数学の作り方 How to make Mathematics

第4章 クルル次元

平面は 22 次元、空間は 33 次元——「次元」は幾何の最も基本的な量です。では、環にとっての次元とは何か。 代数幾何で環と図形が対応するなら、環にも「次元」があるはず。その定義を、 純粋に代数的に——素イデアルの鎖の長さで——与えるのがクルルの発想です。前章までの局所化・整拡大・ 正規化が、ここで次元を計算する道具として一斉に働きます。

次元 = 素イデアルの鎖の長さ

なぜ「素イデアルの鎖」が次元なのか。幾何の直感から入りましょう。33 次元空間の中には、点(00 次元)⊂ 曲線(11 次元)⊂ 曲面(22 次元)⊂ 空間(33 次元)という部分多様体の入れ子が作れます。長さ 33 の 真の増大列。零点定理で「既約な閉集合 ↔ 素イデアル」(包含は逆向き)だったから、 これは素イデアルの鎖 p0p1p2p3\mathfrak p_0\subsetneq\mathfrak p_1\subsetneq\mathfrak p_2\subsetneq\mathfrak p_3 に対応します。 次元=作れる最長の鎖の長さ——これを定義に採用します。

定義 クルル次元と高さ

可換環 RRクルル次元 dimR\dim R とは、素イデアルの真の増大列

p0p1pn\mathfrak p_0\subsetneq \mathfrak p_1\subsetneq\cdots\subsetneq \mathfrak p_n

の長さ nn の上限。素イデアル p\mathfrak p高さ htp\operatorname{ht}\mathfrak p とは、p\mathfrak p終わる鎖(pn=p\mathfrak p_n=\mathfrak p)の長さの上限——「p\mathfrak p の下にどれだけ深く潜れるか」。

高さは局所的な次元です。第1章の局所化で「RpR_{\mathfrak p} の素イデアル=p\mathfrak p 以下の素イデアル」だったので、 htp=dimRp\operatorname{ht}\mathfrak p=\dim R_{\mathfrak p}——高さは、その点で局所化した環の次元。次元を一点の周りの 問題に翻訳できる、これが局所化のご利益です。

まずは手を動かして、この「鎖の長さ」を体で覚えましょう。環を選び、素イデアルを下から順にクリックして 包含 p0p1\mathfrak p_0\subsetneq\mathfrak p_1\subsetneq\cdots で結んでいくと、鎖が伸びます。作れる最長の鎖の長さが、 その環のクルル次元です。

Z\mathbb{Z}k[x]k[x] では最長鎖 (0)(p)(0)\subsetneq(p) で長さ 11——11 次元。k[x,y]k[x,y] では (0)(f)(xa,yb)(0)\subsetneq(f)\subsetneq(x{-}a,y{-}b) と点まで 22 段潜れて 22 次元=平面。注目は Z[x]\mathbb{Z}[x]: 素数 (p)(p) と変数 (x)(x)重ねて (0)(p)(p,x)(0)\subsetneq(p)\subsetneq(p,x) の長さ 22 が作れ、Z\mathbb{Z} より 11 次元高い。「数論的な方向」と「幾何的な方向」がそれぞれ 11 次元ぶんの深さを持つ——数論と幾何が 同じ枠で次元を持つ、Z[x]\mathbb{Z}[x] ならではの姿です。

基本の計算:多項式環の次元

定義はできましたが、dimR\dim R を直に鎖から求めるのは大変です。前章の道具が効きます。

定理 多項式環の次元

kk 上、dimk[x1,,xn]=n\dim k[x_1,\dots,x_n]=n。より一般にネーター環で dimR[x]=dimR+1\dim R[x]=\dim R+1

nn 変数の多項式環は nn 次元」——アフィン空間 An\mathbb{A}^nnn 次元、という当たり前が定理になります。 証明の背骨はネーターの正規化と上昇定理:任意の dd 次元有限生成代数は k[y1,,yd]k[y_1,\dots,y_d] 上整で、整拡大は次元を変えないから、dim=d\dim=d の計算が多項式環の次元計算に帰着する。 k[y1,,yd]k[y_1,\dots,y_d] の次元が dd であること(d\ge d は鎖 (0)(y1)(y1,y2)(0)\subsetneq(y_1)\subsetneq(y_1,y_2)\subsetneq\cdots から明らか、 d\le d が正規化で押さえられる)が土台です。

