数学の作り方 How to make Mathematics

第12章 ベクトル解析

微積分学の基本定理を、もう一度・もっと高い次元で

第7章で微積分学の基本定理を学びました。abFdx=F(b)F(a)\int_a^b F'\,dx=F(b)-F(a)。 一言でいえば**「中身の微分を積分すると、境界の値だけで決まる」**。 区間 [a,b][a,b] の「中身」を積分したのに、答えは端点 a,ba,b(=境界)だけで書けた。

この驚きを、平面・曲面・空間へ拡張したのがベクトル解析です。 グリーン・ストークス・ガウスの3定理は、見た目は違えどすべて同じ主張の変奏: 「領域の内部で微分したものの積分 = 境界の上の積分」。最後にこの統一が見えたとき、 微積分学は一つの物語として閉じます。

3つの積分定理は、微積分学の基本定理を次元を上げて言い直したもの。 内部の情報が、境界にすべて凝縮される。

場と、3つの微分演算

まず舞台。空間の各点にベクトルを割り当てたものをベクトル場(風速、電場、水流など)、 数を割り当てたものをスカラー場(気温、標高など)といいます。これらに対し、 勾配・発散・回転という3種類の微分があります。

定義 勾配・発散・回転

=(x,y,z)\nabla=(\partial_x,\partial_y,\partial_z) を形式的なベクトルとみて、

  • 勾配 gradf=f\operatorname{grad}f=\nabla f:スカラー場 → ベクトル場(最急増加方向)
  • 発散 divF=F\operatorname{div}\mathbf F=\nabla\cdot\mathbf F:ベクトル場 → スカラー場(湧き出しの量)
  • 回転 rotF=×F\operatorname{rot}\mathbf F=\nabla\times\mathbf F:ベクトル場 → ベクトル場(渦の強さ)

発散は「その点で場がどれだけ湧き出す/吸い込むか」、回転は「その点で場がどれだけ渦を巻くか」。 言葉のイメージを持っておくと、定理の意味がすっと入ります。

線積分と面積分

積分する舞台を、区間から曲線・曲面へ広げます。

定義 線積分

曲線 C:r(t) (atb)C:\mathbf r(t)\ (a\le t\le b) 上で、ベクトル場 F\mathbf F線積分CFdr=abF(r(t))r(t)dt.\int_C \mathbf F\cdot d\mathbf r=\int_a^b \mathbf F(\mathbf r(t))\cdot\mathbf r'(t)\,dt.F\mathbf F を力とみれば、経路 CC に沿って動くときの仕事。)

定義 面積分

曲面 SS 上で F\mathbf F面積分(流束)SFdS=SFndA,\iint_S \mathbf F\cdot d\mathbf S=\iint_S \mathbf F\cdot\mathbf n\,dA, n\mathbf n は単位法線。曲面を通って流れ出る量を表す。面積要素 dAdA は第11章の要領で計算する。

保存場:線積分版の基本定理

線積分は一般に経路によって値が変わります。ところが場が勾配 F=f\mathbf F=\nabla f の形(保存場)だと、 経路によらず端点だけで決まる——これはまさに基本定理そのものです。

定理 線積分の基本定理

F=f\mathbf F=\nabla fffポテンシャルという)なら CFdr=f(終点)f(始点).\int_C \mathbf F\cdot d\mathbf r=f(\text{終点})-f(\text{始点}). 特に閉曲線に沿う積分は 00。逆に、単連結領域で rotF=0\operatorname{rot}\mathbf F=\mathbf 0 なら F\mathbf F は保存場。

abF=F(b)F(a)\int_a^b F'=F(b)-F(a) の完全な多次元版。「回転が 00(渦が無い)ならポテンシャルがある」という 判定は、物理の保存力・電位の話と直結します。

3つの積分定理

いよいよ本丸。いずれも「内部の微分の積分 = 境界の積分」という同じ型です。

定理 グリーンの定理(平面)

平面領域 DD とその境界 D\partial D(反時計回り)について D(Pdx+Qdy)=D(QxPy)dA.\oint_{\partial D}(P\,dx+Q\,dy)=\iint_D\left(\frac{\partial Q}{\partial x}-\frac{\partial P}{\partial y}\right)dA.

定理 ストークスの定理(空間内の曲面)

曲面 SS とその縁 S\partial S について SFdr=S(rotF)dS.\oint_{\partial S}\mathbf F\cdot d\mathbf r=\iint_S(\operatorname{rot}\mathbf F)\cdot d\mathbf S.

定理 ガウスの発散定理(空間の立体)

立体 VV とその表面 V\partial V について VFdS=V(divF)dV.\iint_{\partial V}\mathbf F\cdot d\mathbf S=\iiint_V(\operatorname{div}\mathbf F)\,dV.

見比べてください。左辺は境界(D,S,V\partial D,\partial S,\partial V)上の積分、右辺は内部で微分した量の積分。 グリーンは平面、ストークスは曲面、ガウスは立体——舞台の次元が違うだけで、言っていることは同じです。 グリーンはストークスの平面版であり、すべては次のたった一つの式に統一されます。

定理 一般ストークスの定理(統一形)

Ωω=Ωdω.\int_{\partial\Omega}\omega=\int_\Omega d\omega. 微分形式 ω\omega の外微分 dωd\omega を内部で積分すると、境界での ω\omega の積分に等しい。 微積分学の基本定理・グリーン・ストークス・ガウスは、すべてこの一行の特別な場合

この統一形は多様体論(第14章)で本格的に扱いますが、ここで「3定理は本質的に一つ」と 見えていれば、その先の幾何学がぐっと近づきます。微積分学は、この一行に向かって登ってきたのです。

直感でつかむ発散定理

発散定理の気持ち

立体を細かい立方体に刻む。各小立方体で「流れ出した量」を足すと、隣り合う面での流出入は 向かい合って打ち消し合い、外側の表面だけが残る。一方で各小立方体の流出量は divF\operatorname{div}\mathbf F。 だから「内部の div の総和 = 表面からの流束」。基本定理で中間項が消えて端点だけ残ったのと、 まったく同じ打ち消しの構造です。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 向き(orientation)を落とす。 境界の向き・曲面の法線の向きが定理の符号を決める。反時計回り・外向き法線を確認。
  • rotF=0\operatorname{rot}\mathbf F=\mathbf 0 ならいつでも保存場、は誤り。 領域が単連結でないと反例がある(穴のあいた領域の渦なし場)。
  • グリーン・ストークス・ガウスを別々の公式として暗記しない。「境界の積分=内部の微分の積分」の一族と捉える。

この章のまとめ

  • ベクトル場に対し勾配・発散・回転の3つの微分がある。線積分は仕事、面積分は流束。
  • 保存場F=f\mathbf F=\nabla f)の線積分は端点だけで決まる=基本定理の多次元版。判定は「回転が 00+単連結」。
  • グリーン・ストークス・ガウスはすべて「内部の微分の積分=境界の積分」。統一形 Ωω=Ωdω\int_{\partial\Omega}\omega=\int_\Omega d\omega が微積分学の到達点。

これで微分積分学は一区切りです。ここで培った ε\varepsilon-δ\delta の型・完備性・線形近似・ 「内部と境界」の視点は、集合と位相線形代数学多様体論へと そのまま受け継がれていきます。おつかれさまでした。