数学の作り方 How to make Mathematics

第9章 層化と層の射

前層を層に直す

前章で「定数前層は層でない」(貼り合わせが壊れる)と見ました。でも、そういう前層を捨てるのではなく、 茎を変えずに層へ作り直す——それが層化です。層化は、前層に「局所的に貼り合わせられる切断」を付け加えて、 最小限の修正で層にする操作。これで、あらゆる自然な構成(核・像・引き戻しなど)の結果を、つねに層の世界に 留められます。

層化=前層を、茎を保ったまま最小限の修正で層に直す操作。層の圏を「閉じた」丈夫な世界にする。

層化

定理 層化

任意の前層 F\mathcal F に対し、層 F+\mathcal F^+層化)と前層の射 FF+\mathcal F\to\mathcal F^+ が存在し、

  1. 各点で茎が一致(F+)p=Fp(\mathcal F^+)_p=\mathcal F_p
  2. 普遍性F\mathcal F から任意の層 G\mathcal G への射は、F+\mathcal F^+ を一意に経由する。

すなわち層化は、前層の圏から層の圏への包含関手の左随伴圏論)。

層化の作り方は「茎を束ねる」——各点の茎 Fp\mathcal F_p を集め、それらの“連続的な”切断(各点で芽を与え、局所的に 前層の切断から来るもの)を新しい切断とします。これで貼り合わせ公理が回復し、しかも茎は変わりません。 定数前層を層化すると、局所定数関数の層(各点の近くで定数だが、非連結なら成分ごとに違ってよい)になります ——貼り合わせが直った姿です。

普遍性(左随伴、圏論)が本質的です。層化は「前層を層にする最も効率的な方法」で、 圏論の随伴の典型例。以後、前層として自然に現れる構成(次の像・余核など)は、層化して 層にするのが約束事になります。

層の射と核・像

層の間の射は、各開集合での写像が制限と整合するもの。核・像・完全系列も定義でき、それらは茎で判定するのが 鉄則です。

定義 層の射・核・像

F,G\mathcal F,\mathcal G(アーベル群の層とする)の間の φ:FG\varphi:\mathcal F\to\mathcal G は、各 UU で 準同型 φU:F(U)G(U)\varphi_U:\mathcal F(U)\to\mathcal G(U) を与え制限と整合するもの。

  • kerφ\ker\varphiUkerφUU\mapsto\ker\varphi_U(これは層になる)。
  • imφ\operatorname{im}\varphi:前層 UimφUU\mapsto\operatorname{im}\varphi_U層化したもの。

核はそのまま層になりますが、像は層化が要る——ここが微妙で重要な点です。「各開集合での像」を集めた前層は、 一般に貼り合わせが壊れる(局所的に像に入るが、大域切断としては像から来ない、ということが起こる)。だから 層化して像とします。この非対称(核はそのまま、像は層化)が、次の完全系列で大域切断の“ずれ”を生みます。

定義 完全系列(層の)

層の射の列 FφGψH\mathcal F\xrightarrow{\varphi}\mathcal G\xrightarrow{\psi}\mathcal H完全であるとは、 各点の茎で imφp=kerψp\operatorname{im}\varphi_p=\ker\psi_p が成り立つこと。完全性は茎で判定する。

「完全性は茎で判定」が鉄則です。層の射が単射・全射・同型かどうかは、すべて茎レベル(各点の局所情報)で 決まります。とくに全射は「茎で全射」——各開集合で全射である必要はありません。この「茎では全射だが、 大域切断では全射でない」というずれが、決定的な現象を生みます。

大域切断は完全性を壊す——コホモロジーへ

層の短完全系列に「大域切断をとる」操作 Γ(X,)=F(X)\Gamma(X,-)=\mathcal F(X) を施すと、完全性が片側で壊れます。 この壊れ具合を測るのが層係数コホモロジー——現代代数幾何の心臓の一つです(詳細は第12章)。

定理 大域切断関手は左完全(右で壊れる)

層の短完全系列 0FGH00\to\mathcal F\to\mathcal G\to\mathcal H\to0 に大域切断 Γ(X,)\Gamma(X,-) を施すと

0Γ(X,F)Γ(X,G)Γ(X,H)0\to\Gamma(X,\mathcal F)\to\Gamma(X,\mathcal G)\to\Gamma(X,\mathcal H)

は完全だが、右端の Γ(X,H)\Gamma(X,\mathcal H) への写像は全射とは限らない可換環論・ホモロジー代数の 左完全関手)。この破れを測るのが層係数コホモロジー Hi(X,F)H^i(X,\mathcal F)

「局所的には持ち上がる(茎で全射)のに、大域切断としては持ち上がらない」——この現象が、幾何の大域的な障害を 表します。ホモロジー代数で「関手が完全性を壊すと導来関手(コホモロジー)が 生まれる」と学んだ、その代数幾何版です。Γ\Gamma の左完全性の破れ Hi(X,F)H^i(X,\mathcal F) が、多様体の大域的な 性質(次元・種数・オイラー標数)を捉えます。

注意 層は「局所可解・大域障害」を測る装置

層の完全系列は「各点の近くでは解ける(茎で全射)」を保証する。だが大域切断まで持ち上がるかは別問題で、その 障害がコホモロジー。リーマン面(複素解析)で「与えられた極をもつ有理型関数は存在するか」 「因子に対応する関数はあるか」といった問いが、層係数コホモロジーの消滅・非消滅で答えられる。層は、局所と 大域のギャップを精密に測る装置——だから現代幾何の言葉になった。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 像は層化が必要(核はそのまま)。 「各開集合での像」の前層は貼り合わせが壊れる。層化して像とする。この 非対称が完全性の破れを生む。
  • 完全性・全射は「茎で」判定。 各開集合で全射でなくても、茎で全射なら層として全射。局所と大域は違う。
  • 大域切断 Γ\Gamma は左完全、右で壊れる。 局所的に持ち上がるものが大域で持ち上がらない。破れがコホモロジー。
  • 層化は左随伴(普遍性)。 前層を層にする最効率の操作。圏論の随伴の典型。

この章のまとめ

  • 層化 F+\mathcal F^+=前層を茎を保って層に直す(普遍性=包含の左随伴圏論)。定数前層→局所定数層。
  • 層の射・核・像・完全系列:核はそのまま層、像は層化が必要。完全性・単射・全射は茎で判定(局所と大域は違う)。
  • 大域切断 Γ(X,)\Gamma(X,-) は左完全で右端が全射とは限らない。この破れ(局所可解だが大域で障害)を測るのが層係数コホモロジー Hi(X,F)H^i(X,\mathcal F)ホモロジー代数の代数幾何版)。
  • 層の道具が揃った。次章では、任意の環に“図形”を対応させる Spec\operatorname{Spec} と、その上の構造層を作り、スキームへの最後の一歩を踏みます。

次章では、環の素イデアルの空間 Spec\operatorname{Spec} とザリスキ位相・構造層を構成し、アフィンスキームを定義します。