第1章 局所化 — 一点を拡大鏡で見る
整数 から有理数 を作るとき、私たちは「分母を許す」ことをしました。 という分数を導入して、 以外での割り算を可能にした。この素朴な操作——分数を作る——を 環の言葉で精密にし、さらに「どの分母を許すか」を自在に選べるようにしたのが局所化です。 可換環論のいちばん基本的な、そしていちばんよく使う道具から始めましょう。
なぜ「分数」を一般化したいのか
環論で見たように、環 の元はいつも割り算できるとは限りません。 で で割ろうとすると環からはみ出す。でも「 で割れたら便利なのに」という場面は山ほどあります。
もっと切実な動機は幾何にあります。代数幾何学で、多項式環 は平面の 関数たちでした。いま平面上の一点 の近くだけに興味があるとします。 で にならない関数 ( の近くで割ってよい関数)を全部分母に許せば、「 の周りでの振る舞い」だけを取り出せる—— 遠くの情報を捨てて、一点を拡大鏡で覗くことができます。この「分母に許す集合を選ぶ」柔軟さが、 を作る操作を一般化する値打ちです。
分母に使える集合には、最低限の条件が要ります。「 で割れる(何もしない割り算)」、そして 「 でも でも割れるなら でも割れる(分数の掛け算が閉じる)」。これを満たす集合を名付けます。
定義 積閉集合
可換環 の部分集合 が積閉集合とは、 であり、 を満たすこと。
代表例を三つ。 ゼロを除いた集合まわり——整域なら 。 一つの元のべき (「 で割れるようにする」)。 そして主役、素イデアルの補集合 (次節)。どれも積で閉じているのがポイントです。
分数環の作り方
を分母に許した「分数の環」を厳密に作ります。作り方は とまったく同じ——分子と分母の組 を考え、通分して等しくなるものを同一視するだけです。
定義 局所化 $S^{-1}R$
積閉集合 に対し、 の元 を分数 と書き、
で同値関係を入れる。この同値類全体に、、 で演算を定めた環を局所化 という。 自然な準同型 がある。
同値関係の定義に余分な が現れるのが目新しい点です。(整域)なら で済むのに、なぜ を掛けるのか。それは に零因子があるとき、 無しでは 推移律( かつ なら )が壊れるからです。 を許すことで「 の元を掛ければ消えるズレは無視する」ことになり、うまくいく。この一手が、 零因子のある環でも分数を破綻なく作る鍵です。
こうして作った では、 の元がめでたく**単元(可逆)**になります:。 「分母に許した元が、本当に割れるようになった」わけです。実は はこの性質で特徴づけられる—— 「 の元を単元に送る準同型 の中で最も普遍的なもの」(普遍性)で、 これが局所化の圏論的な正体です。
素イデアルでの局所化=一点を見る
いよいよ主役。冒頭の「一点の周りだけ見る」を実現するのが、素イデアルの補集合での局所化です。 環論で、素イデアル は「 または 」—— その補集合 はまさに積閉集合(対偶がその条件そのもの)でした。
定義 局所環 $R_{\mathfrak{p}}$
素イデアル に対し での局所化を と書く。 これは局所環——極大イデアルがただ一つの環——になり、その極大イデアルは 。
なぜ極大イデアルがただ一つになるのか。 で単元でない元は「分子が に入る分数」だけ (分子が の外なら、それは の元だから分母に回して逆数が作れる)。非単元の全体がすでに 一つのイデアル をなす——これが局所環であることの意味です。局所環とは 「極大イデアル=非単元全体が一つにまとまった環」、幾何的には「一点だけに焦点を絞った環」。
で試すと鮮やかです。素数 での局所化 ——分母に を 持たない有理数全体。ここでは 以外の素数はすべて単元になり、「 での可除性」だけが残る。 という一点に注目し、他の素数の情報を消し去った環です。幾何と数論で、局所化は同じ「一点を見る」役を果たします。
局所化はイデアルと素イデアルをどう動かすか
局所化の威力は、イデアルの構造をきれいに整理することにあります。とりわけ素イデアルの対応が重要です。
定理 素イデアルの対応
の素イデアルは、 の素イデアルのうち と交わらないもの と一対一に対応する:
特に の素イデアルは、 に含まれる の素イデアルと対応する。
「 と交わる素イデアルは消える(局所化で になってしまう)、交わらないものだけが生き残る」。 のべきで局所化すれば「 を含む素イデアルが消え」、 の補集合で局所化すれば 「 の中にある素イデアルだけが残る」。後者はまさに「 という点に至る道 ( 以下の素イデアルの鎖)」だけを取り出すことで、第4章のクルル次元・高さの計算で決定的に効きます。
局所化のもう一つの美点は完全性を保つこと—— は加群の短完全系列を 短完全系列に写す完全関手です(分母を付ける操作は核も像も壊さない)。だから「局所化してから調べる」ことが 安心してできる。この「局所で確かめて大域へ」という論法(局所大域原理)は、可換環論の基本戦略になります。
注意 つまずきポイント
- 局所化の「局所」は位置ではなく代数的な焦点。 は「 という素イデアル(点)に 注目し、そこで消えない元を可逆にした環」。位相的な近傍とは別概念だが、幾何ではちょうど点の芽に対応する。
- 零因子があると分母付けで元が消えうる。 同値関係の はそのため。 となるのは、ある で のとき。 は一般に単射でない( が零因子を含むと核が生じる)。整域なら単射。
- 極大イデアルがただ一つ=局所環。 「局所化 」と「局所環」は別語。局所化して局所環になるのは 素イデアルの補集合で割ったとき。 のべきでの局所化 は一般に局所環ではない。
この章のまとめ
- 局所化 は「 の分数作り」を一般化し、積閉集合 の元を可逆にする普遍的な環。 零因子に備えて同値関係に を入れるのが要。
- 素イデアルの補集合での局所化 は局所環(極大イデアルがただ一つ)。「一点 の周りを 拡大鏡で見る」操作で、 は「 での可除性だけを残した環」。
- 局所化は素イデアルを( と交わらないものへ)制限し、完全性を保つ。「局所で確かめて大域へ」が基本戦略。
次章は反対に「環全体の有限性」を保証する条件——ネーター環へ。無限に複雑になりうる環を、有限生成という たがで飼いならし、ヒルベルトの基底定理と準素分解(イデアルの素因数分解)を手に入れます。