数学の作り方 How to make Mathematics

第11章 ルート系とディンキン図形

前章で、半単純リー環がルート系という対称的なベクトル配置に符号化されると分かりました。でもルートは全部で 何本もあり(G2G_2 なら 1212 本)、そのままでは扱いにくい。この章では、ルート系を単純ルートという少数の 「生成元」に凝縮します。驚くべきことに、単純ルートの間の角度は 90°/120°/135°/150°90°/120°/135°/150°四通りしかない。 この極端な制約をカルタン行列ディンキン図形という組み合わせデータにまとめると、半単純リー環の分類が 純粋な組み合わせ問題に化けるのです。

単純ルート:ルート系の生成元

ルート系には、全体を生成する少数の「基本ベクトル」が選べます。正負に分け、正のルートの中で「これ以上分解 できない」ものを取るのです。

定義 正ルートと単純ルート

ルート系 Φ\Phi に対し、適当な向きで Φ\Phi正ルート Φ+\Phi^+ と負ルート Φ+-\Phi^+ に二分する。 正ルートのうち、二つの正ルートの和では書けないものを単純ルートという。単純ルートの個数は g\mathfrak g階数に等しく、すべてのルートは単純ルートの(すべて同符号の)整数結合で書ける。

階数 22 なら単純ルートは二つ α1,α2\alpha_1,\alpha_2。前章の装置で「朱で示された二本」がそれです。他のすべての ルートは、この二本からワイル反射(各ルートに垂直な鏡での折り返し)を繰り返して生成されました。だから リー環の全構造は、たった数本の単純ルートとその相互関係に凝縮される。その相互関係を測るのがカルタン整数です。

角度は四通りしかない

単純ルートの間に許される角度は、驚くほど限られます。ここが分類の心臓です。

定理 単純ルートの角度の制約

二つの単純ルート α,β\alpha,\beta に対し、カルタン整数 α,β=2(α,β)(β,β)Z\langle\alpha,\beta\rangle=\frac{2(\alpha,\beta)}{(\beta,\beta)}\in\mathbb Z は整数で、積 α,ββ,α=4cos2θ{0,1,2,3}\langle\alpha,\beta\rangle\langle\beta,\alpha\rangle=4\cos^2\theta\in\{0,1,2,3\} しか取れない (θ\theta は二本の間の角度)。したがって角度 θ\theta90° (0),120° (1),135° (2),150° (3)90°\ (\text{積}0),\quad 120°\ (\text{積}1),\quad 135°\ (\text{積}2),\quad 150°\ (\text{積}3)四通りだけ

なぜ四通りか。カルタン整数が整数(sl₂ の梯子から、第10章)なので、その積 4cos2θ4\cos^2\theta も整数。一方 0cos2θ10\le\cos^2\theta\le1 かつ二本が独立なら 4cos2θ<44\cos^2\theta<4 なので、積は 0,1,2,30,1,2,3 しかありえない——これだけの 理由で、リー環の可能な形が劇的に絞られます。積が大きいほど二本の長さの比も開き(1,1,2,31,1,\sqrt2,\sqrt3)、 120°120° は等長、135°135° は長短比 2\sqrt2150°150°3\sqrt3。下の装置で四つの場合を切り替え、角度と積 (=結合本数)の対応を確かめてください。

カルタン行列とディンキン図形

四通りの角度を、コンパクトな組み合わせデータに記録します。それがカルタン行列とディンキン図形です。

定義 カルタン行列・ディンキン図形

単純ルート α1,,α\alpha_1,\dots,\alpha_\ell のカルタン整数を並べた行列 A=(αi,αj)A=(\langle\alpha_i,\alpha_j\rangle)カルタン行列という(対角は 22)。これを図に描いたのがディンキン図形:各単純ルートを 、二点の間を積 αi,αjαj,αi{0,1,2,3}\langle\alpha_i,\alpha_j\rangle\langle\alpha_j,\alpha_i\rangle\in\{0,1,2,3\} 本の線で 結び、長さが違えば長い方から短い方へ矢印を付ける。

