数学の作り方 How to make Mathematics

第1章 局所化 — 一点を拡大鏡で見る

整数 Z\mathbb{Z} から有理数 Q\mathbb{Q} を作るとき、私たちは「分母を許す」ことをしました。 ab\frac{a}{b} という分数を導入して、00 以外での割り算を可能にした。この素朴な操作——分数を作る——を 環の言葉で精密にし、さらに「どの分母を許すか」を自在に選べるようにしたのが局所化です。 可換環論のいちばん基本的な、そしていちばんよく使う道具から始めましょう。

なぜ「分数」を一般化したいのか

環論で見たように、環 RR の元はいつも割り算できるとは限りません。Z\mathbb{Z}33 で割ろうとすると環からはみ出す。でも「33 で割れたら便利なのに」という場面は山ほどあります。

もっと切実な動機は幾何にあります。代数幾何学で、多項式環 R=k[x,y]R=k[x,y] は平面の 関数たちでした。いま平面上の一点 pp の近くだけに興味があるとします。pp00 にならない関数 (pp の近くで割ってよい関数)を全部分母に許せば、「pp の周りでの振る舞い」だけを取り出せる—— 遠くの情報を捨てて、一点を拡大鏡で覗くことができます。この「分母に許す集合を選ぶ」柔軟さが、 Q\mathbb{Q} を作る操作を一般化する値打ちです。

分母に使える集合には、最低限の条件が要ります。「11 で割れる(何もしない割り算)」、そして 「ss でも tt でも割れるなら stst でも割れる(分数の掛け算が閉じる)」。これを満たす集合を名付けます。

定義 積閉集合

可換環 RR の部分集合 SS積閉集合とは、1S1\in S であり、s,tSstSs,t\in S \Rightarrow st\in S を満たすこと。

代表例を三つ。(1)(1) ゼロを除いた集合まわり——整域なら S=R{0}S=R\setminus\{0\}(2)(2) 一つの元のべき S={1,f,f2,}S=\{1,f,f^2,\dots\}(「ff で割れるようにする」)。(3)(3) そして主役、素イデアルの補集合 S=RpS=R\setminus\mathfrak{p} (次節)。どれも積で閉じているのがポイントです。

分数環の作り方

SS を分母に許した「分数の環」を厳密に作ります。作り方は Q\mathbb{Q} とまったく同じ——分子と分母の組 (a,s)(a,s) を考え、通分して等しくなるものを同一視するだけです。

定義 局所化 $S^{-1}R$

積閉集合 SS に対し、R×SR\times S の元 (a,s)(a,s) を分数 as\dfrac{a}{s} と書き、

as=bt    uS, u(atbs)=0\frac{a}{s}=\frac{b}{t}\iff \exists u\in S,\ u(at-bs)=0

で同値関係を入れる。この同値類全体に、as+bt=at+bsst\dfrac{a}{s}+\dfrac{b}{t}=\dfrac{at+bs}{st}asbt=abst\dfrac{a}{s}\cdot\dfrac{b}{t}=\dfrac{ab}{st} で演算を定めた環を局所化 S1RS^{-1}R という。 自然な準同型 RS1R, aa1R\to S^{-1}R,\ a\mapsto \dfrac{a}{1} がある。

同値関係の定義に余分な uSu\in S が現れるのが目新しい点です。Q\mathbb{Q}(整域)なら atbs=0at-bs=0 で済むのに、なぜ uu を掛けるのか。それは RR零因子があるとき、uu 無しでは 推移律(as=bt\frac{a}{s}=\frac{b}{t} かつ bt=cr\frac{b}{t}=\frac{c}{r} なら as=cr\frac{a}{s}=\frac{c}{r})が壊れるからです。 uu を許すことで「SS の元を掛ければ消えるズレは無視する」ことになり、うまくいく。この一手が、 零因子のある環でも分数を破綻なく作る鍵です。

こうして作った S1RS^{-1}R では、SS の元がめでたく**単元(可逆)**になります:s11s=1\frac{s}{1}\cdot\frac{1}{s}=1。 「分母に許した元が、本当に割れるようになった」わけです。実は S1RS^{-1}R はこの性質で特徴づけられる—— 「SS の元を単元に送る準同型 RAR\to A の中で最も普遍的なもの」(普遍性)で、 これが局所化の圏論的な正体です。

素イデアルでの局所化=一点を見る

いよいよ主役。冒頭の「一点の周りだけ見る」を実現するのが、素イデアルの補集合での局所化です。 環論で、素イデアル p\mathfrak{p} は「abpapab\in\mathfrak{p}\Rightarrow a\in\mathfrak{p} または bpb\in\mathfrak{p}」—— その補集合 S=RpS=R\setminus\mathfrak{p} はまさに積閉集合(対偶がその条件そのもの)でした。

