数学の作り方 How to make Mathematics

第5章 意味論 — タルスキの真理定義

xφ\forall x\,\varphi は真」とは、正確にどういうことか

前章で作った論理式は、まだ記号の並びにすぎません。x(x<y)\forall x\,(x<y) という式に真も偽もない—— 「<< が何を意味するのか」「x,yx,y がどんな対象を走るのか」が決まっていないからです。

真偽を与えるには2つが要ります。第一に、記号を解釈する世界(対象の集合と、述語・関数の意味)=構造。 第二に、自由変数がどの対象を指すかの割り当て=付値。この2つが揃って初めて「真である」が定義できます。 その定義を、量化子まで含めて再帰的に、循環なく与えたのがタルスキの仕事です。「雪が白いが真     \iff 雪が白い」 という一見当たり前の真理の定義を、数学的に厳密化した記念碑的な成果で、この章はその全体を組み立てます。

真偽は「構造(記号の解釈)+付値(自由変数の割り当て)」に相対的。タルスキはそれを再帰で厳密に定義した。

構造

定義 構造(モデル)

言語 L\mathcal L構造 M\mathcal M とは、空でない集合 MM領域・台)と、 非論理記号への解釈の組:各定数記号 cccMMc^{\mathcal M}\in M、各アリティ nn の関数記号 fffM:MnMf^{\mathcal M}:M^n\to M、各アリティ nn の述語記号 RRRMMnR^{\mathcal M}\subseteq M^n を割り当てたもの。

例:言語 {+,,0,1,<}\{+,\cdot,0,1,<\} の構造として、実数体 (R,+,,0,1,<)(\mathbb R,+,\cdot,0,1,<) も、有理数体 (Q,)(\mathbb Q,\dots) も、 有限体もとれる。同じ論理式が、どの構造で解釈するかによって真にも偽にもなる——ここが命題論理と決定的に違う点です。

項の解釈と付値

自由変数の指す先を決めるのが付値、そこから項全体の値が定まります。

定義 付値と項の解釈

写像 s:{変数}Ms:\{\text{変数}\}\to M付値(変数割り当て)という。項 tt の値 tM,sMt^{\mathcal M,s}\in M を帰納的に定める: xM,s=s(x),cM,s=cM,f(t1,,tn)M,s=fM(t1M,s,,tnM,s).x^{\mathcal M,s}=s(x),\quad c^{\mathcal M,s}=c^{\mathcal M},\quad f(t_1,\dots,t_n)^{\mathcal M,s}=f^{\mathcal M}\big(t_1^{\mathcal M,s},\dots,t_n^{\mathcal M,s}\big). s[x:=a]s[x:=a] を「xx の値だけ aa に変え、他は ss のまま」の付値とする。

項は「対象を名指す式」なので、構造と付値が決まれば領域 MM の中の一点に評価されます。ここまでは真偽の話ではありません。 真偽が現れるのは、原子論理式(等式・述語)からです。

充足関係:タルスキの再帰的定義

いよいよ「M\mathcal M が付値 ss のもとで φ\varphi を満たす(Mφ[s]\mathcal M\models\varphi[s])」を、論理式の構造に沿って定義します。

定義 充足(タルスキの定義)

M(t1=t2)[s]    t1M,s=t2M,s,\mathcal M\models (t_1=t_2)[s] \iff t_1^{\mathcal M,s}=t_2^{\mathcal M,s}, MR(t1,,tn)[s]    (t1M,s,,tnM,s)RM,\mathcal M\models R(t_1,\dots,t_n)[s] \iff (t_1^{\mathcal M,s},\dots,t_n^{\mathcal M,s})\in R^{\mathcal M}, M¬φ[s]    M⊭φ[s],M(φψ)[s]    (M⊭φ[s] or Mψ[s]),\mathcal M\models \lnot\varphi[s]\iff \mathcal M\not\models\varphi[s],\qquad \mathcal M\models(\varphi\to\psi)[s]\iff (\mathcal M\not\models\varphi[s]\ \text{or}\ \mathcal M\models\psi[s]),  Mxφ[s]    すべての aM について Mφ[s[x:=a]]. \boxed{\ \mathcal M\models \forall x\,\varphi[s] \iff \text{すべての}\ a\in M\ \text{について}\ \mathcal M\models\varphi[s[x:=a]].\ }

心臓は最後の量化子の行です。「xφ\forall x\,\varphi が真     \iff 領域のどの対象 aaxx に入れても φ\varphi が真」。 定義の右辺では、φ\varphi というより短い論理式の充足だけを参照しています。だから循環せず、 構造的帰納法できちんと定義される——これがタルスキの巧妙さです。xφ\exists x\,\varphi¬x¬φ\lnot\forall x\,\lnot\varphi の略記なので 「ある aaφ\varphi が真」に自動的になります。

