数学の作り方 How to make Mathematics

第4章 一意分解の破れ

いよいよこの分野の中心的な事件に踏み込みます。普通の整数 Z\mathbb Z では、どんな数も素数の積にただ一通りに 分解できました(素因数分解の一意性、算術の基本定理)。ところが整数環 OK\mathcal O_K に移ると、この宝物が 壊れることがある。最も有名な例、Z[5]\mathbb Z[\sqrt{-5}]66 が二通りに分解する現象を、ノルムを使って正確に 解剖しましょう。「どこで、なぜ壊れるのか」を突き止めることが、次章以降の救済策への入り口です。

事件:66 の二通りの分解

K=Q(5)K=\mathbb Q(\sqrt{-5}) の整数環は OK=Z[5]\mathcal O_K=\mathbb Z[\sqrt{-5}]53mod4-5\equiv3\bmod4 なので第2章の素朴な形)。 ここで 66 を分解すると、 6=23=(1+5)(15).6=2\cdot3=(1+\sqrt{-5})(1-\sqrt{-5}). 右の二つが本当に等しいかは、(1+5)(15)=1(5)=6(1+\sqrt{-5})(1-\sqrt{-5})=1-(-5)=6 で確認できます。問題は、これが単なる 「並べ替え」ではなく、本質的に異なる二つの分解だということ。Z\mathbb Z なら 12=26=3412=2\cdot6=3\cdot4 も、さらに 分解すれば同じ 2232^2\cdot3 に行き着きました。ところが 2,3,1+5,152,3,1+\sqrt{-5},1-\sqrt{-5} は、これ以上分解できない (既約)のに、互いに移り合わない——ここが決定的に違います。

ノルムで「既約」を見抜く

「これ以上分解できない」を、前章のノルム N(a+b5)=a2+5b2N(a+b\sqrt{-5})=a^2+5b^2 で確かめます。 ノルムは乗法的(N(αβ)=N(α)N(β)N(\alpha\beta)=N(\alpha)N(\beta))なので、α\alpha が分解 α=βγ\alpha=\beta\gamma を持てば N(α)=N(β)N(γ)N(\alpha)=N(\beta)N(\gamma)。だから「ノルムがそれ以上うまく分けられない」なら既約です。

まず各元のノルムを計算:N(2)=4N(2)=4N(3)=9N(3)=9N(1±5)=1+5=6N(1\pm\sqrt{-5})=1+5=6。次に、ノルムが 2233 の元が 存在するかを調べます。a2+5b2=2a^2+5b^2=2=3=3 には整数解がありません(b=0b=0 なら a2=2,3a^2=2,3 で不可、b0b\neq0 なら 5b25>35b^2\ge5>3)。つまり Z[5]\mathbb Z[\sqrt{-5}] にはノルム 2233 の元が一つもない

命題 4元はすべて既約

2,3,1+5,152,3,1+\sqrt{-5},1-\sqrt{-5} はいずれも Z[5]\mathbb Z[\sqrt{-5}] で既約(単元でない真の積に分けられない)。

証明

2=βγ2=\beta\gamma(ともに非単元)なら 4=N(2)=N(β)N(γ)4=N(2)=N(\beta)N(\gamma)。非単元は N2N\ge2 なので N(β)=N(γ)=2N(\beta)=N(\gamma)=2 が 必要だが、ノルム 22 の元は存在しない。よって 22 は既約。33N=9N=9、ノルム 33 の元なし)、 1±51\pm\sqrt{-5}N=6=23N=6=2\cdot3、ノルム 2233 の元もなし)も同様に既約。単元は N=1N=1 の元、すなわち ±1\pm1 のみ。

これで、66 の二つの分解はどちらも「既約元への分解」であり、しかも登場する既約元 {2,3}\{2,3\}{1+5,15}\{1+\sqrt{-5},1-\sqrt{-5}\}互いに単元倍でない(ノルムが 4,94,96,66,6 で違う)。だから 本当に異なる分解——一意性が壊れています。下の装置で、この状況を目で確かめましょう(上段の「数」の分解)。

破れの正体:「既約」と「素」がずれる

なぜ一意性が壊れたのか。犯人は、Z\mathbb Z では一致していた二つの概念——既約——が、 Z[5]\mathbb Z[\sqrt{-5}] ではずれることです。環論で学んだ区別を思い出します。

定義 既約元と素元

非単元 p0p\neq0

  • 既約元p=abp=ab なら aabb が単元(これ以上分けられない)。
  • 素元pabp\mid ab なら pap\mid a または pbp\mid b(積を割れば因子のどちらかを割る)。