定義 局所環 $R_{\mathfrak{p}}$

素イデアル p\mathfrak{p} に対し S=RpS=R\setminus\mathfrak{p} での局所化を Rp=S1RR_{\mathfrak{p}}=S^{-1}R と書く。 これは局所環——極大イデアルがただ一つの環——になり、その極大イデアルは pRp={a/s:ap}\mathfrak{p}R_{\mathfrak{p}}=\{a/s : a\in\mathfrak{p}\}

なぜ極大イデアルがただ一つになるのか。RpR_{\mathfrak{p}} で単元でない元は「分子が p\mathfrak{p} に入る分数」だけ (分子が p\mathfrak{p} の外なら、それは SS の元だから分母に回して逆数が作れる)。非単元の全体がすでに 一つのイデアル pRp\mathfrak{p}R_{\mathfrak{p}} をなす——これが局所環であることの意味です。局所環とは 「極大イデアル=非単元全体が一つにまとまった環」、幾何的には「一点だけに焦点を絞った環」。

Z\mathbb{Z} で試すと鮮やかです。素数 pp での局所化 Z(p)={a/b:pb}\mathbb{Z}_{(p)}=\{a/b : p\nmid b\}——分母に pp を 持たない有理数全体。ここでは pp 以外の素数はすべて単元になり、「pp での可除性」だけが残る。 pp という一点に注目し、他の素数の情報を消し去った環です。幾何と数論で、局所化は同じ「一点を見る」役を果たします。

局所化はイデアルと素イデアルをどう動かすか

局所化の威力は、イデアルの構造をきれいに整理することにあります。とりわけ素イデアルの対応が重要です。

定理 素イデアルの対応

S1RS^{-1}R の素イデアルは、RR の素イデアルのうち SS と交わらないもの と一対一に対応する:

{ qR 素, qS= }  1:1  { S1R の素イデアル }.\{\ \mathfrak{q}\subset R \text{ 素},\ \mathfrak{q}\cap S=\varnothing\ \}\ \xleftrightarrow{\ 1:1\ }\ \{\ S^{-1}R \text{ の素イデアル}\ \}.

特に RpR_{\mathfrak{p}} の素イデアルは、p\mathfrak{p} に含まれる RR の素イデアルと対応する。

SS と交わる素イデアルは消える(局所化で 11 になってしまう)、交わらないものだけが生き残る」。 ff のべきで局所化すれば「ff を含む素イデアルが消え」、p\mathfrak{p} の補集合で局所化すれば 「p\mathfrak{p}にある素イデアルだけが残る」。後者はまさに「p\mathfrak{p} という点に至る道 (p\mathfrak{p} 以下の素イデアルの鎖)」だけを取り出すことで、第4章のクルル次元・高さの計算で決定的に効きます。

局所化のもう一つの美点は完全性を保つこと——S1()S^{-1}(-)加群の短完全系列を 短完全系列に写す完全関手です(分母を付ける操作は核も像も壊さない)。だから「局所化してから調べる」ことが 安心してできる。この「局所で確かめて大域へ」という論法(局所大域原理)は、可換環論の基本戦略になります。

注意 つまずきポイント

  • 局所化の「局所」は位置ではなく代数的な焦点。 RpR_{\mathfrak p} は「p\mathfrak p という素イデアル(点)に 注目し、そこで消えない元を可逆にした環」。位相的な近傍とは別概念だが、幾何ではちょうど点の芽に対応する。
  • 零因子があると分母付けで元が消えうる。 同値関係の uu はそのため。a1=0\frac{a}{1}=0 となるのは、ある sSs\in Ssa=0sa=0 のとき。RS1RR\to S^{-1}R は一般に単射でない(SS が零因子を含むと核が生じる)。整域なら単射。
  • 極大イデアルがただ一つ=局所環。 「局所化 S1RS^{-1}R」と「局所環」は別語。局所化して局所環になるのは 素イデアルの補集合で割ったとき。ff のべきでの局所化 RfR_f は一般に局所環ではない。

この章のまとめ

  • 局所化 S1RS^{-1}R は「ZQ\mathbb{Z}\to\mathbb{Q} の分数作り」を一般化し、積閉集合 SS の元を可逆にする普遍的な環。 零因子に備えて同値関係に uSu\in S を入れるのが要。
  • 素イデアルの補集合での局所化 RpR_{\mathfrak p}局所環(極大イデアルがただ一つ)。「一点 p\mathfrak p の周りを 拡大鏡で見る」操作で、Z(p)\mathbb Z_{(p)} は「pp での可除性だけを残した環」。
  • 局所化は素イデアルを(SS と交わらないものへ)制限し、完全性を保つ。「局所で確かめて大域へ」が基本戦略。

次章は反対に「環全体の有限性」を保証する条件——ネーター環へ。無限に複雑になりうる環を、有限生成という たがで飼いならし、ヒルベルトの基底定理と準素分解(イデアルの素因数分解)を手に入れます。