補題 一致補題

φ\varphi の自由変数上で ssss' が一致すれば、Mφ[s]    Mφ[s]\mathcal M\models\varphi[s]\iff\mathcal M\models\varphi[s']。 特に文の真偽は付値によらない

証明

項については「項の値は、その項に現れる変数の ss の値だけで決まる」ことを項の構造に関する帰納法で示す。 論理式については構造的帰納法。原子式は項の場合に帰着。¬,\lnot,\to は帰納法の仮定から明らか。 xφ\forall x\,\varphi:自由変数は FV(φ){x}\mathrm{FV}(\varphi)\setminus\{x\}。任意の aMa\in M について s[x:=a]s[x:=a]s[x:=a]s'[x:=a]FV(φ)\mathrm{FV}(\varphi) 上で一致するので(xx は両方 aa、他は仮定より一致)、帰納法の仮定で Mφ[s[x:=a]]    Mφ[s[x:=a]]\mathcal M\models\varphi[s[x:=a]]\iff\mathcal M\models\varphi[s'[x:=a]]。両辺すべての aa で取れば結論。∎

この補題のおかげで、文 σ\sigma については付値を書かずに Mσ\mathcal M\models\sigmaM\mathcal Mσ\sigmaモデル)と書けます。 「構造 M\mathcal Mσ\sigma が真」が、これで完全に厳密になりました。

代入補題

前章で気にした代入 φ[x:=t]\varphi[x:=t] の意味論的な意味を確定させます。これは第6章で量化子の推論規則の健全性を示す鍵です。

補題 代入補題

ttφ\varphixx に対して代入可能なら、 Mφ[x:=t][s]    Mφ[s[x:=tM,s]].\mathcal M\models \varphi[x:=t]\,[s] \iff \mathcal M\models\varphi\,[\,s[x:=t^{\mathcal M,s}]\,].

言葉にすると「式に tt を代入して評価するのと、xxtt の値を割り当てて評価するのは同じ」。当たり前に見えますが、 代入可能性(capture が起きないこと)を仮定して初めて成り立ちます。前章の y(x<y)\exists y(x<y)yy を捕獲されるように 代入すると、この等式は破れる——だからこそ代入可能性が本質的でした。証明は項・論理式の構造的帰納法です。

論理的帰結・妥当・充足可能

これで一階の意味論的な正しさを定義できます。命題論理の \models の一般化です。

定義 論理的帰結・妥当性・充足可能性

文の集合 Γ\Gamma と文 φ\varphi について、Γφ\Gamma\models\varphi とは「Γ\Gamma の全要素のモデルであるどの構造 M\mathcal Mφ\varphi のモデルである」こと(論理的帰結)。すべての構造で真な文を妥当φ\models\varphi)、 少なくとも1つの構造でモデルをもつ集合を充足可能という。

例:x(x=x)\models \forall x\,(x=x)(どんな構造でも等号は反射的だから妥当)。一方 xy(xy=yx)\forall x\forall y(x\cdot y=y\cdot x)(可換律)は、可換群のモデルでは真・非可換群のモデルでは偽——妥当ではありません。 「妥当 = 論理だけで正しい(どの世界でも真)」「特定の構造で真 = その数学的対象の性質」という区別が、 モデル理論(第8章)へつながります。そして次章からの大問題はまた同じ形です—— この意味論的な妥当性 \models を、記号操作の証明 \vdash で捉えられるか(ゲーデルの完全性、第7章)

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 真偽は構造に相対的。 一階の文は「真」なのではなく「構造 M\mathcal M で真」。命題論理と違い、絶対的な真偽表は無い。妥当性だけが構造によらない概念。
  • \forall の定義は領域を走る。 「すべての aMa\in M」——量化は領域 MM の対象すべてにわたる。領域が変われば量化の範囲も変わる。
  • 代入補題は代入可能性が前提。 capture が起きると「代入して評価」と「値を割り当てて評価」がズレる。前章の一手間はここで効く。

この章のまとめ

  • 真偽は構造(記号の解釈)と付値(自由変数の割り当て)に相対的。項は領域の一点に評価される。
  • タルスキの充足の定義は論理式の構造に沿った再帰で、量化子は「領域のすべての aa を走る」で循環なく定義される。一致補題で文の真偽は付値によらない。
  • 代入補題が代入と意味論を結び(代入可能性が前提)、論理的帰結・妥当性・充足可能性が定義される。次の主題は妥当性 \models と証明 \vdash の一致。

次章は、一階の証明体系を立て、その健全性\vdash\Rightarrow\models)を証明します。