第11章 半群と抽象発展方程式
熱方程式 を、空間変数を「隠して」眺めてみます。各時刻 で は関数空間 (たとえば )の一点。その点が時間とともに動く軌道だと思えば、方程式は
という、無限次元空間の中の常微分方程式に見えます。有限次元の の解が だったことを 思えば、答えは「」のはず。この指数関数を無限次元の作用素に対して意味づけるのが半群の理論です。 熱・波・拡散——時間発展 PDE を丸ごと一つの枠組みに収めます。
指数関数を無限次元へ:半群とは何か
有限次元の は、次の三つの性質を持っていました:、 、 は連続。この性質だけを抜き出して、無限次元でも通用する定義にします。
定義 C₀ 半群
バナッハ空間 上の有界作用素の族 が強連続半群( 半群)とは、
- 、
- (半群性)、
- 各 で が連続(強連続性)。
を満たすこと。 の抽象版で、「時刻 の発展作用素」を表す。
なぜ「群」でなく「半」群か。時間 しか許さないからです。熱方程式は時間を戻せない(前章の不可逆性)ので、 に逆 が無い。だから群にならず半群止まり。逆に波動方程式は可逆なので、実は で 定義された群になります。半群という言葉自体が、放物型の不可逆性を映しています。
生成作用素:半群の「微分」
有限次元では で行列 を取り出せました。無限次元でも同じことをします。
定義 生成作用素
半群 の生成作用素 を で定める。定義域 はこの極限が存在する の全体。 は(一般に非有界な)閉作用素で、 を 一意に決める。抽象発展方程式 の解は 。
ここが無限次元特有の難所です。 は非有界作用素——すべての関数を微分できるわけではなく、 定義域 (十分滑らかな関数、たとえば )の上でしか意味を持たない。有限次元の行列 なら 全空間で定義され連続でしたが、微分作用素はそうはいかない。半群の理論の核心は、この非有界な生成作用素から、 有界な発展作用素 をどう作るかにあります。
ヒレ–吉田の定理:いつ半群が作れるか
決定的な問いはこうです。「非有界作用素 が与えられたとき、それを生成作用素とする半群 は存在するか?」有限次元なら は級数で常に作れましたが、無限次元では級数 は が非有界だと収束しません。この問いに必要十分条件で完全に答えるのが、 本分野の一つの頂点、ヒレ–吉田の定理です。
定理 ヒレ–吉田の定理(縮小半群版)
稠密に定義された閉作用素 が縮小半群()を生成する必要十分条件は: すべての に対しレゾルベント が存在し、有界で
条件の心を読み解きます。レゾルベント の可解性——これは「各 で が一意に解ける」という、楕円型の可解性そのもの(ラックス–ミルグラムの世界!)です。 時間発展の存在(半群)が、各瞬間の楕円型問題 の可解性に帰着する——ここで前半の楕円型理論が 時間発展を支える土台になっていることが分かります。
証明
(十分性の心)レゾルベント条件のもとで、非有界な を有界作用素で近似する。吉田近似 を作ると、これは有界なので が級数で定義でき、。 で ()を示し、 が求める半群を与える。レゾルベント評価が近似の 一様有界性を保証するのが要。
証明の骨は「非有界 を有界な で近似し、 を作って極限をとる」。無限次元で 指数関数が直接作れないなら、有界な近似で作って極限で渡す——ここでも「近似列+完備性で極限を取る」という 本分野を貫く戦略が使われています。
統一の御利益:熱も波も一つの言葉で
半群の枠組みの威力は、個別の PDE を一本の抽象定理で処理できることです。
- 熱方程式:(定義域 )。 はラックス–ミルグラムで一意可解、 レゾルベント評価も満たすので、ヒレ–吉田により解析的半群 が生成される。この半群こそ第9章の 熱核による作用 で、平滑化は「解析的半群は で定義域を無限に上げる」性質に対応。
- 波動方程式:二階を一階系 に書き直すと、 生成作用素は反自己共役に近く、 のユニタリ群()を生成——エネルギー保存 (前章)が「半群がノルムを保つ」ことに翻訳される。
放物型は縮小・解析的半群、双曲型はユニタリ群。第9・10章で見た平滑化と保存という正反対の性質が、 半群のタイプの違いとして一望のもとに整理される。これが抽象化の見返りです。
注意 つまずきポイント
- 半群と群の違い=可逆性。 だけなら半群(放物型・不可逆)、 なら群(双曲型・可逆)。 言葉が物理を映している。
- 生成作用素は非有界。ここが有限次元と決定的に違う。 を明示することが常に必要で、「どの関数まで 微分を許すか」が理論の一部になる。
- レゾルベント条件=楕円型可解性。 の存在は各瞬間の定常問題が解けること。時間発展の 存在が定常問題の可解性に還元される——前半の楕円型理論が発展方程式を支える構造。
この章のまとめ
- 時間発展 PDE は、関数空間内の常微分方程式 とみなせる。その解 を与えるのが 半群 ( の無限次元版)。
- 生成作用素 (一般に非有界)が半群を一意に決める。半群止まりなのは放物型の不可逆性(時間を戻せない) の反映。
- ヒレ–吉田の定理: が縮小半群を生成する必要十分条件はレゾルベント評価 。 これは各瞬間の楕円型可解性そのもので、前半の理論が土台になる。
- 熱は解析的半群(平滑化)、波はユニタリ群(エネルギー保存)——正反対の性質が半群のタイプとして統一される。
線形の発展方程式は半群で一望できました。最終章は、この土台の上に立つ非線形の世界を覗き、 未解決問題(ナヴィエ–ストークスなど)に触れながら、発展 PDE 全体の見取り図を描き直します。