第11章 ルート系とディンキン図形
前章で、半単純リー環がルート系という対称的なベクトル配置に符号化されると分かりました。でもルートは全部で 何本もあり( なら 本)、そのままでは扱いにくい。この章では、ルート系を単純ルートという少数の 「生成元」に凝縮します。驚くべきことに、単純ルートの間の角度は の四通りしかない。 この極端な制約をカルタン行列・ディンキン図形という組み合わせデータにまとめると、半単純リー環の分類が 純粋な組み合わせ問題に化けるのです。
単純ルート:ルート系の生成元
ルート系には、全体を生成する少数の「基本ベクトル」が選べます。正負に分け、正のルートの中で「これ以上分解 できない」ものを取るのです。
定義 正ルートと単純ルート
ルート系 に対し、適当な向きで を正ルート と負ルート に二分する。 正ルートのうち、二つの正ルートの和では書けないものを単純ルートという。単純ルートの個数は の階数に等しく、すべてのルートは単純ルートの(すべて同符号の)整数結合で書ける。
階数 なら単純ルートは二つ 。前章の装置で「朱で示された二本」がそれです。他のすべての ルートは、この二本からワイル反射(各ルートに垂直な鏡での折り返し)を繰り返して生成されました。だから リー環の全構造は、たった数本の単純ルートとその相互関係に凝縮される。その相互関係を測るのがカルタン整数です。
角度は四通りしかない
単純ルートの間に許される角度は、驚くほど限られます。ここが分類の心臓です。
定理 単純ルートの角度の制約
二つの単純ルート に対し、カルタン整数 は整数で、積 しか取れない ( は二本の間の角度)。したがって角度 は の四通りだけ。
なぜ四通りか。カルタン整数が整数(sl₂ の梯子から、第10章)なので、その積 も整数。一方 かつ二本が独立なら なので、積は しかありえない——これだけの 理由で、リー環の可能な形が劇的に絞られます。積が大きいほど二本の長さの比も開き()、 は等長、 は長短比 、 は 。下の装置で四つの場合を切り替え、角度と積 (=結合本数)の対応を確かめてください。
カルタン行列とディンキン図形
四通りの角度を、コンパクトな組み合わせデータに記録します。それがカルタン行列とディンキン図形です。
定義 カルタン行列・ディンキン図形
単純ルート のカルタン整数を並べた行列 を カルタン行列という(対角は )。これを図に描いたのがディンキン図形:各単純ルートを 点、二点の間を積 本の線で 結び、長さが違えば長い方から短い方へ矢印を付ける。
ディンキン図形は、半単純リー環の情報を「点と線の絵」に完全に圧縮したものです。 本(無結合)=直交=直和、 本=、 本(矢印付き)=、 本(矢印付き)=。装置の左下に、選んだルート系の ディンキン図形が表示されます。 は一本線、 は二重線+矢印、 は三重線+矢印。リー環の分類が、 描ける絵を列挙する問題に化けたのです。
分類:許されるディンキン図形は有限
角度が四通りしかないという制約は、描けるディンキン図形を厳しく制限します。「連結で、正定値(実際にリー環に なる)」という条件を課すと、可能な図形は完全にリストアップできます。
定理 単純リー環の分類(ディンキン)
連結なディンキン図形は、次の四つの無限系列と五つの例外に限る: これらが(代数閉体・標数 の)単純リー環と一対一に対応する。半単純リー環はその直和=図形の非連結和。
、、、 ——古典型は見慣れた行列リー環。そして のような例外型は、 角度の制約だけから「たまたま許される」有限個の特別な図形として現れる。物理も幾何も要らず、 「」という整数条件と「正定値」という線形代数だけから、宇宙に存在しうる単純リー環の リストが完全に決まってしまう——これが分類定理の凄みです。
注意 つまずきポイント
- 単純ルートは階数個だけ。全ルートの生成元。ワイル反射で他のルートが全部出る(前章の装置)。少数の データに全構造が凝縮。
- 角度四通りの理由は整数性。 が整数 。sl₂ の梯子が強制するカルタン整数の 整数性が根拠。深い定理が素朴な整数条件に落ちる。
- ディンキン図形=分類データ。点と線の絵がリー環を完全に決める。矢印は長短(二重・三重結合のとき)。 例外型 等は角度制約から出る有限個の特別ケース。
この章のまとめ
- ルート系は少数の単純ルート(階数個)に凝縮でき、他のルートはワイル反射で生成される。
- カルタン整数 は整数(sl₂ の梯子)。積 ゆえ 単純ルートの角度は の四通りだけ。
- カルタン行列・ディンキン図形が四通りの関係を点と線に圧縮(結合本数 、長短で矢印)。
- 分類定理:連結ディンキン図形=(古典型)+(例外型)が 単純リー環と一対一。整数条件と正定値性だけから、単純リー環の全リストが決まる。
最終章は、この分類を土台に、半単純リー環の表現論(最高ウェイト理論)を概観し、普遍展開環・量子群・物理への 広がりを展望して、非可換環とリー環という二つの構造論の旅を総括します。