数学の作り方 How to make Mathematics

第5章 デデキント環

前章で、OK\mathcal O_K では「数」の一意分解が壊れることを見ました。しかし、これから示すように「イデアル」の 素イデアル分解は一意に成り立ちます。なぜ整数環でだけ、この奇跡が起きるのか。理由は OK\mathcal O_K が持つ たった三つの構造的な性質——ネーター・次元1・整閉——に集約されます。この三条件を満たす環を デデキント環と呼び、次章で「イデアルが素イデアルの積に一意分解する」ことの土台になります。 この章では、三条件それぞれの意味と、OK\mathcal O_K がそれを満たす理由を掴みます。

デデキント環の定義:三つの条件

定義 デデキント環

整域 RR(体でない)がデデキント環とは、次の三つを満たすこと:

  1. ネーター的:イデアルの昇鎖 I1I2I_1\subseteq I_2\subseteq\cdots は必ず止まる(各イデアルは有限生成)。
  2. クルル次元が 100 でない素イデアルはすべて極大イデアル(素イデアルの鎖 0p0\subsetneq\mathfrak p が最長)。
  3. 整閉:分数体 KK の元で RR 上整なものは、すべて RR に属する。

三条件はどれも可換環論・ホモロジー代数で登場した概念です。抽象的に見えますが、 それぞれ「素イデアル分解を成功させるために欠かせない役割」を担っています。一つずつ、OK\mathcal O_K に即して 意味を読み解きましょう。

条件1:ネーター的——分解が有限で止まる

ネーター的とは、イデアルの増大列が必ず有限で止まること(昇鎖条件)。同値な言い方で、すべてのイデアルが 有限生成。これがなぜ要るか——素イデアル分解が有限回で終わることを保証するためです。もし分解が無限に 続いてしまえば「素イデアルの積」という表示自体が意味を失う。Z\mathbb Z で「どんな数も有限個の素数の積」だった のと同じ有限性を、イデアルのレベルで支えるのがネーター性です。

OK\mathcal O_K がネーター的なのは、前章までの構造からすぐ出ます。OK\mathcal O_K は階数 nn の自由 Z\mathbb Z 加群 (第2章)だったので、そのイデアルも Z\mathbb Z 加群として OK\mathcal O_K の部分加群、すなわち高々 nn 個で生成される 有限生成加群。ゆえに有限生成イデアルばかりで、ネーター的です。

条件2:クルル次元1——「素イデアル=点」で階層が単純

クルル次元が 1 とは、00 でない素イデアルがすべて極大であること。素イデアルの鎖 0p0\subsetneq\mathfrak p が これ以上伸びない、という条件です。可換環論の言葉で「素イデアルの成す階層が 一段しかない」。これがなぜ要るか——素イデアルが分解の最小単位(それ以上分けられない“素”)として きれいに働くためです。次元が 22 以上だと素イデアルに階層ができ、「どのレベルで分解するか」が曖昧になる。

OK\mathcal O_K が次元 11 なのは、Z\mathbb Z が次元 110(p)0\subsetneq(p) が最長)であることの遺伝です。 OK\mathcal O_KZ\mathbb Z 上整な拡大(第1章、OK\mathcal O_K の元はモニック整数係数関係を満たす)で、整拡大は 次元を保つ(上昇定理、可換環論)。だから OK\mathcal O_K も次元 11OK\mathcal O_K00 でない素イデアルは、Z\mathbb Z(p)(p) の“上に乗る”極大イデアルばかりです。

条件3:整閉——半端な分数を許さない

整閉とは、分数体 KK の元 α\alphaRR 上整(モニック整数係数ならぬ「モニック RR 係数」の関係を満たす) なら、必ず αR\alpha\in R であること。「RR の外に、整なのに RR に入っていない半端者がいない」。これがなぜ 要るか——整閉でないと、素イデアル分解の一意性が壊れる反例が作れてしまうからです。整閉性は、環に“穴”や “尖り”がない(正則性に近い)ことを意味します。

