第11章 コーエン–マコーレー環
前章で ——「太さ ≤ 大きさ」を見ました。多くの環ではここに隙間が空きます。 隙間が空くのは「低次元の余分な成分がこびりついている」やせた状況。逆に、隙間なくぴったり が成り立つ環は、驚くほど良い性質を持ちます。それがコーエン–マコーレー環 (CM 環)——正則局所環をも含む、可換環論と代数幾何の中心的なクラスです。「均整のとれた環」の代数的な定義です。
定義:太さと大きさが一致する
定義 コーエン–マコーレー環
ネーター局所環 がコーエン–マコーレーであるとは、
一般のネーター環は、すべての極大イデアルでの局所化が CM 局所環のとき CM という。加群 についても のとき CM 加群という。
前章の不等式で「」は常に成り立つので、CM 性は「」——つまり次元と同じ本数だけ正則列が取れる ことを意味します。第4章のパラメータ系( 個で -準素を生成)を思い出すと、CM 環では パラメータ系がそのまま正則列になる:切りたい方向の全部で、独立に切り込める。「 次元なら 本、 綺麗に独立に切れる」——これが均整の正体です。
含意関係を押さえましょう。正則局所環はコーエン–マコーレーです。正則局所環では が正則列で 生成される(第6章+第10章のコズュル分解)ので、。逆は成り立たない——CM だが正則でない環は たくさんあります(尖点など。特異でも「太さが揃って」いればよい)。包含は
CM は「滑らかさ(正則)」よりずっと緩く、しかし「均整」という強力な良さを保つ、絶妙な中間クラスです。
例と、非CMの姿
CM な例:正則局所環すべて、 次元局所環(アルティン局所環はすべて CM)、DVR、完全交叉、 (二直線の交わり——特異だが CM)。完全交叉——正則局所環を正則列で割った ——は代表的な CM 環で、「ちょうど余次元の本数だけの方程式で定義される」幾何的に素直な対象です。
非CM な例が概念を照らします。——平面 と直線 の和。次元は (平面が支配)だが、 次元でない極大イデアルの近くで深さが に落ちる。 「 次元の平面に、 次元の直線が一点で刺さっている」——次元の違う成分が混ざったやせた形が、 深さと次元の隙間 として現れます。CM 性は、まさにこの「異次元の成分の混在」を禁じます。
非混合定理:CM は余分な成分を持たない
CM 性の幾何的な意味を、いちばん鮮やかに述べるのが非混合定理です。
定理 非混合定理(unmixedness)
がコーエン–マコーレー ⟺ 任意のパラメータ系 ()に対し、 の 付随素イデアルがすべて高さ (極小成分だけで、埋め込まれた成分や 低次元の余分な成分がない)。
第2章の準素分解で「埋め込まれた素イデアル=見えない低次元成分」がありました。CM 環では、 方程式で切って得たイデアルに、そういう余分な成分が一切くっつかない。切った断面が、期待どおりの次元で 綺麗に揃う。上の非CM 例で「平面+刺さった直線」が禁じられるのは、まさにこの非混合性ゆえです。 「CM = 方程式で切ると、いつも均整のとれた断面が出る環」——これが最も直感的な言い換えです。
なぜ CM がありがたいのか
CM 環では、たくさんの定理が「余計な仮定なしに」成り立ちます。
- 次元の加法性: が等号で成り立つ(一般には )。 余次元と次元がきれいに補い合う。
- 鎖状性(catenary):任意の二つの素イデアルの間の飽和鎖はすべて同じ長さ。次元の計算が経路に依らない。
- 自由性・双対性:CM 加群上でパラメータ系で割ると長さが次元と両立し、局所双対定理 (グロタンディーク双対の局所版)が働く。標準加群という「双対の相棒」が behave する。
これらのおかげで、CM 環は代数幾何・組合せ論・不変式論で「計算がうまくいく安全地帯」として機能します。 代数幾何では CM スキームで交叉理論・双対が素直になり、組合せ論では 「スタンレー–ライスナー環が CM ⟺ 単体的複体がシェラブル」といった橋も架かります。CM 性は、 可換環論が現実の計算を支える土台なのです。
注意 つまずきポイント
- CM は「滑らか」ではない。 正則(滑らか)⊊ CM。尖点や二直線の交わり()は特異だが CM。 CM が禁じるのは「次元の違う成分の混在」であって、特異性そのものではない。
- CM 性は局所的な条件。 すべての極大イデアルでの局所化で 。ある点で深さが落ちれば そこで非CM。
- 完全交叉 ⊊ CM ⊊ 一般。 「余次元の本数ちょうどの方程式で定義」が完全交叉で、これは CM の十分条件。 CM でも完全交叉とは限らない。
この章のまとめ
- コーエン–マコーレー環= (太さと大きさが一致)。次元ぶんの正則列が取れ、 パラメータ系が正則列になる。正則 ⊊ CM ⊊ ネーター。
- 非混合定理:CM ⟺ 方程式で切ったイデアルに埋め込まれた(低次元の余分な)成分がない。 「異次元の成分の混在を禁じる均整」が幾何的な意味。非CM 例は「平面に直線が刺さった」形。
- CM 環では次元の加法性・鎖状性・局所双対が素直に成り立ち、代数幾何・組合せ論の計算の安全地帯になる。
「均整」は捉えました。残るは最初に宙吊りにした問い——正則局所環とは、本当は何なのか。その完全な答えを、 最終章でホモロジー(大域次元)を使って射抜きます。可換環論とホモロジー代数が、一つの定理で溶け合います。