クルルの単項イデアル定理

次元論のいちばん深い定理。「方程式を一本課すと、次元はちょうど一つ下がる」——素朴な幾何の直感 (曲面に一本方程式を足すと曲線になる)を、可換環論で厳密にします。

定理 クルルの単項イデアル定理(Hauptidealsatz)

ネーター環 RR で、単元でも零因子でもない元 ff をとる。(f)(f)極小素イデアル p\mathfrak p(f)(f) を含む 素イデアルのうち極小なもの)は、高さがちょうど 11htp=1\operatorname{ht}\mathfrak p=1
一般に、rr 個の元で生成されるイデアルの極小素イデアルは高さ r\le r

主張の心は「f=0f=0 という一本の関係は、高さを高々 11 しか上げない」。逆に、高さ hh の素イデアルは hh 個の元で(極小素イデアルとして)生成できる(高さ = 局所的に定義に要る方程式の本数)。 これにより「次元 = 余次元の反対」「一本切るごとに次元が一つ落ちる」という幾何の直感がすべて正当化されます。 証明は局所化して局所環に持ち込み、対称積や随伴次数環を使う込み入ったものなので、ここでは主張と使い方に留めます (アティヤ–マクドナルドや松村の教科書を参照)。

この定理は、局所環の次元を生成元の本数で測り直す道を開きます。

定義 パラメータ系

dd 次元ネーター局所環 (R,m)(R,\mathfrak m) に対し、m\mathfrak m の中の dd 個の元 f1,,fdf_1,\dots,f_d で、 (f1,,fd)(f_1,\dots,f_d)m\mathfrak m-準素(= (f1,,fd)=m\sqrt{(f_1,\dots,f_d)}=\mathfrak m)になるものをパラメータ系という。 単項イデアル定理より、d=dimRd=\dim R 個が最小本数で、パラメータ系は必ず存在する。

パラメータ系は「その局所環を(近似的に)切り出すのにちょうど必要な方程式の組」。次元 dd が 「原点を定めるのに要る方程式の本数」として現れる——幾何の余次元そのものです。生成元の本数と次元が ここで結びつき、これが第6章の正則局所環(パラメータ系がちょうど m\mathfrak m を生成する、いちばん素直な点) の定義に直結します。

注意 つまずきポイント

  • 次元は鎖の「長さ」= \subsetneq の本数で、素イデアルの個数(本数−1)ではない。(0)(p)(0)\subsetneq(p) は長さ 11。 空でない環の次元は 00 以上(体は 00 次元)。
  • 高さと次元は方向が逆。 dim\dim は「上限までの最長鎖」、htp\operatorname{ht}\mathfrak p は「p\mathfrak pへの深さ」。 幾何では高さ=余次元。一般に htp+dimR/pdimR\operatorname{ht}\mathfrak p+\dim R/\mathfrak p\le\dim R(等号は良い環で)。
  • 無限次元のネーター環もある(永田の例)が、局所ネーター環は必ず有限次元。日常的に出会う環はすべて有限次元。
  • 単項イデアル定理の ff は零因子でない前提。 零因子だと高さ 00 の成分が現れうる。「一本で一つ下げる」は 非零因子でこそ。

この章のまとめ

  • クルル次元=素イデアルの真の増大列の最長の長さ。高さ htp=dimRp\operatorname{ht}\mathfrak p=\dim R_{\mathfrak p} は 局所的な次元。dimk[x1,,xn]=n\dim k[x_1,\dots,x_n]=ndimR[x]=dimR+1\dim R[x]=\dim R+1
  • 計算の背骨は正規化+上昇定理(整拡大は次元不変)。Z[x]\mathbb Z[x] は数論方向と幾何方向で 22 次元。
  • クルルの単項イデアル定理:非零因子 ff で切ると極小素イデアルの高さは 11。「一本の方程式で次元が一つ下がる」。 最小本数のパラメータ系が次元 dd を実現し、正則局所環への布石になる。

次元が定まると、「いちばん良い 11 次元の環」を問えます。次章は、素イデアルが一意分解する 離散付値環とデデキント環——代数的整数論の心臓部で、整数の素因数分解が「イデアルの分解」として蘇ります。