一般に「素 ⇒ 既約」は常に成り立つが、「既約 ⇒ 素」は成り立つとは限らない。両者が一致する環が UFD。

Z[5]\mathbb Z[\sqrt{-5}]22 は既約でしたが、素ではありません。実際 26=(1+5)(15)2\mid 6=(1+\sqrt{-5})(1-\sqrt{-5}) なのに、 2(1+5)2\nmid(1+\sqrt{-5}) かつ 2(15)2\nmid(1-\sqrt{-5})1±52\frac{1\pm\sqrt{-5}}{2}Z[5]\mathbb Z[\sqrt{-5}] に入らない)。 「積は割るのに、どちらの因子も割らない」——これが素でないということ。素因数分解の一意性の証明は、まさに 「既約元が素元でもある」ことに依っていました(ユークリッドの補題)。この橋が落ちたので、一意性も崩れたのです。

注意 なぜ一意性の証明が破れるか

Z\mathbb Z での一意性の証明の心臓は「pp が既約なら素」(pabpap\mid ab\Rightarrow p\mid a or pbp\mid b)。二通りの 分解 p1pr=q1qsp_1\cdots p_r=q_1\cdots q_s があっても、p1p_1 が素だからどれかの qjq_j を割り、順に消し込める。 Z[5]\mathbb Z[\sqrt{-5}] では既約 22 が素でないので、この消し込みができない。既約と素のずれこそ、 一意分解が壊れる一点。

救済への伏線:フェルマーのつまずきと、イデアルの予感

歴史的に、この破れは深刻な事件でした。フェルマーの最終定理 xn+yn=znx^n+y^n=z^n への素朴な攻略は、 xn+ynx^n+y^n を円分体 Q(ζn)\mathbb Q(\zeta_n) で一次式の積に分解し、一意性を使って矛盾を導く、というもの。ところが Q(ζn)\mathbb Q(\zeta_n) の整数環でも一意分解が壊れるため、この論法は穴だらけでした。クンマーはこの穴を埋めるため、 「理想の数(ideal number)」という概念を編み出します——これが後のイデアルです。

救済の発想は、下の装置の下段が予告しています。既約元 22 が素でないなら、22さらに細かい何かに割れば よい。OK\mathcal O_K の中の“数”では割れないが、イデアル(数の集合)としてなら (2)(2) をより小さな素イデアル p1\mathfrak p_1 の二乗 (2)=p12(2)=\mathfrak p_1^2 に割れる。そうやって全員を「本当に素なもの(素イデアル)」まで 分解すると、二通りだった 66 の分解が同じ素イデアル分解に収束する——次章以降で、この奇跡を厳密に組み立てます。

注意 つまずきポイント

  • 「二通りの分解」の意味。単なる並べ替えや単元倍ではなく、既約元の集合そのものが違う。ノルムが違う (4,94,96,66,6)ので単元倍でも移り合わない、が決め手。
  • 既約 ≠ 素がすべての原因Z\mathbb Z や PID・UFD では一致するが、一般の OK\mathcal O_K ではずれる。破れを 「既約と素のギャップ」として理解すると、救済(素イデアル)の狙いが見える。
  • Z[5]\mathbb Z[\sqrt{-5}] は正しい整数環53mod4-5\equiv3\bmod4)。素朴な環が整数環と食い違う d1d\equiv1 の場合 (第2章)と混同しない。ここでの破れは整数環そのものの性質。

この章のまとめ

  • Z[5]\mathbb Z[\sqrt{-5}]6=23=(1+5)(15)6=2\cdot3=(1+\sqrt{-5})(1-\sqrt{-5})。ノルム N(a+b5)=a2+5b2N(a+b\sqrt{-5})=a^2+5b^2 で、 四つの元がすべて既約(ノルム 2,32,3 の元が存在しない)と分かる。
  • 二つの分解は単元倍で移り合わず、素因数分解の一意性が壊れている
  • 破れの正体は**「既約 ≠ 素」**。22 は既約だが 262\mid6 なのに 2(1±5)2\nmid(1\pm\sqrt{-5})——素でない。一意性の 証明はユークリッドの補題(既約=素)に依っていたので崩れる。
  • 救済の予感:数で割れないならイデアルで割る。(2)=p12(2)=\mathfrak p_1^2 のように素イデアルへ分ければ、二つの 分解が一つに収束する(次章以降)。

次章は、なぜ OK\mathcal O_K では「イデアルの素イデアル分解」がうまくいくのか——その構造的な理由である デデキント環(三つの条件)を明らかにします。整数環が持つ特別な性質が、失われた一意性を蘇らせる鍵です。