ディンキン図形は、半単純リー環の情報を「点と線の絵」に完全に圧縮したものです。00 本(無結合)=直交=直和、 11 本=120°120°22 本(矢印付き)=135°135°33 本(矢印付き)=150°150°。装置の左下に、選んだルート系の ディンキン図形が表示されます。A2A_2 は一本線、B2B_2 は二重線+矢印、G2G_2 は三重線+矢印。リー環の分類が、 描ける絵を列挙する問題に化けたのです。

分類:許されるディンキン図形は有限

角度が四通りしかないという制約は、描けるディンキン図形を厳しく制限します。「連結で、正定値(実際にリー環に なる)」という条件を課すと、可能な図形は完全にリストアップできます。

定理 単純リー環の分類(ディンキン)

連結なディンキン図形は、次の四つの無限系列と五つの例外に限る: A, B, C, D(古典型)E6,E7,E8,F4,G2(例外型).A_\ell,\ B_\ell,\ C_\ell,\ D_\ell\quad(\text{古典型})\qquad E_6,E_7,E_8,F_4,G_2\quad(\text{例外型}). これらが(代数閉体・標数 00 の)単純リー環と一対一に対応する。半単純リー環はその直和=図形の非連結和。

A=sl+1A_\ell=\mathfrak{sl}_{\ell+1}B=so2+1B_\ell=\mathfrak{so}_{2\ell+1}C=sp2C_\ell=\mathfrak{sp}_{2\ell}D=so2D_\ell=\mathfrak{so}_{2\ell}——古典型は見慣れた行列リー環。そして E8E_8 のような例外型は、 角度の制約だけから「たまたま許される」有限個の特別な図形として現れる。物理も幾何も要らず、 「4cos2θ{0,1,2,3}4\cos^2\theta\in\{0,1,2,3\}」という整数条件と「正定値」という線形代数だけから、宇宙に存在しうる単純リー環の リストが完全に決まってしまう——これが分類定理の凄みです。

注意 つまずきポイント

  • 単純ルートは階数個だけ。全ルートの生成元。ワイル反射で他のルートが全部出る(前章の装置)。少数の データに全構造が凝縮。
  • 角度四通りの理由は整数性4cos2θ4\cos^2\theta が整数 {0,1,2,3}\{0,1,2,3\}。sl₂ の梯子が強制するカルタン整数の 整数性が根拠。深い定理が素朴な整数条件に落ちる。
  • ディンキン図形=分類データ。点と線の絵がリー環を完全に決める。矢印は長短(二重・三重結合のとき)。 例外型 E8E_8 等は角度制約から出る有限個の特別ケース。

この章のまとめ

  • ルート系は少数の単純ルート(階数個)に凝縮でき、他のルートはワイル反射で生成される。
  • カルタン整数 α,β\langle\alpha,\beta\rangle は整数(sl₂ の梯子)。積 4cos2θ{0,1,2,3}4\cos^2\theta\in\{0,1,2,3\} ゆえ 単純ルートの角度は 90°/120°/135°/150°90°/120°/135°/150°四通りだけ
  • カルタン行列・ディンキン図形が四通りの関係を点と線に圧縮(結合本数 0/1/2/30/1/2/3、長短で矢印)。
  • 分類定理:連結ディンキン図形=A,B,C,DA_\ell,B_\ell,C_\ell,D_\ell(古典型)+E6,E7,E8,F4,G2E_6,E_7,E_8,F_4,G_2(例外型)が 単純リー環と一対一。整数条件と正定値性だけから、単純リー環の全リストが決まる。

最終章は、この分類を土台に、半単純リー環の表現論(最高ウェイト理論)を概観し、普遍展開環・量子群・物理への 広がりを展望して、非可換環とリー環という二つの構造論の旅を総括します。