第1章 代数的数と代数的整数
普通の整数 は、たし算・かけ算ができて素因数分解が一意——数論の楽園です。でも の中だけでは 手が届かない問題があります。「 を満たす整数は?」「 の解は?」こうした問いは、 や を数の世界に招き入れると一気に見通しがよくなる。この章では、整数の世界を 多項式の根という視点で広げ直し、この分野の主役——代数的整数を定義します。まずは「数を広げる」とは どういうことかから始めましょう。
なぜ整数を広げるのか
具体例で動機を作ります。「どの素数 が二つの平方数の和 で書けるか」という古典的な問い。 、 は書けるが、 は書けない。答えは「 のとき、かつそのときに限る」 という美しい定理ですが、これを見通しよく証明する鍵は、ガウス整数 に 移ることです。 と、 が の中で「割れる」かどうかの問題に翻訳できる。
つまり、整数の問題を解くために、あえて整数より広い数の世界へ出る。そこで因数分解し、割り算し、また 整数の世界へ戻ってくる。この往復のために、「どんな数まで招き入れてよいか」を厳密に決める必要があります。 その基準が「多項式の根であること」です。
代数的数:多項式の根としての数
定義 代数的数
複素数 が代数的数とは、有理数係数の( でない)多項式 で となるものが存在すること。そうでない数( など)を超越数という。
は の根、 は の根、 は の根——みな代数的数です。 有理数 も の根だから代数的数。代数的数は「代数方程式で捕まえられる数」の全体で、 を含むずっと広い世界です。各代数的数 には、それを根に持つ最小次数のモニック多項式 (最小多項式、体論・ガロア理論で学んだもの)が一意に定まります。
代数的整数:モニックで整数係数
代数的数はまだ広すぎます。 も も代数的数ですが、これらは「整数の親戚」とは言いにくい。 「 を広げた先での“整数”」にあたるものを、正確に選び出したい。基準はこうです——先頭係数が (モニック)で、係数がすべて整数の多項式の根。
定義 代数的整数
複素数 が代数的整数とは、モニックな整数係数多項式 の根であること。「モニック(先頭 )」かつ「係数が整数」の両方が要点。
()、()、()はすべて代数的整数。一方 は でモニックだが係数が整数でなく、 は整数係数だがモニックでない——どうやってもモニック 整数係数にできず、代数的整数ではない。「モニック」の条件が、有理数のうち普通の整数 だけを 選び出す仕掛けになっています。
命題 有理数の中の代数的整数は普通の整数だけ
が代数的整数なら 。
証明
(既約分数)がモニック整数係数の を満たすとする。代入して を掛けると 。最初の項以外はすべて で割れるので 。 は互いに素だから 、ゆえに (有理根定理)。
これは安心材料です。世界を広げても、 の中では「代数的整数=普通の整数」。新しい“整数”の概念が、 既存の をちゃんと拡張している(食い違わない)ことを保証します。
核心:代数的整数の全体は環をなす
さて、代数的整数を集めた (すべての代数的整数の全体)が、たし算・かけ算で閉じているか—— が代数的整数なら や もそうか。これは全く自明ではありません。 の多項式と の多項式から、 を根に持つモニック整数係数多項式を作るのは、素朴には 難しい。ここで加群論の発想が効きます。
定理 代数的整数は環をなす
代数的整数の全体は、たし算・かけ算について閉じている(環をなす)。すなわち が代数的整数なら、 と も代数的整数。
証明
鍵は「 が代数的整数 が有限生成な 加群」という言い換え。 が次数 のモニック関係を満たせば、 で が生成される (高い冪はモニック関係で下げられる)。逆に、 を含む有限生成 加群 ()が あれば、 の への掛け算を行列 で表し、ケイリー–ハミルトン(線形代数)で の固有多項式(モニック整数係数)が を消す—— は代数的整数。
そこで が代数的整数なら、 は で生成される有限生成 加群。 も もこの加群を 自分自身に写す(掛けても外に出ない)から、上の逆向きの言い換えで代数的整数。有限生成加群という「入れ物」を 共有させるのが証明の心。
「有限生成 加群という共通の器の中で掛け算する」——これがこの証明の考え方で、後の章でも繰り返し 使う道具です。この定理のおかげで、 は本当に“整数のような”環になり、次章で数体 ごとに その整数環 を切り出せるようになります。
注意 つまずきポイント
- 代数的「数」と代数的「整数」の違いはモニック。代数的数は「 係数多項式の根」、代数的整数は 「モニック整数係数多項式の根」。 は前者だが後者でない。
- 最小多項式が整数係数かで判定。 が代数的整数 その( 上の)最小多項式が 整数係数。 の最小多項式 は整数係数なので代数的整数(分母 に惑わされない)。
- 環をなすのは非自明。和や積の多項式を直接作るのでなく、有限生成加群を器にして示す。この「加群で捉える」 発想が整拡大論(第5章)の芯になる。
この章のまとめ
- 整数の問題を解くために、あえて整数より広い数の世界( など)へ出て因数分解する——これが 代数的整数論の戦略。
- 代数的数= 係数多項式の根。代数的整数=モニック整数係数多項式の根。モニック条件が 「新しい整数」を選び出す。
- の中では代数的整数=普通の整数(拡張が既存の と食い違わない)。
- 代数的整数の全体は環をなす。証明は「代数的整数 有限生成 加群を張る」と ケイリー–ハミルトン。有限生成加群を器にするのが鍵。
次章は、一つの数 で生成される数体 と、その中の代数的整数を集めた整数環 を導入します。 が 上の自由加群(整基底を持つ)であることが、以降の議論の 足場になります。