第6章 Hom関手と表現可能関手
対象を「関係の束」として見る
第1章で「対象は中身でなく関係で語る」と述べました。この精神を極限まで推し進めます——対象 を、 が他のすべての対象と結ぶ射の全体で捉える。 から見える世界、あるいは へ向かう射の全体。 それが Hom 関手です。この視点が、次章の米田の補題——圏論の心臓——への直接の入り口になります。
固定した対象 に対し、各対象 に「 から への射の集合」 を対応させる。 を 動かすと、これは から への関手になります。
Hom関手=固定対象 から見た「他対象への射の集合」を、 ごとに集めた関手。対象を関係の束として見る。
共変 Hom 関手と反変 Hom 関手
Hom は二つの引数をもち、一方を固定すると関手になります。前引数を固定すると共変、後引数を固定すると反変です。
定義 Hom関手
圏 の対象 を固定する。
- 共変 Hom 関手 。対象 、 射 には後合成 、。
- 反変 Hom 関手 。対象 、 射 には前合成 、。
後合成()は向きを保ち共変、前合成()は向きを逆にし反変——第2章の押し出し/引き戻しの区別が そのまま効きます。 は「 から出る射の世界」、 は「 へ入る射の世界」。 対象 を、出ていく矢印・入ってくる矢印の全体として描像するのです。
注意 Hom関手は普遍性を翻訳する
第5章の積の普遍性「」は、まさに Hom 関手の 言葉。普遍性とは「Hom 集合の間の自然な全単射」だった。実際、あらゆる極限は が保つ ()。Hom 関手を通すと、普遍性が集合の同型として見える—— この観点が次章と第9章で本質的になる。
表現可能関手
さて、 から への関手はいろいろあります。そのうち、ある対象の Hom 関手と(自然)同型に なるものは特別です。「集合値の関手が、実は一つの対象で“代表”されている」——これを表現可能といいます。
定義 表現可能関手
関手 が表現可能とは、ある対象 が存在して自然同型
が成り立つこと。 を の表現対象という。(反変なら 。)
表現可能性は「一見複雑な関手の背後に、それを支配する一つの対象がいる」という発見です。そして——多くの 普遍性は、ある関手の表現可能性として言い換えられる。表現対象こそが普遍対象なのです。
例 表現可能関手と普遍対象
- 恒等関手的な例: 自身は で表現される。
- べき集合(反変)、 は と 自然同型(部分集合 ↔ 特性関数)。表現対象は二元集合 。
- 積を作る関手 は で表現される。 表現対象=積 。「積の存在」=「この関手が表現可能」。
- 忘却関手 は で表現される(群の元 ↔ からの準同型)。
「べき集合は で代表される」「積の存在は表現可能性」——バラバラの構成が、 を通して 「一つの対象による代表」という一枚の絵に収束していきます。この“代表”の考え方を極限まで突き詰めると、 次章の米田の補題になります。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 共変 と反変 を区別。 前者は後合成で共変、後者は前合成で反変。どちらの 引数を固定したかで向きが決まる。
- 表現可能=「一つの対象で代表される」。 集合値関手が の形。表現対象 が普遍対象。関手が 表現可能かどうかは自明でない。
- 普遍性は Hom 集合の自然同型。 「一意な媒介射」は「Hom 集合の全単射」の言い換え。普遍性を集合の同型として 見る癖をつける。
- 表現対象は同型を除いて一意。 次章の米田の補題の帰結。二つの表現対象は自然同型から同型になる。
この章のまとめ
- Hom 関手:固定対象 に対し、共変 (後合成・ から出る射の世界)と反変 (前合成・ へ入る射の世界)。対象を「関係の束」として見る。
- 普遍性は Hom 集合の自然同型として翻訳できる(積の普遍性=)。
- 表現可能関手 :集合値関手が一つの対象 で代表される。表現対象=普遍対象(べき集合は 、積は )。
- 「対象を Hom で捉える」「関手を対象で代表する」——この二つを極限まで突き詰めると米田の補題。次章でその心臓に触れます。
次章では、圏論の心臓——米田の補題を述べ、「対象はそれが他と結ぶ関係の全体で完全に決まる」ことの意味を掘り下げます。