を入れた も成り立つ」——量化子の推論の要は代入です。 ところが、素朴に代入すると**変数の取り違え(capture)**という罠があります。
定義 代入
論理式 の自由な をすべて項 で置き換えた結果を と書く (束縛された は置き換えない)。項への代入も同様。
例 capture の罠
(「 より大きい がある」、 は自由)を考える。 に を代入すると 。もとは「 より大きいものが存在」という真になりうる主張だったのに、 代入した が量化子 に捕獲され、「自分より大きい自分が存在」という別の(偽の)主張に化けた。
この事故を防ぐ条件が代入可能性です。
定義 代入可能(t が x に対して自由)
項 が論理式 の に対して代入可能( is free for )とは、 中で が自由に出現する各箇所が、 に現れるどの変数 についても のスコープの外にあること (= の変数が捕獲されない)。
代入可能でないときは、束縛変数を新しい変数に名前替え(-変換: を に)してから 代入すればよい。以後 と書くときは、 が に代入可能であると暗黙に仮定します。 この一手間が、次章の量化子規則の健全性(第6章)を支える縁の下の力持ちになります。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 束縛変数の名前に意味は無い。 と は同じ意味(-同値)。束縛変数は「走る添字」で、自由変数だけが外の世界と繋がる。
- 文だけが真偽をもつ。 自由変数を含む論理式(開論理式)は、値を割り当てて初めて真偽が決まる(次章)。
- 代入は capture に注意。 素朴な置き換えは意味を壊す。代入可能性を確認するか、-変換してから代入する。この配慮を怠ると量化子の推論が不健全になる。
この章のまとめ
- 一階述語論理は命題論理に対象変数・関数・述語・量化子 を加えたもの。**言語(シグネチャ)**を差し替えて各分野を語る。
- 項と論理式を帰納的に定義。量化子により変数に自由/束縛の区別が生まれ、**文(閉論理式)**だけが単独で真偽を問える。
- 代入 は capture を避けねばならず、代入可能性( が に対して自由)を課す。必要なら -変換する。
次章は、この構文に意味を与えます。構造・付値・充足というタルスキの意味論で、「真である」を厳密に定義します。