数学の作り方 How to make Mathematics

第6章 テイラー展開

「その場しのぎの多項式」を高次まで押し上げる

微分の第一歩は「接線で近似する」ことでした。f(x)f(a)+f(a)(xa)f(x)\approx f(a)+f'(a)(x-a)。 点 aa のまわりで、関数を直線で置き換える近似です。悪くないけれど、aa から離れると すぐズレる。曲がっている関数を直線で真似るのだから当然です。

ではもっと良くしたい。2次曲線なら曲がりも真似できる。3次ならもっと。 「aa での値・傾き・曲がり…を、できる限り高次まで一致させた多項式」を作れば、 aa の近くで関数にぴったり吸い付くはず——これがテイラー展開の発想です。

下で sinx\sin x を近似してみましょう。項数(次数)を上げるほど、朱色の多項式が 原点から外へと sinx\sin x に吸い付いていきます。

テイラーの定理

aa での微分係数を nn 次まで一致させる多項式」は、係数を合わせれば一意に決まります。

定義 テイラー多項式

ffaann 回微分可能なとき、 Pn(x)=k=0nf(k)(a)k!(xa)kP_n(x)=\sum_{k=0}^{n}\frac{f^{(k)}(a)}{k!}(x-a)^kaa における nnテイラー多項式という(a=0a=0 のときマクローリン多項式)。

肝心なのは誤差 Rn(x)=f(x)Pn(x)R_n(x)=f(x)-P_n(x)(剰余項)がどれだけ小さいか。 これを評価できて初めて「近似できた」と言えます。前章の平均値定理が、ここで高次に化けます。

定理 テイラーの定理(ラグランジュの剰余)

ff[a,x][a,x]n+1n+1 回微分可能なら、aaxx の間のある ccf(x)=k=0nf(k)(a)k!(xa)k+f(n+1)(c)(n+1)!(xa)n+1Rn(x).f(x)=\sum_{k=0}^{n}\frac{f^{(k)}(a)}{k!}(x-a)^k+\underbrace{\frac{f^{(n+1)}(c)}{(n+1)!}(x-a)^{n+1}}_{R_n(x)}.

n=0n=0 とすると f(x)=f(a)+f(c)(xa)f(x)=f(a)+f'(c)(x-a)——ちょうど平均値定理です。 テイラーの定理は平均値定理を高次に伸ばしたもの、という見方ができます。 剰余の形が「次の次数の項に、aa の代わりに未知の点 cc を入れたもの」になっているのが要点。

定理 積分形の剰余

ffCn+1C^{n+1} 級なら Rn(x)=1n!ax(xt)nf(n+1)(t)dt.R_n(x)=\frac{1}{n!}\int_a^x (x-t)^n f^{(n+1)}(t)\,dt.

ラグランジュ形は「未知の cc」で扱いやすい反面、cc の位置が分からない。 積分形は cc を使わず剰余をきっちり式で書くので、より精密な評価に向きます (部分積分をくり返すと導けます)。用途で使い分けます。

主要関数のマクローリン展開

剰余が nn\to\infty00 に行けば、無限級数(第4章のべき級数)として関数そのものに一致します。 覚えておくべき基本を挙げます(すべて a=0a=0)。

ex=n=0xnn!,sinx=n=0(1)nx2n+1(2n+1)!,cosx=n=0(1)nx2n(2n)!e^x=\sum_{n=0}^\infty\frac{x^n}{n!},\qquad \sin x=\sum_{n=0}^\infty\frac{(-1)^n x^{2n+1}}{(2n+1)!},\qquad \cos x=\sum_{n=0}^\infty\frac{(-1)^n x^{2n}}{(2n)!}

11x=n=0xn (x<1),ln(1+x)=n=1(1)n1xnn (x1,x1)\frac{1}{1-x}=\sum_{n=0}^\infty x^n\ (|x|<1),\qquad \ln(1+x)=\sum_{n=1}^\infty\frac{(-1)^{n-1}x^n}{n}\ (|x|\le1,x\ne-1)

(1+x)α=n=0(αn)xn (x<1)(一般二項展開)(1+x)^\alpha=\sum_{n=0}^\infty\binom{\alpha}{n}x^n\ (|x|<1)\quad(\text{一般二項展開})

ex,sinx,cosxe^x,\sin x,\cos x は全実数で成立(剰余の f(n+1)f^{(n+1)} が有界で (n+1)!(n+1)! に負ける)。 一方 ln(1+x)\ln(1+x)11x\frac1{1-x} は収束半径 11 で、範囲に注意が要ります。

オイラーの公式が見える

eixe^{ix} の展開を実部・虚部に分けると、cosx\cos xsinx\sin x の級数がちょうど現れ、 eix=cosx+isinxe^{ix}=\cos x+i\sin x。テイラー展開は、指数関数と三角関数が実は親戚だと暴きます (複素解析で本格的に扱います)。

近似の言葉:ランダウ記号

aa の近くでの誤差の大きさ」を毎回書くのは面倒なので、記号で圧縮します。

定義 ランダウの記号

xax\to ag(x)h(x)0\dfrac{g(x)}{h(x)}\to0 のとき g(x)=o(h(x))g(x)=o(h(x))hh より高位の無限小)、 g(x)h(x)\left|\dfrac{g(x)}{h(x)}\right| が有界のとき g(x)=O(h(x))g(x)=O(h(x)) と書く。

これを使うと、テイラー展開は f(x)=Pn(x)+o((xa)n)f(x)=P_n(x)+o((x-a)^n) と短く書けます。 「nn 次多項式で近似したときの誤差は、(xa)n(x-a)^n よりさらに速く 00 に行く」という意味。 極限計算では、必要な次数まで展開して oo でまとめるのが定石です。

ランダウ記号で極限を瞬殺する

limx0sinxxx3\displaystyle\lim_{x\to0}\frac{\sin x-x}{x^3}sinx=xx36+o(x3)\sin x=x-\frac{x^3}{6}+o(x^3) を代入すると x3/6+o(x3)x316\dfrac{-x^3/6+o(x^3)}{x^3}\to-\dfrac16。ロピタルを3回使うより速い。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 「無限回微分できる ⇒ テイラー級数が ff に一致」ではない。 e1/x2e^{-1/x^2}x=0x=000)は すべての微分係数が 00 でテイラー級数は恒等的に 00 なのに、ff 自身は 00 でない。剰余が消えない例。
  • ランダウ記号は「向き」がある。 o(x3)=o(x2)o(x^3)=o(x^2) は正しいが逆は誤り。等号は左から右への一方通行。
  • 剰余 RnR_ncc存在するだけ。値は不明でも、f(n+1)|f^{(n+1)}| の上界さえ分かれば誤差評価はできる。

この章のまとめ

  • テイラー展開は「接線近似」を高次へ拡張したもの。aa での微分係数を nn 次まで一致させる多項式で関数を近似する。
  • 精度は剰余項で測る。ラグランジュ形(未知の cc)と積分形(式で明示)を使い分ける。テイラーの定理は平均値定理の高次版。
  • ex,sinx,cosx,ln(1+x),(1+x)αe^x,\sin x,\cos x,\ln(1+x),(1+x)^\alpha の展開は暗記。ランダウ記号で誤差を圧縮すると極限計算が一気に楽になる。

次章は、これまで「面積」と素朴に呼んできたものを厳密に定義する——リーマン積分です。