第5章 測地線・多変数・高階
ここまで、未知は一つの関数 、微分は一階 でした。しかし現実の変分問題は、複数の関数を同時に動かしたり (曲線の )、高階の微分を含んだり(曲げエネルギーは )します。この章では、オイラー–ラグランジュ 方程式をこれらの場合へ拡張します。そしてその応用として、曲面や曲がった空間の上での最短経路——測地線——の 方程式を導きます。変分法が微分幾何・リーマン幾何と正面から 出会う章です。
複数の未知関数:成分ごとに E–L
曲線を とベクトルで表し、ラグランジアン の汎関数を 考えます。第一変分を取るとき、各成分を独立に と揺らせます。揺らし は互いに独立に 選べるので、変分法の基本補題を成分ごとに適用できます。
定理 オイラー–ラグランジュ系(多変数)
の極値は、各 について を満たす。未知関数の数だけ E–L 方程式が並ぶ連立系になる。
考え方は一変数と全く同じ。「 だけを揺らし、他を固定」すれば の E–L が、「 だけ揺らす」で の E–L が出る。方向が増えただけで、各方向では前と同じ論法です。これで空間曲線や、複数の物体が絡む力学系 (第8章)を扱えます。
高階微分:部分積分を繰り返す
曲げエネルギー (弾性棒のたわみ)のように、ラグランジアンが二階微分 を含む場合はどうか。 第一変分に が現れるので、部分積分を二回行って にそろえます。端点で と の両方が 消えると約束すれば境界項が消え、次が出ます。
定理 オイラー–ポアソン方程式(高階)
の汎関数の極値は を満たす。 階まで含むなら符号を交互に 。 部分積分を階数だけ繰り返すと、符号 が交互に現れる。
弾性棒のたわみ を最小化すると、 すなわち —— たわみを支配する四階の梁方程式が変分から出ます。原理は変わらず「部分積分で微分を から追い出す」だけ。
測地線:曲がった空間の「まっすぐ」
いよいよ幾何への応用です。曲面や曲がった空間の上で、2点を結ぶ最短経路を求めたい。リーマン幾何で 学んだように、曲がった空間では各点で長さの測り方(計量 )が変わり、経路 の長さは で測られます。この汎関数を最小化する経路が測地線——曲がった空間における「まっすぐな線」です。
長さの汎関数は平方根があって扱いにくいので、実用上はエネルギー汎関数 を 使います(同じ測地線を与え、平方根が消えて計算が楽)。これに多変数の E–L 系を適用すると、測地線方程式が出ます。
定理 測地線方程式
計量 の空間の測地線は を満たす。 は計量から作られるクリストッフェル記号( の一階微分の組み合わせ)。
第二項がなければ「加速度 =等速直線運動」で、平面のまっすぐな線。クリストッフェル記号の項は、空間の 曲がりを補正して「その空間なりのまっすぐ」を定義します。球面ならこの方程式の解は大円(赤道や経線)—— 地球上の最短経路が大円になる理由が、変分から導かれます。リーマン幾何ではこの方程式を 共変微分 (自己平行)として幾何的に導きましたが、変分法からは「長さ最小」という 別ルートで同じ方程式に到達する。二つの視点が一つの方程式で握手します。
注意 なぜ長さでなくエネルギーを最小化するのか
長さ汎関数はパラメータの取り替え(同じ道を速く/遅くたどる)で値が変わらない——自由度が多すぎて E–L が 退化気味になる。エネルギー汎関数を使うと、最小点は自動的に等速パラメータ(弧長比例)になり、方程式が すっきりする。長さの臨界点とエネルギーの臨界点(等速のもの)は同じ道を与えるので、幾何的な結論は変わらない。
注意 つまずきポイント
- 連立 E–L は「成分ごと」。各未知関数に一本ずつ方程式が対応。揺らしを成分独立に選べることが根拠。
- 高階の符号は交互。 の交代は、部分積分を 回するたびに符号が反転することの反映。覚えるより 「部分積分の回数分だけ符号が入れ替わる」と理解する。
- 測地線=二つの定義の一致。「長さ最小(変分)」と「まっすぐ=自己平行(幾何)」は同じ測地線方程式を 与える。曲がった空間の直線を、外から(幾何)と最適化から(変分)両方向で捉えられる。
この章のまとめ
- 多変数:未知関数が複数なら、各成分に E–L が一本ずつ立つ連立系(揺らしを成分独立に取れるから)。
- 高階: 以上を含むなら部分積分を繰り返し、符号 が交互に並ぶオイラー–ポアソン方程式。 弾性棒 → 四階の梁方程式。
- 測地線:曲がった空間の最短経路は、長さ(実用上はエネルギー)汎関数の E–L から測地線方程式 。球面なら大円。変分と微分幾何が同じ方程式で出会う。
次章は、「長さ一定」「体積一定」のような拘束条件つきの変分問題を扱います。等周問題——周の長さが決まった とき面積を最大にする形は円——を、ラグランジュ乗数の変分版で解きます。