第4章 クルル次元
平面は 次元、空間は 次元——「次元」は幾何の最も基本的な量です。では、環にとっての次元とは何か。 代数幾何で環と図形が対応するなら、環にも「次元」があるはず。その定義を、 純粋に代数的に——素イデアルの鎖の長さで——与えるのがクルルの発想です。前章までの局所化・整拡大・ 正規化が、ここで次元を計算する道具として一斉に働きます。
次元 = 素イデアルの鎖の長さ
なぜ「素イデアルの鎖」が次元なのか。幾何の直感から入りましょう。 次元空間の中には、点( 次元)⊂ 曲線( 次元)⊂ 曲面( 次元)⊂ 空間( 次元)という部分多様体の入れ子が作れます。長さ の 真の増大列。零点定理で「既約な閉集合 ↔ 素イデアル」(包含は逆向き)だったから、 これは素イデアルの鎖 に対応します。 次元=作れる最長の鎖の長さ——これを定義に採用します。
定義 クルル次元と高さ
可換環 のクルル次元 とは、素イデアルの真の増大列
の長さ の上限。素イデアル の高さ とは、 で 終わる鎖()の長さの上限——「 の下にどれだけ深く潜れるか」。
高さは局所的な次元です。第1章の局所化で「 の素イデアル= 以下の素イデアル」だったので、 ——高さは、その点で局所化した環の次元。次元を一点の周りの 問題に翻訳できる、これが局所化のご利益です。
まずは手を動かして、この「鎖の長さ」を体で覚えましょう。環を選び、素イデアルを下から順にクリックして 包含 で結んでいくと、鎖が伸びます。作れる最長の鎖の長さが、 その環のクルル次元です。
や では最長鎖 で長さ —— 次元。 では と点まで 段潜れて 次元=平面。注目は : 素数 と変数 を重ねて の長さ が作れ、 より 次元高い。「数論的な方向」と「幾何的な方向」がそれぞれ 次元ぶんの深さを持つ——数論と幾何が 同じ枠で次元を持つ、 ならではの姿です。
基本の計算:多項式環の次元
定義はできましたが、 を直に鎖から求めるのは大変です。前章の道具が効きます。
定理 多項式環の次元
体 上、。より一般にネーター環で 。
「 変数の多項式環は 次元」——アフィン空間 が 次元、という当たり前が定理になります。 証明の背骨はネーターの正規化と上昇定理:任意の 次元有限生成代数は 上整で、整拡大は次元を変えないから、 の計算が多項式環の次元計算に帰着する。 の次元が であること( は鎖 から明らか、 が正規化で押さえられる)が土台です。
クルルの単項イデアル定理
次元論のいちばん深い定理。「方程式を一本課すと、次元はちょうど一つ下がる」——素朴な幾何の直感 (曲面に一本方程式を足すと曲線になる)を、可換環論で厳密にします。
定理 クルルの単項イデアル定理(Hauptidealsatz)
ネーター環 で、単元でも零因子でもない元 をとる。 の極小素イデアル ( を含む
素イデアルのうち極小なもの)は、高さがちょうど :。
一般に、 個の元で生成されるイデアルの極小素イデアルは高さ 。
主張の心は「 という一本の関係は、高さを高々 しか上げない」。逆に、高さ の素イデアルは 個の元で(極小素イデアルとして)生成できる(高さ = 局所的に定義に要る方程式の本数)。 これにより「次元 = 余次元の反対」「一本切るごとに次元が一つ落ちる」という幾何の直感がすべて正当化されます。 証明は局所化して局所環に持ち込み、対称積や随伴次数環を使う込み入ったものなので、ここでは主張と使い方に留めます (アティヤ–マクドナルドや松村の教科書を参照)。
この定理は、局所環の次元を生成元の本数で測り直す道を開きます。
定義 パラメータ系
次元ネーター局所環 に対し、 の中の 個の元 で、 が -準素(= )になるものをパラメータ系という。 単項イデアル定理より、 個が最小本数で、パラメータ系は必ず存在する。
パラメータ系は「その局所環を(近似的に)切り出すのにちょうど必要な方程式の組」。次元 が 「原点を定めるのに要る方程式の本数」として現れる——幾何の余次元そのものです。生成元の本数と次元が ここで結びつき、これが第6章の正則局所環(パラメータ系がちょうど を生成する、いちばん素直な点) の定義に直結します。
注意 つまずきポイント
- 次元は鎖の「長さ」= の本数で、素イデアルの個数(本数−1)ではない。 は長さ 。 空でない環の次元は 以上(体は 次元)。
- 高さと次元は方向が逆。 は「上限までの最長鎖」、 は「 の下への深さ」。 幾何では高さ=余次元。一般に (等号は良い環で)。
- 無限次元のネーター環もある(永田の例)が、局所ネーター環は必ず有限次元。日常的に出会う環はすべて有限次元。
- 単項イデアル定理の は零因子でない前提。 零因子だと高さ の成分が現れうる。「一本で一つ下げる」は 非零因子でこそ。
この章のまとめ
- クルル次元=素イデアルの真の増大列の最長の長さ。高さ は 局所的な次元。、。
- 計算の背骨は正規化+上昇定理(整拡大は次元不変)。 は数論方向と幾何方向で 次元。
- クルルの単項イデアル定理:非零因子 で切ると極小素イデアルの高さは 。「一本の方程式で次元が一つ下がる」。 最小本数のパラメータ系が次元 を実現し、正則局所環への布石になる。
次元が定まると、「いちばん良い 次元の環」を問えます。次章は、素イデアルが一意分解する 離散付値環とデデキント環——代数的整数論の心臓部で、整数の素因数分解が「イデアルの分解」として蘇ります。