第10章 陰関数定理と極値問題
「 の形に解けない」とき、それでも曲線は描ける
は円を表します。でも について解こうとすると と が出て、一つの関数になりません。もっと複雑な に至っては、 を の式で書き下すことすら絶望的です。
それでも私たちは、この方程式が滑らかな曲線を描くと感じています。 「解の公式は書けないが、局所的には という関数がちゃんと存在する」—— これを保証してくれるのが陰関数定理。多変数微積分でいちばん役に立つ道具の一つです。
方程式 を「 について解けるか」は、実は偏微分 が でないかで決まる。 全部を解かなくても、微分だけで局所的な解の存在が分かる。
陰関数定理
定理 陰関数定理
が 級で かつ とする。このとき の近くで ( 級, )がただ一つ定まり 。さらに
条件 の意味を掴みましょう。曲線 の各点で、接線が縦向きでない(垂直でない) なら、その点の近くで に対して が一意に決まる——これは図を描けば当然です。 円の左右端 では で接線が縦になり、そこだけ に解けない ( が合流する)。定理はこの直感を正確に述べ、しかも を求めずに導関数まで与えます。 は を連鎖律で微分すれば即座に出ます。
逆関数定理
同じ精神で「写像が局所的に逆を持つか」を判定できます。
定理 逆関数定理
写像 が点 でヤコビ行列 が正則 (行列式 )なら、 の近くで は の逆写像をもち、 。
一変数の「 なら局所的に逆関数がある」の多変数版。 が 「ヤコビ行列が正則(線形近似が可逆)」に置き換わっただけです。線形代数の行列式・逆行列が 微積分の存在定理を動かしている好例で、陰関数定理と逆関数定理は実は互いに導ける双子です。
極値問題:多変数の最大最小
一変数では「 の点を調べ、2階微分で山か谷か判定」でした。多変数でも骨格は同じです。
定義 臨界点
となる点 を臨界点という。 (極値をとるなら、そこは必ず臨界点。ただし逆は成り立たない。)
臨界点が山(極大)か谷(極小)か、あるいはどちらでもない鞍点かは、2階微分=ヘッセ行列で判定します。
定義 ヘッセ行列と判定
(シュワルツの定理より対称)。臨界点で
- が正定値(固有値がすべて正) 極小
- が負定値 極大
- 正負の固有値が混在 鞍点
ここで前章の伏線が効きます。ヘッセ行列が対称なのはシュワルツの定理のおかげ、 そして「正定値か負定値か」は線形代数の固有値の符号(第20章相当)で判定する。 2変数なら かつ で極小、という便利な形になります。 微積分の極値問題が、線形代数の二次形式の問題に翻訳されるのです。
条件付き極値:ラグランジュ乗数法
「 という制約のもとで を最大化せよ」——束縛付きの最適化は現実に頻出します。 制約を代入して消せない場合の、鮮やかな解法があります。
定理 ラグランジュ乗数法
制約 ()のもとで が で極値をとるなら、ある数 があって
幾何的な意味がすべてです。制約 は曲線(等高線)。その上を歩いて の値を上げていくと、 の等高線と制約曲線が接するところで頭打ちになる。接するとき2つの勾配は平行——それが 。(乗数)は「制約を少し緩めたら がどれだけ改善するか」の 感度も表します。実際には と を連立して解きます。
例 ラグランジュで不等式を出す
制約 ()で を最大化すると、 より 、 最大値 。ここから 、すなわち相加相乗平均の不等式が出ます。
注意 境界を含む最大最小
有界閉領域での最大最小は、(1) 内部の臨界点、(2) 境界上(境界を制約とみてラグランジュ、または媒介変数化)、 の両方を調べて値を比べる。第5章の「有界閉区間の連続関数は最大最小をもつ」の多変数版で、 コンパクト性が存在を保証している。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 臨界点=極値ではない。 鞍点( の原点)は だが極値でない。ヘッセ行列で必ず判定。
- 陰関数・逆関数定理は局所の主張。大域的に一意な解や逆写像を保証するわけではない。
- ラグランジュ乗数法は必要条件。得られた候補が最大か最小か(あるいはどちらでもないか)は別途値を比較する。
この章のまとめ
- 陰関数定理: なら は局所的に に解ける。逆関数定理:ヤコビ行列が正則なら局所的に逆をもつ。どちらも「線形近似が可逆」が本質。
- 極値は臨界点+ヘッセ行列の符号で判定。ヘッセの対称性(シュワルツ)と固有値(線形代数)が土台。
- 制約付き最適化はラグランジュ乗数法。「 と の等高線が接する=勾配が平行」が幾何的な心。
一変数・多変数の微分が揃いました。次章は多変数の積分——重積分へ進みます。