第10章 カルタン部分環とルート系
半単純リー環が「良い対象」だと分かったので、いよいよその内部構造を暴きます。鍵は、線形代数で行列を 対角化したのと同じ発想です。リー環の中に「同時対角化できる極大な可換部分」——カルタン部分環——を見つけ、 その随伴作用の固有値を読み取る。この固有値がルートで、リー環はルートごとの固有空間(ルート空間)に 分解します。半単純リー環の設計図が、平面上に並ぶルートの幾何として姿を現す瞬間です。
カルタン部分環:同時対角化の舞台
線形代数で、可換な行列の族は同時対角化できました。リー環でも、可換な部分をとれば その随伴作用を同時対角化できます。その「可換な部分」を最大限に大きく取ったものがカルタン部分環です。
定義 カルタン部分環
半単純リー環 のカルタン部分環 とは、極大な可換部分環で、その各元 の随伴作用 が対角化可能(半単純)なもの。 の次元を の 階数という。
が可換なので、 は互いに可換な対角化可能作用素の族——ゆえに 線形代数により同時対角化できます。( 次元)なら対角行列 の張る 次元がカルタン部分環(階数 )。 なら対角の跡 行列で 次元(階数 )。カルタン部分環を固定することが、リー環に「座標系」を入れる第一歩です。
ルート分解:固有値としてのルート
カルタン部分環 の随伴作用で を同時対角化すると、 が固有空間に分解します。 その固有値がルートです。
定理 ルート空間分解
半単純リー環 はカルタン部分環 の随伴作用について と分解する。各 は 上の線形形式( の元)でルート、その全体 を ルート系、(各 次元)をルート空間という。
読み解きましょう。 は「 が を固有値 で拡大する」という 固有方程式。固有値 は に線形に依存するので、 は 上の線形形式(= のベクトル)。だからルートはベクトル空間 の中の点として、平面(階数 なら)に 並びます。カルタン部分環 は固有値 の部分()、それ以外の各方向がルート空間。 半単純リー環の全構造が、このルートの配置に符号化されるのです。
sl₂ の梯子:最小の部品
ルート系を理解する鍵は、最小の半単純リー環 にあります。各ルート に対し、 のコピーが埋め込まれているのです。
定義 sl₂ トリプルと梯子
は基底 を持ち、関係 (上昇演算子)は の固有値を だけ上げ、(下降演算子)は 下げる。 表現の中で が固有値を梯子のように昇降させ、最高ウェイトから最低ウェイトまで等間隔に並ぶ。
各ルート について が を成し、 でその梯子作用がルート系に効きます。すると「もし がルートなら もルート」 「ルートに を足し引きした列がまた(有限個の)ルート」といった、ルート系の厳しい制約が出てきます。 の梯子が、大きな半単純リー環のルート系を組み上げる最小部品なのです(この梯子の構造は リー群の 表現・スピンで見たものと同じ)。
ルート系を見る
ルート は、(階数 なら平面)の中で、際立って対称的な有限のベクトル配置になります。 下の装置で、階数 の半単純リー環のルート系を見てください。
()なら 本のルートが正六角形に、()なら 本、 なら 本。 のコピー(各ルート の対)が、これらの対称性を生んでいます。ルート系には 厳しい公理(次章)が課され、その結果、可能な配置は驚くほど限られます——単純ルートの間の角度が の四通りしかない。この有限性が、半単純リー環の完全な分類(次章のディンキン図形)を 生む源です。
注意 ルート系の公理(次章への予告)
ルート系 (ユークリッド空間内の有限ベクトル集合)は:(1) 、その定数倍は のみ、(2) ルート に垂直な鏡での反射(ワイル群)で が自分自身に写る、 (3) カルタン整数 が常に整数、を満たす。装置の 「ワイル反射の鏡」は (2) を可視化したもの。この三公理が配置を極端に制限する。
注意 つまずきポイント
- ルートは線形形式( の点)。 の固有値 が に線形依存するので、 はベクトル。だから平面に「並ぶ」。
- カルタン部分環は同時対角化の舞台。可換だから が同時対角化でき、その固有空間分解がルート 分解。線形代数の対角化のリー環版。
- sl₂ の梯子が全構造を統べる。各ルートに が埋まり、その梯子作用がルート系の対称性・ 整数性を強制する。 のスピンと同じ構造。
この章のまとめ
- カルタン部分環 =極大可換部分(随伴作用が対角化可能)。その次元が階数。可換ゆえ たちを同時対角化できる。
- ルート空間分解 :固有値 (ルート、 の点)ごとの固有空間分解。半単純リー環の全構造がルートの配置に符号化される。
- sl₂ の梯子 :各ルートに埋まる最小部品。上昇・下降演算子がルート系の 対称性と整数性を強制する。
- ルート系は の対称的な有限配置( 六角形・・)。反射・カルタン整数の公理が 配置を極端に制限する。
次章は、ルート系から単純ルートを選び、カルタン行列とディンキン図形という組み合わせデータに凝縮 します。角度が四通りしかないことが、半単純リー環の完全な分類を生みます。