数学の作り方 How to make Mathematics

第12章 大域次元と正則性

第6章で正則局所環を「接空間が太らない滑らかな点」と定義しましたが、その真の正体は宙吊りのままでした。 なぜ正則局所環は UFD なのか、なぜ特別なのか——m/m2\mathfrak m/\mathfrak m^2 を眺めるだけでは掴めない。この最終章で、 まったく別の道具ホモロジーが答えを出します。「加群を分解するのに何段必要か」という純ホモロジー的な量 大域次元が、正則性とぴったり一致する——セールの定理。可換環論とホモロジー代数が、一つの定理で溶け合います。

射影次元:分解の長さ

第8章で、加群 MM は射影分解 P1P0M0\cdots\to P_1\to P_0\to M\to0 を持ちました。この分解がどこかで止まる(有限の 長さで終わる)とき、その最短の長さを射影次元と呼びます。

定義 射影次元・大域次元

MM射影次元 pdM\operatorname{pd}M とは、MM の射影分解の最短の長さ:

0PnP1P0M00\to P_n\to\cdots\to P_1\to P_0\to M\to0

と有限で書ける最小の nn(書けなければ \infty)。環 RR大域次元を、全加群にわたる上限 gl.dimR=supMpdM\operatorname{gl.dim}R=\sup_M\operatorname{pd}M で定める。

射影次元は Ext で読めます:pdMn    Extn+1(M,)=0\operatorname{pd}M\le n\iff\operatorname{Ext}^{n+1}(M,-)=0。だから 「Ext\operatorname{Ext} がどこで消え止むか」が分解の長さ。pdM=0\operatorname{pd}M=0MM 自身が射影加群 (分解が 0P0M00\to P_0\to M\to0 で済む)ということです。

具体例で感触を。R=ZR=\mathbb{Z} 上、Z/m\mathbb{Z}/m の分解は 0Z×mZZ/m00\to\mathbb{Z}\xrightarrow{\times m}\mathbb{Z}\to\mathbb{Z}/m\to0 (第8章)——長さ 11 で止まる。射影加群でない(Z/m\mathbb{Z}/m は自由の直和因子でない)ので pd=1\operatorname{pd}=1Z\mathbb{Z} 上のすべての加群がこう(PID 上は部分加群が自由なので分解は長さ 1\le1)だから、 gl.dimZ=1\operatorname{gl.dim}\mathbb{Z}=1dimZ=1\dim\mathbb{Z}=1 と一致——偶然でしょうか。体なら全加群が自由で gl.dim=0=dim\operatorname{gl.dim}=0=\dim。この一致が、次のヒルベルトの古典定理で一般化されます。

ヒルベルトのシジジー定理

分解を続けると現れる核(関係の関係)をシジジーと呼びました(第8章)。多項式環では、シジジーが 有限段で自由になって止まる——これがホモロジー代数の出発点となった、ヒルベルトの 18901890 年の定理です。

定理 ヒルベルトのシジジー定理

kk 上の多項式環では

gl.dimk[x1,,xn]=n=dimk[x1,,xn].\operatorname{gl.dim}k[x_1,\dots,x_n]=n=\dim k[x_1,\dots,x_n].

すなわち、任意の有限生成加群は長さ n\le n の自由分解を持つ。

nn 変数なら、どんな加群も高々 nnで自由分解が終わる。変数の本数=次元=大域次元が三つ揃って一致する。 この「分解が有限で止まる」という現象は、無限に続きうる一般の環では起こりません。多項式環の際立った良さです。 コズュル複体(第10章)が x1,,xnx_1,\dots,x_n に対する kk の長さ nn の自由分解を与えるのが、その最短の実例です。

アウスランダー–ブックスバウムの公式

大域次元と、第10・11章の深さを結ぶ、美しい保存則があります。

定理 アウスランダー–ブックスバウムの公式

ネーター局所環 (R,m)(R,\mathfrak m) 上、pdM<\operatorname{pd}M<\infty の有限生成加群 M0M\ne0 に対し

pdM+depthM=depthR.\operatorname{pd}M+\operatorname{depth}M=\operatorname{depth}R.

