第9章 位相の構成
手持ちの空間から、新しい空間を組み立てる
トーラス(ドーナツ面)、メビウスの帯、円周——数学に現れる面白い空間は、たいてい 既存の空間から機械的に作られています。円周の直積でトーラス、正方形の辺を貼り合わせても トーラス、直線の一部を切り出して部分空間。
これらを場当たり的に扱うのではなく、「新しい空間に、どんな位相を入れるのが自然か」を 統一的に決める3つのレシピが、部分空間・積・商です。共通する指導原理はただ一つ—— 「関わる連続写像がいちばん素直になるように位相を選ぶ」。この“普遍性”の考え方は、 のちに圏論で数学全体を貫く原理として再登場します。
部分・積・商の3レシピ。決め方の原理は「連続写像が自然になるいちばん良い位相を選ぶ」。
部分空間位相
定義 部分空間位相
の部分集合 に、 の開集合を「 の開集合と の共通部分 」と定めた位相を 部分空間位相(相対位相)という。
「まわりの空間 の開集合を で切り取る」だけ。包含写像 が連続になる、 いちばん粗い位相です。注意すべきは開・閉が相対的になること。
例 相対的な開閉
を の部分空間とみると、 は の中では開集合 ( だから)。 全体では開でないのに、部分空間の中では開。 「開集合は、どの空間の中で見るかに依存する」ことを痛感する例。
積位相
2つ(以上)の空間を掛け合わせます。座標平面 の一般化です。
定義 積位相
に、( が各因子の開集合)を基として生成される位相を積位相という。 2つの射影 がともに連続になる、いちばん粗い位相。
(開長方形)を部品にして位相を作る。ポイントは無限個の積での定義で、 「有限個の因子だけ制限し、残りは全体」という開集合しか許しません(前章の準基が効く場面)。 一見ケチな定義ですが、これのおかげで次章のチコノフの定理(積のコンパクト性)が成り立ちます。
例 積で作る空間
(円周×円周)=トーラス。 =円筒。積は「複数の自由度を独立に持つ空間」を作る。 連続写像 は、成分ごとの連続 と一対一に対応する(積の普遍性)。
商位相
いちばん強力で、いちばん注意の要るレシピ。点どうしを貼り合わせて新しい空間を作ります。
定義 商位相
上の同値関係 で貼り合わせた集合 に、「その逆像が で開になる集合を開」と定めた位相を 商位相という。射影 が連続になる、いちばん細かい位相。
部分・積が「粗いほう」を選んだのに対し、商は「細かいほう」を選びます(射影を連続にしたいが、 今度は から降りてくるので向きが逆)。イメージは折り紙。平面や区間を、指定したルールで貼り合わせる。
例 貼り合わせで作る空間
- 区間 の両端 を貼る → 円周 。
- 正方形 の対辺を同じ向きに貼る → トーラス、片方をひねって貼る → メビウスの帯/クラインの壺。
- 円板の境界を1点につぶす → 球面 。 折り紙の展開図から立体を組むように、商位相は複雑な空間を平たい材料から生み出す。位相幾何学の CW複体(胞体を貼って空間を作る)も、この商の考え方の延長。
注意 商は良い性質を壊しやすい
貼り合わせは乱暴なので、元が良い空間でも商がハウスドルフ(次章)でなくなることがある。 「連続写像 が で潰れる点を同じ値に送るなら、 は に一意に降りる」 という商の普遍性が、商からの写像を作る正しい道具。
3つを貫く原理:始位相と終位相
注意 普遍性でまとめる
部分空間位相・積位相は「与えられた写像たちを連続にする最も粗い位相」(始位相)、 商位相は「連続にする最も細かい位相」(終位相)。向きが違うだけで、どちらも 「連続写像が自然に振る舞うように位相を選ぶ」という一つの原理の現れ。この“普遍性による定義”の 視点は圏論で極限・余極限として一般化される。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 開・閉は部分空間に相対的。 「 で開」と「 で開」は別。どの空間の中で見ているか常に意識する。
- 無限積の位相は「箱型」ではない。 各因子で自由に開集合を選んだ を基にすると(箱型位相)チコノフが壊れる。積位相は有限個しか制限しない。
- 商はハウスドルフ性などを保たない。 貼り合わせ後に良い性質が残るかは別途確認が要る。
この章のまとめ
- 部分空間位相:まわりの開集合を切り取る()。開閉は相対的。
- 積位相: を基に、射影が連続な最も粗い位相。トーラスなど「独立な自由度」を作る。無限積では有限個しか制限しない。
- 商位相:同値関係で貼り合わせ、射影が連続な最も細かい位相。円周・トーラス・メビウスの帯を材料から作る。3つとも「連続写像が自然になる位相を選ぶ」普遍性が原理。
次章は、位相空間がどれだけ「点を区別できるか」を測る階層——分離公理へ進みます。