数学の作り方 How to make Mathematics

第10章 Spec — 任意の環に図形を

環同値を、任意の環へ

第4章で「アフィン多様体 ↔ 被約有限生成 kk 代数」の反変圏同値を得ました。そこで自然な問いが湧きました—— 右辺の環を、任意の可換環に広げたら、左辺の“図形”はどうなるか。グロタンディークの答えが Spec\operatorname{Spec} (素スペクトル)です。どんな環にも幾何的な“図形”を対応させる。この一手が、代数幾何を数論まで統一する 現代的な地平を開きます。

鍵は「点とは何か」の再定義です。第3章で「点 ↔ 極大イデアル」と見ました。Spec\operatorname{Spec} では、これを 素イデアルまで広げ、素イデアルを点とみなします。極大でない素イデアルは「もっと大きな図形(既約部分多様体)を 一点に凝縮した点」——生成点になります。

SpecR\operatorname{Spec} R=環 RR素イデアルを点とする空間。任意の環に図形を対応させ、圏同値を一般化する。

素スペクトルとザリスキ位相

定義 素スペクトル・ザリスキ位相

可換環 RR素スペクトル SpecR\operatorname{Spec} R を、RR素イデアル全体の集合と定める (点 = 素イデアル p\mathfrak p)。イデアル IRI\subseteq R に対し

V(I)={pSpecR:pI}V(I)=\{\,\mathfrak p\in\operatorname{Spec} R : \mathfrak p\supseteq I\,\}

を閉集合とするザリスキ位相を入れる。

古典の V(S)V(S)第1章)と同じ記号・同じ発想です。ただし「点」が座標の組でなく素イデアル になった。An\mathbb A^n の古典的な点(座標 (ai)(a_i))は極大イデアル (x1a1,,xnan)(x_1-a_1,\dots,x_n-a_n)第3章)に 対応し、それらは Spec\operatorname{Spec} の点の一部。極大でない素イデアルが新しい住人です。

Spec の点たち

  • SpecZ\operatorname{Spec}\mathbb Z:素イデアルは (0)(0)(p)(p)pp 素数)。点は「各素数 pp」+「生成点 (0)(0)」。 整数の素因数が、図形の点になる——数論と幾何の統一の出発点。
  • Speck[x]\operatorname{Spec} k[x]:点は (0)(0)(生成点)と (xa)(x-a)(各値 aa)と既約多項式 (f)(f)A1\mathbb A^1 の“太った”版。
  • Speck[x,y]\operatorname{Spec} k[x,y]:極大イデアル(点)+高さ 11 の素イデアル(既約曲線=その生成点)+(0)(0)(平面全体の 生成点)。素イデアルの階層が、点・曲線・面の階層に対応。

SpecZ\operatorname{Spec}\mathbb Z が決定的です。素数 pp が「点」、(0)(0) が「生成点」——整数論が幾何になるSpecZ\operatorname{Spec}\mathbb Z は「11 次元の図形(数直線の算術版)」とみなせ、各素数が点。これがフェルマーの最終定理の 証明(第12章)の舞台の入り口です。

注意 生成点——非閉な点

極大でない素イデアル p\mathfrak p に対応する点は閉じていない:その閉包 {p}=V(p)\overline{\{\mathfrak p\}}=V(\mathfrak p)p\mathfrak p を含む既約閉集合(部分多様体)全体になる。つまり p\mathfrak p は「その既約部分多様体を一点に凝縮した 生成点」で、閉包をとると本来の図形に広がる。Speck[x,y]\operatorname{Spec} k[x,y](yx2)(y-x^2) は放物線の生成点——一点だが 閉包は放物線全体。古典では見えなかった“太った点”が、環の素イデアルとして自然に現れる。

構造層——Spec 上の関数

SpecR\operatorname{Spec} R を「図形」にする最後の一手が、その上の関数の層(構造層)です。局所化(環論)で 「各開集合上の関数」を定めます。

