⟐ 数学の作り方 How to make Mathematics

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第10章 正則列とコズュル複体

ここから、可換環論(前半)とホモロジー代数(後半)が握手します。第4章で「方程式を一本切ると次元が一つ 下がる」(単項イデアル定理)を見ました。でも、切った方程式が本当に「新しい制約」になっているとは限りません。 すでに成り立っている関係を重ねても、次元は下がらない。「独立に効く方程式の列」——それが正則列で、 その独立性を記録するのがコズュル複体、独立に切れる最大本数が深さです。深さは Ext で 測れる——ここで前章の道具が可換環論に差し戻されます。

正則列:独立に効く方程式

「ff で割る」が新しい制約になる条件は何か。ff が零因子でないこと——fx=0fx=0 なら x=0x=0、つまり ff 倍が単射であることです。零因子で割っても情報が潰れるだけで、次元は下がらない。これを列に拡張します。

定義 正則列(regular sequence)

RR-加群 MM に対し、元の列 f1,…,fr∈Rf_1,\dots,f_r\in R が MM 上の正則列であるとは: (1)(1) f1f_1 は MM 上の非零因子(f1 ⁣:M→Mf_1\colon M\to M が単射)、(2)(2) 各 ii で fif_i は M/(f1,…,fi−1)MM/(f_1,\dots,f_{i-1})M 上の 非零因子、(3)(3) M/(f1,…,fr)M≠0M/(f_1,\dots,f_r)M\ne0。

「f1f_1 で切った残りの上で f2f_2 が非零因子、そのまた残りの上で f3f_3 が…」と、前の切り口を踏まえて なお新しく効く列。各段でちゃんと次元が一つずつ落ちます。例:多項式環 k[x1,…,xn]k[x_1,\dots,x_n] で x1,x2,…,xnx_1,x_2,\dots,x_n は正則列(各 xix_i は前を切った残り k[xi,…,xn]k[x_i,\dots,x_n] で非零因子)。正則列は 「独立な座標方向に一つずつ切っていく」幾何的操作の代数版です。

注意すべき癖:正則列は順序に依存します。k[x,y,z]k[x,y,z] で x, y(1−x), z(1−x)x,\ y(1-x),\ z(1-x) は正則列ですが、 並べ替えた y(1−x), z(1−x), xy(1-x),\ z(1-x),\ x は正則列でない(1−x1-x が絡んで途中で零因子が出る)。ただし 局所環(やネーター次数環)では順序に依らず長さが定まる——この良さが深さの定義を可能にします。

コズュル複体:独立性を complex に刻む

正則列の「独立性」を、ホモロジーで検出できる形——complex——に組み上げます。一本 ff なら、 掛け算の complex 0→R→fR→00\to R\xrightarrow{f}R\to0。その H0=R/fRH_0=R/fR、H1=ker⁡(f)={x:fx=0}H_1=\ker(f)=\{x:fx=0\}。 ff が非零因子 ⟺ H1=0H_1=0。ホモロジーの消滅が正則性を検出しています。これを多変数へ拡張したのがコズュル複体です。

定義 コズュル複体

元 f1,…,fr∈Rf_1,\dots,f_r\in R に対し、コズュル複体 K∙(f1,…,fr)K_\bullet(f_1,\dots,f_r) を、 一本の複体 (0→R→fiR→0)\big(0\to R\xrightarrow{f_i}R\to0\big) たちのテンソル積として組む。 Kp=⋀pRrK_p=\bigwedge^p R^r(rr 個の基底の pp 次外積、階数 (rp)\binom{r}{p})で、境界作用素は ∂(ei1∧⋯∧eip)=∑k(−1)k+1fik ei1∧⋯eik^⋯∧eip\partial(e_{i_1}\wedge\cdots\wedge e_{i_p})=\sum_k(-1)^{k+1}f_{i_k}\,e_{i_1}\wedge\cdots\widehat{e_{i_k}}\cdots\wedge e_{i_p}。

外積代数(線形代数の ⋀\bigwedge)で組むと、∂2=0\partial^2=0 が符号の相殺から自動で従い、 H0=R/(f1,…,fr)H_0=R/(f_1,\dots,f_r) になります。要点はただ一つ、正則性との対応です。

定理 コズュル複体が正則列を検出

(局所環などで)f1,…,frf_1,\dots,f_r が MM 上の正則列   ⟺  \iff コズュル複体 K∙(f1,…,fr)⊗MK_\bullet(f_1,\dots,f_r)\otimes M の ホモロジーが H0=M/(f1,…,fr)MH_0=M/(f_1,\dots,f_r)M 以外すべて消える(Hp=0, p≥1H_p=0,\ p\ge1)。

