第10章 分離公理
「近さ」だけを公理にしたら、点が区別できなくなった
位相の定義(第7章)は「開集合の族」だけ。とても身軽ですが、身軽すぎて奇妙な空間まで許してしまいます。 たとえば密着位相 では、開集合が全体しかないので2つの点を開集合で切り離せない。 点列がどの点にも同時に「収束」してしまい、極限が一意に決まらない——距離空間では当たり前だった 「異なる2点は離せる」が、一般の位相空間では保証されないのです。
そこで「この空間はどれくらい点を区別できるか」を測る条件を、弱いものから強いものへと階層で 用意します。それが分離公理 。多くの“まともな”定理は、ある程度の分離性 (たいていハウスドルフ)を前提にして初めて成り立ちます。
位相は身軽すぎて点を区別できないことがある。分離公理で「区別できる度合い」を段階づける。
T₁ とハウスドルフ(T₂)
定義 T₁ と T₂(ハウスドルフ)
T₁:異なる2点 に対し、 を含み を含まない開集合がある(同値:一点集合が閉)。 ハウスドルフ(T₂):異なる2点を、交わらない2つの開集合で分離できる。
は「各点が閉集合として区別できる」程度の弱い分離。ハウスドルフはさらに強く、 2点をそれぞれの“縄張り”(互いに交わらない近傍)に囲い込めます。この差が決定的で——
定理 ハウスドルフのご利益
ハウスドルフ空間では、収束列の極限は一意。コンパクト集合は閉集合。 また「コンパクト空間からハウスドルフ空間への連続な全単射は同相」(第8章の伏線回収)。
「極限が一意」は解析で当然に使っていた性質ですが、それを支えていたのがハウスドルフ性でした。 距離空間はつねにハウスドルフ(異なる2点は距離 だけ離れ、半径 の球で分離できる)なので、 私たちは無意識にこの恩恵を受けていたのです。
正則・正規
もっと強い分離は、「点と閉集合」「閉集合と閉集合」を離せるかで測ります。
定義 正則・正規
正則(T₃): かつ、点とそれを含まない閉集合を、交わらない開集合で分離できる。 正規(T₄): かつ、交わらない2つの閉集合を、交わらない開集合で分離できる。 強さは (それぞれ真に強い)。距離空間はすべて正規。
点対点()→ 点対閉集合()→ 閉集合対閉集合()と、分離する相手が大きくなるほど強い条件です。 正規性はとくに重要で、次のウリゾーンの補題を通じて「連続関数がたくさん作れる」ことを保証します。
ウリゾーンの補題
分離公理は「開集合で離せる」という定性的な条件でした。それが実は「連続関数で離せる」という 定量的な結論を生む——ここが位相と解析の橋渡しで、この分野屈指の名定理です。
定理 ウリゾーンの補題
正規空間 の交わらない閉集合 に対し、連続関数 で となるものが存在する。
「開集合で離せる」だけの空間に、 で ・ で をとる連続な濃淡( から へなめらかに 変わる関数)が引ける。開集合という定性情報から、実数値の連続関数という定量的な対象が湧き出すのが驚きです。 証明は「 と の間に、有理数で番号づけた入れ子の開集合を稠密に挟み込み、それを高さに読み替える」 という美しいもの。系として、閉集合上の連続関数を全体へ拡張できるティーツェの拡張定理も出ます。
注意 どこで効くか
ウリゾーンの補題は「連続関数が十分たくさんある」ことの保証で、多様体上の1の分割 (→多様体論)の土台になる。局所的に作った対象(座標・計量・微分形式)を、 連続関数で滑らかに貼り合わせて大域的な対象にする——その貼り合わせの糊が、この補題が生む関数たち。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- とハウスドルフは違う。 (一点が閉)だけでは極限の一意性は言えない。無限集合の補有限位相は だが でない。
- 番号 に を含めるかは流儀差。 正則・正規に を課すか否かで定義が揺れる。本文は 込みで統一。
- ウリゾーンの補題は正規性が前提。一般の空間では、非自明な連続関数がほとんど無いこともある。
この章のまとめ
- 位相は身軽すぎて点を区別できないことがある。分離公理が区別の度合いを段階づける:(点が閉)⊂ ハウスドルフ(2点を交わらない近傍で分離)⊂ 正則 ⊂ 正規。
- ハウスドルフ性が「極限の一意性」を保証。距離空間は常に正規なので、これらを無意識に享受していた。
- ウリゾーンの補題:正規空間では閉集合を連続関数 で分離できる。定性的な分離から連続関数が湧き出し、1の分割・多様体論へつながる。
次章は、位相空間でのコンパクト性を開被覆で定義し直し、チコノフの定理へ進みます。