OK\mathcal O_K が整閉なのは、その定義そのものから出ます。OK=ZK\mathcal O_K=\overline{\mathbb Z}\cap K は 「KK の中の代数的整数(=Z\mathbb Z 上整な元)の全体」。KK の元で整なものはすべて代数的整数なので、定義により OK\mathcal O_K に入る。整数環は「整なものを全部集めた」から、当然に整閉——第2章で Z[5]\mathbb Z[\sqrt5] でなく Z[1+52]\mathbb Z[\frac{1+\sqrt5}{2}] を整数環にしたのは、まさに整閉にするためでした(1+52\frac{1+\sqrt5}{2} という整な 半端者を取り込む)。

核心:整数環はデデキント環

三条件をまとめます。

定理 整数環はデデキント環

任意の数体 KK の整数環 OK\mathcal O_K はデデキント環である(ネーター的・クルル次元 1・整閉)。

証明

ネーター的OK\mathcal O_K は階数 nn の自由 Z\mathbb Z 加群(第2章)ゆえイデアルは有限生成。 次元 1OK\mathcal O_KZ\mathbb Z 上整拡大で、上昇定理により dimOK=dimZ=1\dim\mathcal O_K=\dim\mathbb Z=1整閉OK=ZK\mathcal O_K=\overline{\mathbb Z}\cap KKK 内の整な元をすべて含むので、定義から整閉。 三条件が満たされ、OK\mathcal O_K はデデキント環。

この定理が次章の扉を開きます。「デデキント環ではイデアルが素イデアルの積に一意分解する」——これは可換環論の 一般定理で、OK\mathcal O_K がデデキント環だと分かった以上、整数環にそのまま適用できる。第4章で壊れた一意性が、 イデアルのレベルで、しかも完全に一般的な理由から蘇るのです。

注意 どの条件が何を守るか

  • ネーター:分解が有限個で止まることを保証(Z\mathbb Z の「有限個の素数の積」の類似)。
  • 次元 1:素イデアルが分解の最小単位として働く(階層がないので“素”が一意に定まる)。
  • 整閉:一意性を壊す半端者を排除(反例封じ)。 三つが揃って初めて、イデアルの素分解の存在と一意性が両立する。どれか一つ欠けても破綻する。

注意 つまずきポイント

  • デデキント環でも“数”の一意分解は壊れたまま。回復するのは「イデアル」の分解。第4章の 22 は依然として 素でない既約元。イデアル (2)=p12(2)=\mathfrak p_1^2 に上がって初めて素分解が効く。
  • PID はデデキント環の特別な場合。PID(Z\mathbb Z など)は「イデアルが単項=数で代用できる」デデキント環。 一般の OK\mathcal O_K は PID とは限らず、そのズレが第8章の類群。
  • 三条件は独立。たとえば Z[3]\mathbb Z[\sqrt{-3}](整閉でない、正しい整数環は Z[1+32]\mathbb Z[\frac{1+\sqrt{-3}}{2}])は 整閉性が崩れ、素分解の一意性も壊れる。整閉が効いていることの反面教師。

この章のまとめ

  • デデキント環ネーター的・クルル次元 1・整閉の整域。それぞれ「分解が有限で止まる」「素イデアルが 最小単位」「半端者を排除」を担う。
  • 整数環 OK\mathcal O_K はデデキント環:ネーター(自由 Z\mathbb Z 加群)、次元 1(Z\mathbb Z 上整・上昇定理)、 整閉(整な元を全部含む定義)。
  • この事実により、次章で「イデアルの素イデアル分解の一意性」が一般定理として OK\mathcal O_K に適用でき、 第4章で壊れた一意性がイデアルのレベルで蘇る。

次章は、いよいよ救済の本体——デデキント環でイデアルが素イデアルの積に一意分解することを示し、第4章の 66 の二つの分解が同じ素イデアル分解に収束する様子を、装置とともに確かめます。