定義 構造層

SpecR\operatorname{Spec} R 上の構造層 OSpecR\mathcal O_{\operatorname{Spec} R} を、基本開集合 D(f)={p:fp}D(f)=\{\mathfrak p:f\notin\mathfrak p\}ff が消えない所)上で

O(D(f))=Rf(R を f で局所化した環)\mathcal O(D(f))=R_f\quad(R\ \text{を }f\ \text{で局所化した環})

と定め、貼り合わせて得る層。点 p\mathfrak p でのは局所環 RpR_\mathfrak pp\mathfrak p で局所化)。

ff が消えない開集合 D(f)D(f) では、1/f1/f を許した関数 RfR_f が使える」——環論の局所化が、 そのまま「開集合上の正則関数」になります。茎が局所環 RpR_\mathfrak p になるのが要で、各点の近くの関数の芽が、 その素イデアルでの局所環。層(第8・9章)と局所化(環論)が、ここで一つに結びつきます。

定義 アフィンスキーム

局所環付き空間 (SpecR, OSpecR)(\operatorname{Spec} R,\ \mathcal O_{\operatorname{Spec} R})——素スペクトルに構造層を載せたもの——を アフィンスキームという。対応 RSpecRR\mapsto\operatorname{Spec} R は反変関手で、Spec\operatorname{Spec} と 「大域切断 Γ\Gamma」が随伴をなす。

これで第4章の圏同値が完全に一般化されます。任意の可換環 RR に、幾何的対象 SpecR\operatorname{Spec} R が対応し、 環準同型が逆向きの射に対応する。被約・有限生成という制限が消え、Z\mathbb Z でも、べき零元をもつ環でも、 何でも“図形”になる。

注意 べき零元=無限小の厚み

Spec\operatorname{Spec} は被約でない環も許す。Speck[x]/(x2)\operatorname{Spec} k[x]/(x^2) は、点は一つ((x)(x))だが構造層に べき零元 x0x\ne0x2=0x^2=0)をもつ——「一点だが無限小の厚みをもつ」図形。古典では見えなかった無限小近傍・ 重複度が、スキームでは環の構造として正式に扱える。V(x2)V(x^2)V(x)V(x) を区別できる(第3章で 零点定理が潰した情報が、スキームで復活)。微分・接ベクトル・変形理論が、この無限小の厚みで自然に語れる。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • Spec\operatorname{Spec} の点は素イデアル。 座標の組でなく素イデアル。極大イデアルが古典的な点、極大でない素イデアルが 生成点(部分多様体を凝縮)。
  • 生成点は閉じていない。 閉包が既約部分多様体全体。(0)(0) は空間全体の生成点。古典の“点”のイメージを広げる。
  • 構造層の茎は局所環 RpR_\mathfrak p 局所化(環論)が「開集合上の関数」。D(f)D(f) 上で RfR_f
  • 被約でない環も図形になる。 べき零元=無限小の厚み。V(x2)V(x)V(x^2)\ne V(x) を区別。古典で潰れた情報が復活。

この章のまとめ

  • SpecR\operatorname{Spec} R=環 RR素イデアルを点とする空間(ザリスキ位相 V(I)V(I))。極大イデアル=古典的な点、極大でない素イデアル=生成点(部分多様体を凝縮、非閉)。SpecZ\operatorname{Spec}\mathbb Z は素数が点=数論と幾何の統一。
  • 構造層 O\mathcal OD(f)D(f) 上で局所化 RfR_f、茎は局所環 RpR_\mathfrak p。局所化(環論)が正則関数になる。
  • アフィンスキーム (SpecR,O)(\operatorname{Spec} R,\mathcal O)=局所環付き空間。第4章の圏同値を任意の環へ一般化。べき零元=無限小の厚みV(x2)V(x)V(x^2)\ne V(x))。
  • アフィンスキームができた。次章では、それを貼り合わせて一般のスキームを定義し、なぜスキームが必要かを総括します。

次章では、アフィンスキームを貼り合わせた一般のスキームを定義し、スキームがもたらす統一(数論・無限小・族)を見ます。