「正則列 ⟺ コズュル・ホモロジーが 00 次以外消える」。一本のとき H1=ker⁡(f)=0H_1=\ker(f)=0 ⟺ 非零因子だったのが、 多変数で完全に一般化されます。しかも正則列のとき、K∙K_\bullet は R/(f1,…,fr)R/(f_1,\dots,f_r) の自由分解そのものに なる——第8章の分解が、コズュル複体という具体的な形で手に入るのです。だからコズュル複体は、正則列に対する Ext・Tor を実際に計算する道具になります。

深さ:独立に切れる最大本数

イデアル II(や極大イデアル m\mathfrak m)の中で、MM 上の正則列を最大何本取れるか。これが深さです。

定義 深さ(depth)

ネーター局所環 (R,m)(R,\mathfrak m) と有限生成加群 M≠0M\ne0 に対し、m\mathfrak m に含まれる MM 上の正則列の 最大長を MM の深さ depth⁡M\operatorname{depth}M という(局所環では長さは一定)。

深さは「MM を独立にどれだけ切り込めるか」=「MM の代数的な太さ」。切る余地が多いほど深い。 ここで前章の Ext が、深さを測る物差しとして登場します。

定理 深さの Ext による特徴づけ(ラスカーの公式)

depth⁡M=min⁡{ n:Ext⁡Rn(k,M)≠0 }(k=R/m).\operatorname{depth}M=\min\{\,n : \operatorname{Ext}^n_R(k,M)\ne0\,\}\qquad(k=R/\mathfrak m).

すなわち「剰余体 kk から MM への Ext が初めて 00 でなくなる次数」が深さ。

なぜ Ext で測れるのか。直感はこうです。ff が MM 上非零因子なら Hom⁡(k,M)=0\operatorname{Hom}(k,M)=0 (kk は m\mathfrak m で消えるが、MM には m\mathfrak m に殺される元がない= 00 次の Ext が消える)。正則列を 一本切るごとに、長完全系列(第9章)で「Ext が 00 でなくなる次数」が一つ後ろへずれる。rr 本切れれば Ext⁡0,…,Ext⁡r−1\operatorname{Ext}^0,\dots,\operatorname{Ext}^{r-1} が消え、Ext⁡r\operatorname{Ext}^r で初めて顔を出す。正則列の長さ(可換環の量)が、 Ext の消滅次数(ホモロジーの量)に翻訳される——これが両分野の握手の第一歩です。

深さと次元の関係も基本です。深さは次元を超えられません。

定理 深さ ≤ 次元

ネーター局所環の有限生成加群 M≠0M\ne0 に対し depth⁡M≤dim⁡M\operatorname{depth}M\le\dim M。

正則列を一本切るたびに次元も深さも一つ落ちるので、深さは次元以下。「独立に切れる本数」は 「そもそもの次元」を超えられない、という自然な不等式です。では等号 depth⁡=dim⁡\operatorname{depth}=\dim はいつ成り立つのか—— それが次章のコーエン–マコーレー性、この分野で最も豊かな条件です。

注意 つまずきポイント

  • 正則列は順序に依存する(一般には)。 ただし局所環では順序に依らず最大長が定まり、深さが well-defined。 幾何的な素直さが順序不変性を保証する。
  • コズュル・ホモロジーの消滅が正則性の検出器。 一本 H1=ker⁡f=0H_1=\ker f=0 ⟺ 非零因子、の多変数版。正則列なら コズュル複体は分解になる。
  • 深さは「太さ」、次元は「大きさ」。 depth⁡≤dim⁡\operatorname{depth}\le\dim で、両者が離れる(深さが小さい)のは 「低次元の余分な成分がくっついた」やせた状況。等号が理想=コーエン–マコーレー。

この章のまとめ

  • 正則列=各段で前を切った残りの上で非零因子になる、独立に効く方程式の列。局所環では順序不変で長さが定まる。
  • コズュル複体(外積で組む)は正則性を検出:f1,…,frf_1,\dots,f_r 正則列 ⟺ H≥1=0H_{\ge1}=0。このとき R/(f1,…,fr)R/(f_1,\dots,f_r) の自由分解を与える。
  • 深さ=正則列の最大長=加群の「太さ」。depth⁡M=min⁡{n:Ext⁡n(k,M)≠0}\operatorname{depth}M=\min\{n:\operatorname{Ext}^n(k,M)\ne0\}(Ext で測れる)で、 depth⁡≤dim⁡\operatorname{depth}\le\dim。可換環とホモロジーの最初の握手。

深さ ≤\le 次元の不等式が出ました。等号が成り立つ理想の環——太さと大きさが一致する コーエン–マコーレー環へ、次章で進みます。