第12章 コンパクト群・リー群への橋と総まとめ
有限から連続へ——平均を積分に
有限群の表現論の心臓は「群平均 ∣G∣1∑g」でした。マシュケの完全可約性も、指標の直交関係も、
射影公式も、すべてこの平均から生まれた。では、連続群——回転群 SO(3) や SU(2)——の表現論は
どうなるか。答えは明快です。有限和 ∣G∣1∑g を、積分 ∫G⋯dg(ハール測度)に置き換える。
すると、有限群の理論がそっくりコンパクト群へ移植できます。
リー群第10・11章で、まさにこれを見ました。コンパクト群のハール測度による平均化・不変内積・
完全可約・SU(2) の既約表現。本章は、有限群表現論の到達点から、その連続版へ橋を渡し、表現論の
全体像を総括します。
群平均 ∣G∣1∑g を積分 ∫Gdg(ハール測度)に置き換えると、有限群の表現論がコンパクト群へ移植される。
コンパクト群の表現論
コンパクトなリー群には、有限群の ∣G∣1∑ にあたる不変積分——ハール測度——があります
(リー群第10章)。これで有限群の定理がすべて連続版になります。
定理 コンパクト群への移植
コンパクト群 G(ハール測度 dg、∫Gdg=1)に対し、有限群の理論が次のように移植される:
- 完全可約(マシュケ):任意の(有限次元)表現は既約の直和(不変内積を ∫G で構成)。
- 指標の直交関係:⟨χi,χj⟩=∫Gχi(g)χj(g)dg=δij。
- ただし既約表現は無限個ありうる(共役類が無限だから)。
有限群との唯一の本質的な違いは、既約表現が無限個になりうること。SU(2) なら各スピン j=0,21,1,…
に既約が一つずつ、無限にあります(リー群第11章)。指標の直交関係は積分で書かれますが、
構造は有限群とまったく同じ——「既約指標は正規直交系」。表現論の骨格は、離散でも連続でも変わりません。
ピーター–ワイルの定理
有限群の「正則表現が全既約を含む」「既約指標が類関数の基底」(第7・8章)の連続版が、
ピーター–ワイルの定理です。コンパクト群の表現論の頂点で、フーリエ解析を一般化します。
定理 ピーター–ワイルの定理
コンパクト群 G の既約表現の行列成分の全体は、L2(G)(測度論・関数解析)の
正規直交基底をなす。とくに既約指標は L2(G) の類関数(共役類上の関数)の正規直交基底で、
L2(G)≅i⨁ (Vi⊗Vi∗)(全既約 Vi の和).
ピーター–ワイルは「有限群の正則表現の分解 C[G]≅⨁diVi」(第4章)を、
L2(G) の無限次元版に一般化したものです。G 上の任意の関数が、既約表現の行列成分で展開できる——これは
フーリエ解析そのもの。実際、G=S1(円周群)なら既約表現は einθ(1 次指標)で、
ピーター–ワイルは古典的フーリエ級数に一致します。G=SU(2) なら球面調和関数の展開。表現論は
「非可換フーリエ解析」——群の対称性で関数を分解する統一理論なのです。
例 SU(2) の指標
SU(2) のスピン j 表現(次元 2j+1)の指標は、対角化した回転(角 θ)で
χj(θ)=sin(θ/2)sin((2j+1)θ/2)=eijθ+ei(j−1)θ+⋯+e−ijθ.これらは ∫(ハール測度 π2sin2(θ/2)dθ)で直交する。χj⋅χj′ を分解すると
角運動量の合成則(クレブシュ–ゴルダン)Vj⊗Vj′=⨁k=∣j−j′∣j+j′Vk が出る——量子力学の
スピン合成が、指標の掛け算で計算できる。有限群の χV⊗W=χVχW(第5章)の
連続版。
表現論の全体像
長い旅を振り返ります。一貫していたのは第1章の一言——「抽象的な群を行列に翻訳して
見える化し、既約な部品に分解する」——の展開でした。
注意 この分野の地図
- 表現の基礎(1〜4章):表現(群→行列)、既約表現、マシュケの完全可約、シューアの補題、群環(表現=加群)。
- 指標理論(5〜8章):指標(トレース)、直交関係、指標表、次元の二乗和・射影公式。
- 具体例と発展(9〜12章):指標表の構成(S3,S4)、制限と誘導(フロベニウス相互律)、バーンサイドの定理、
コンパクト群・リー群(ピーター–ワイル、SU(2))。
三つの果実:(1) 群を線形代数に翻訳して既約に分解できる(マシュケ・シューア)、(2) 全情報が指標
(トレースの列)に凝縮され、直交関係で計算できる、(3) 平均を積分に変えれば連続群(リー群・フーリエ解析)へ
拡張される。
他分野とのつながり
注意 回収と展望
- 回収:群論(共役類・可解性)、線形代数(トレース・対角化・内積)、加群論(群環=
半単純環・テンソル⊣Hom)、代数的整数論(代数的整数)、フーリエ解析・
リー群(コンパクト群の平均化・SU(2))を横断した。
- 展望:リー群・非可換環・リー環(最高ウェイト理論)、Sn の表現論(ヤング
図形)、保型形式・ラングランズ計画(代数幾何のガロア表現)、そして物理——素粒子の分類・
結晶群・量子力学の対称性。「対称性を線形代数で捉える」共通言語。
「抽象的な群を行列に翻訳する」という素朴な一手が、既約分解・指標理論・バーンサイドの定理を経て、フーリエ解析の
一般化と現代数学・物理の共通言語にまで届きました。対称性のあるところ表現論あり——群論・数論・幾何・物理を
貫いて、対称性を計算可能にする。それが表現論のもつ射程です。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 有限群→コンパクト群は「平均を積分に」。 ∣G∣1∑g→∫Gdg(ハール)。理論の骨格は同じ、既約が
無限個になりうる点だけ違う。
- ピーター–ワイル=非可換フーリエ解析。 L2(G) を既約の行列成分で展開。S1 なら古典フーリエ級数。表現論は
フーリエの一般化。
- SU(2) の指標の積=スピン合成。 クレブシュ–ゴルダン。有限群のテンソル積の指標則の連続版。
- 本章は橋渡し(地図)。 リー群・リー環の表現論の詳細はリー群・非可換環・リー環へ。
この章のまとめ
- 有限群の群平均 ∣G∣1∑ をハール測度の積分 ∫Gdg に置き換えると、完全可約・直交関係・射影がコンパクト群へ移植される(既約は無限個になりうる)。
- ピーター–ワイルの定理:既約表現の行列成分が L2(G) の正規直交基底——表現論は非可換フーリエ解析(S1 で古典フーリエ級数、SU(2) で球面調和関数・スピン合成)。
- 表現論の精神は「群を行列に翻訳し、既約に分解し、指標で計算する」。群論・加群論・フーリエ解析・リー群・数論・物理を貫く、対称性の共通言語。
- 表現論(全12章)はこれで完結。抽象的な群の「見える化」から、バーンサイドの定理・非可換フーリエ解析・現代物理まで、一本の道でつながりました。
お疲れさまでした。群を行列に翻訳する旅は、既約分解と指標理論、バーンサイドの定理、そしてリー群・フーリエ解析への橋まで辿り着きました。