「射影次元(ホモロジー的な複雑さ)と、深さ(代数的な太さ)を足すと、環の深さという定数になる」。 MM が複雑(pd\operatorname{pd} 大)なほど、その深さは削られる——複雑さと太さの間のトレードオフが、 足すと保存される。この公式は、片方を計算すればもう片方が出るという実用面でも、正則性の証明の要としても 決定的です。証明は MM の分解の一段目の核(シジジー)を取って帰納する、ホモロジー代数の典型的な議論です。

セールの定理:正則 ⟺ 有限大域次元

いよいよ分野全体の統合点。第6章で幾何的に(接空間で)定義した正則局所環が、ホモロジー的に (大域次元で)完全に特徴づけられます。

定理 アウスランダー–ブックスバウム–セールの定理

ネーター局所環 (R,m,k)(R,\mathfrak m,k) について、次は同値:

R は正則局所環    gl.dimR<    pdRk<.R \text{ は正則局所環}\iff \operatorname{gl.dim}R<\infty\iff \operatorname{pd}_R k<\infty.

このとき gl.dimR=dimR\operatorname{gl.dim}R=\dim R

接空間の話(第6章)と、分解の長さの話(本章)が、同じ環を指していた。 幾何の「滑らかさ」= 「m/m2\mathfrak m/\mathfrak m^2 が太らない」が、ホモロジーの「すべての加群が有限段で分解できる」とぴったり一致する。 これは驚くべきことです——見た目まったく無縁な二つの量が、正則性という一点で結ばれる。

証明の勘所だけ。()(\Rightarrow) 正則なら m\mathfrak m が正則列で生成され、剰余体 kk の自由分解は コズュル複体(第10章)——長さ dimR\dim R で止まる。ゆえに pdRk=dimR<\operatorname{pd}_R k=\dim R<\infty()(\Leftarrow) pdRk<\operatorname{pd}_R k<\infty なら、アウスランダー–ブックスバウムの公式で pdRk+depthk=depthR\operatorname{pd}_R k+\operatorname{depth}k=\operatorname{depth}Rdepthk=0\operatorname{depth}k=0 より pdRk=depthRdimR\operatorname{pd}_R k=\operatorname{depth}R\le\dim R。 一方 pdRkdimkm/m2dimR\operatorname{pd}_R k\ge\dim_k\mathfrak m/\mathfrak m^2\ge\dim R。挟んで dimkm/m2=dimR\dim_k\mathfrak m/\mathfrak m^2=\dim R—— 正則。第10章のコズュル複体と本章のアウスランダー–ブックスバウムが、両方向の橋になっています。

この定理は、宙吊りだった問い全部に答えます。なぜ正則局所環は UFD なのか(アウスランダー–ブックスバウム)、 なぜ正則性が局所化で保たれるのか——どれも「有限大域次元」というホモロジー的性質からほぼ自動で従う。 gl.dimRpgl.dimR\operatorname{gl.dim}R_{\mathfrak p}\le\operatorname{gl.dim}R(局所化で大域次元は増えない)から、 正則局所環の局所化は正則——接空間の議論では手も足も出なかったこの事実が、ホモロジーだと一行です。 「正則性はホモロジー的な性質だった」——セールのこの洞察が、可換環論を現代的な姿へ変えました。

この分野を振り返って

注意 二つの半分が一つになった

前半(可換環論)で、局所化・ネーター・整拡大・次元・正則局所環を積み上げ、「正則=滑らか」を接空間で定義した。 後半(ホモロジー代数)で、複体・分解・導来関手 Ext/Tor・深さ・大域次元という、まったく別系統の道具を作った。 最終章で、この二つがセールの定理で一つに溶けた——「幾何の滑らかさ = ホモロジーの有限性」。 代数幾何の特異点解消、代数的整数論の分岐、 表現論のホモロジー的手法——現代数学の広い前線が、この統合の上に立っている。

この章のまとめ

  • 射影次元 pdM\operatorname{pd}M=分解の最短の長さ(Ext\operatorname{Ext} の消滅次数)、大域次元 gl.dimR=supMpdM\operatorname{gl.dim}R=\sup_M\operatorname{pd}M
  • ヒルベルトのシジジー定理gl.dimk[x1,,xn]=n\operatorname{gl.dim}k[x_1,\dots,x_n]=n(分解は有限段で止まる)。 アウスランダー–ブックスバウムpdM+depthM=depthR\operatorname{pd}M+\operatorname{depth}M=\operatorname{depth}R(複雑さと太さの保存則)。
  • セールの定理正則局所環 ⟺ 有限大域次元gl.dimR=dimR\operatorname{gl.dim}R=\dim R)。幾何の滑らかさとホモロジーの 有限性が一致し、正則性が局所化で保たれること・UFD であることが自動で従う。可換環論とホモロジー代数の統合点。

局所化の一点から始まった旅は、素イデアルの鎖で次元を測り、複体でズレを測り、最後に「滑らかさとは ホモロジーの有限性である」という一つの真実へ到達しました。図形と環を同じ言葉で語り、そのズレを測る—— 可換環論とホモロジー代数は、こうして現代数学の共通言語になったのです。