第2章 数体と整数環の構造
前章で、代数的整数の全体 Z が環をなすと分かりました。しかしこれは巨大すぎて扱いにくい。実際の
数論では、Q に一つの代数的数(2 や i)を添加した有限次の世界で仕事をします。この章では、
その舞台である数体 K と、その中の“整数”を集めた整数環 OK を定義します。そして
OK が Z 上の自由加群——ちょうど n 本の基底(整基底)を持つ——という、以降のすべての
計算が乗る足場を確立します。
数体:Q の有限次拡大
定義 数体(代数体)
Q 上有限次の体拡大 K を数体(代数体)という。K=Q(α)(一つの代数的数 α を
添加)の形に書け、拡大次数 n=[K:Q] を K の次数という。次数 2 の数体を二次体、
Q(ζm)(1 の m 乗根)を円分体という。
体論・ガロア理論で学んだように、K=Q(α) は α の最小多項式の次数 n に
等しい次元の Q ベクトル空間で、1,α,…,αn−1 が基底です。もっとも身近な例が二次体
K=Q(d)(d は平方因子を持たない整数)。{1,d} が Q 上の基底で、次数 2。
d<0 なら虚二次体、d>0 なら実二次体と呼び、両者は後で幾何的にも違う顔を見せます(第9章)。
整数環:数体の中の“整数”
数体 K の中で、「整数にあたる元」を集めます。前章の代数的整数 Z と K の共通部分です。
定義 整数環
数体 K に対し、K に含まれる代数的整数の全体
OK=Z∩K={α∈K:α は代数的整数}
を K の整数環(整数の環)という。前章より OK は環で、その分数体は K に一致する。
OK が K に対して果たす役割は、Z が Q に対して果たす役割とちょうど同じ。
「Q の中の整数が Z」なら「K の中の整数が OK」です。だから以降の数論は、
K ではなく OK の中で(イデアル・素因数分解を)展開します。
落とし穴:OK は Z[α] とは限らない
素朴には「K=Q(d) の整数環は Z[d]={a+bd:a,b∈Z} だろう」と思いますが、
これは間違うことがある。前章で見た 21+5(黄金比)は、x2−x−1 の根なので代数的整数なのに、
Z[5] には入っていません。d≡1(mod4) のときは、半整数を含むもっと大きな環が正しい整数環です。
定理 二次体の整数環
K=Q(d)(d は平方因子なし)の整数環は
OK=⎩⎨⎧Z[d]=Z⊕ZdZ[21+d]=Z⊕Z21+d(d≡2,3(mod4))(d≡1(mod4)).
判定は「2a+bd が代数的整数になるのはいつか」を最小多項式の係数(トレースとノルム、次章)が
整数になる条件で調べれば出ます。教訓は明快——整数環は「見た目の素朴な環」より大きいことがある。この
ズレを見落とすと後の素因数分解がすべて狂うので、まず正しい OK を突き止めることが第一歩です。
核心:OK は階数 n の自由 Z 加群
整数環の構造で決定的に重要なのが、その加群としての形です。Z が「1 本の基底 {1}」を持つ自由加群で
あったように、OK もちょうど n 本の基底を持ちます。
定理 整基底の存在
数体 K(次数 n)の整数環 OK は、Z 上の階数 n の自由加群である。すなわち
OK=Zω1⊕Zω2⊕⋯⊕Zωn
となる元 ω1,…,ωn∈OK(整基底)が存在する。K のすべての元は
これらの Q 係数結合で、OK の元はちょうど Z 係数結合で書ける。
証明
(骨子)OK⊂K は次数 n ゆえ Q 上 n 次元。まず OK が
「Zn に挟まれる」ことを示す:ある Q 基底 {ei}⊂OK をとると、判別式(次章)を
使った評価で OK⊆D1⨁Zei(D は整数)が言え、OK は有限生成
Z 加群で捻れがない。加群論のPID 上有限生成加群の構造定理(Z は PID)より、
捻れなし有限生成加群は自由。Q 上の次元が n だから階数も n。
∎
この定理の威力は絶大です。OK が「n 次元の格子」だと分かる——各元が座標 (a1,…,an)∈Zn で
表せ、たし算は座標の足し算、かけ算は整数行列で書ける。抽象的な“整数の環”が、具体的な格子と行列の言葉で
計算できるようになります。第9章の幾何数論(OK を Rn の格子とみる)も、この構造が土台です。
注意 つまずきポイント
- OK=Z[α] に注意。α の選び方や dmod4 によって、正しい整数環は素朴な環より
大きいことがある。半整数 21+d を忘れない。
- 「整基底」と「Q 基底」の違い。K の Q 基底は無数にあるが、OK の Z 基底
(整基底)は「整数係数でちょうど OK を張る」特別なもの。整基底同士は GLn(Z) で移り合う。
- 自由性は Z が PID だから。OK 自身は一般に PID でない(一意分解が壊れる)。あくまで
「Z 加群として」自由、という点に注意。この後 OK のイデアルの構造が主役になる。
この章のまとめ
- 数体 K=Q の有限次拡大 Q(α)。二次体 Q(d)、円分体 Q(ζm) が基本例。
- 整数環 OK=Z∩K。K に対する OK は、Q に対する Z の役。
数論は OK の中で展開する。
- OK は Z[α] より大きいことがある(d≡1mod4 の二次体では 21+d を含む)。
- 整基底の存在:OK は階数 n の自由 Z 加群。各元が Zn の座標で表せ、格子と行列で
計算できる(PID 上の構造定理より)。
次章は、整基底を具体的に扱う道具——共役・ノルム・トレース・判別式——を整えます。判別式は整基底かどうかの
判定や、後の分岐(第7章)を支配する、この分野の基本不変量です。