第5章 離散付値環とデデキント環
では と、素因数分解が一意でない。 環論で見たこの病は、代数的整数論の出発点でした。デデキントの天才的な処方は 「数の分解を諦め、イデアルの分解に乗り換える」こと。数では壊れた一意分解が、イデアルでは復活する—— その舞台がデデキント環で、その各点を拡大したのが離散付値環です。前章までの 局所化・整閉・次元 が、ここで一つに結晶します。
離散付値環:素元での「割れ具合」を測る
を素数 で局所化した (第1章)を思い出します。ここでは 以外の素数は単元で、 「 で何回割れるか」だけが意味を持つ。任意の でない元は ( 単元)と一意に書け、この指数 が 情報のすべて。この「素元でのべき指数」を測るのが付値です。
定義 離散付値・離散付値環
体 上の離散付値とは、全射 で 、 を満たすもの( と約束)。 となる元全体 を離散付値環(DVR)という。
は「 が素元 で何回割れるか」。 なら 。DVR は「素元 ひとつと、その べきだけで割れ具合が決まる、いちばん素直な局所環」です。実際、次の複数の顔がすべて同値で、DVR の豊かさを示します。
定理 DVR の同値な特徴づけ
ネーター局所整域 について、次は同値: は DVR。 は単項イデアル ( を素元という)。 は次元 の正則局所環。 は次元 の整閉整域。 は単項イデアル整域で局所。
の「極大イデアルが一つの元で生成される」が DVR のいちばん掴みやすい姿です。 の でない イデアルはすべて ——イデアルは のべきしかない。だから「割れ具合 」で イデアルが完全に分類される。(次元 の正則)は第6章への伏線、(整閉)はデデキント環の定義に効きます。 例:、、べき級数環 、 進整数環 。すべて「一つの素元での割れ具合」の世界です。
デデキント環:イデアルが素イデアルに一意分解
DVR は「一点」でした。それを大域的につないだ——すべての点で局所的に DVR になる 次元の環が デデキント環です。ここで一意分解が蘇ります。
定義 デデキント環
デデキント環とは、次を満たす整域 : ネーター、 次元 ( でない素イデアルは すべて極大)、 整閉(分数体の中で 上整な元は に入る)。同値に、 でない各素イデアル での 局所化 がすべて DVR。
三条件のうち 整閉が主役です。 の一意分解が壊れたのは、実はこの環が 整閉だったのに別の病——というより、整閉であれば大丈夫。病んだ例は整閉性を欠く「非正規」な環で起きます。 整閉を課すことで、各点が DVR といういちばん素直な形に整えられ、次の定理が成り立ちます。
定理 デデキント環の一意分解定理
デデキント環 の でない任意のイデアル は、素イデアルの積に一意に分解する:
(順序と重複度を除いて一意。)
証明の心は局所化です。各素イデアル で局所化すると は DVR だから、そこでのイデアルは のべきしかない—— 成分の指数 が各点で決まる。これを 全点にわたって集めれば大域的な分解 が得られ、各指数は局所付値で一意に定まる。 「第2章の準素分解が、次元 ・整閉という良い条件のもとで、素イデアルのべきの積という最良の形に化ける」わけです。 イデアルたちは分数イデアルまで含めて群をなし(イデアル類群が非一意性の度合いを測る、代数的整数論の中心量)、 そこで完全な算術が回復します。
もっとも重要な例:代数体の整数環。
定理 整数環はデデキント環
の有限次拡大 (代数体)の中で 上整な元全体 (整数環)は、デデキント環である。
がネーター(ヒルベルト)・次元 ・整閉であることが、整拡大で に受け継がれる (第3章の整拡大が次元 と有限性を保つ)。 でも、数の分解 は 一意でないのに、イデアルとしては のように素イデアルへ一意分解する。 と数では絡まっていた因子が、イデアルの世界ではきれいにほどける。 これが「素因数分解を、数からイデアルへ引っ越して救う」というデデキントの革命です。この土台の上に 代数的整数論——類群・単数・分岐・ゼータ——が築かれます。
注意 つまずきポイント
- 一意分解が復活するのは「イデアル」で、「数(元)」ではない。 の元 は依然二通りに 分解する。イデアル が素イデアルへ一意分解するのが救い。両者を混同しない。
- 整閉が生命線。 ネーター・次元 でも整閉でないと一意分解は壊れる(例: は 尖点を持つ非正規な 次元環で、DVR にならない点がある)。整閉=「正規」=特異点がないこと。
- DVR は「次元 の正則局所環」(第6章)。 付値・単項極大イデアル・正則・整閉が全部同値なのが DVR の豊かさ。 次元 では「正則=整閉=滑らか」が一致する。
この章のまとめ
- 離散付値環(DVR)=素元 一つで割れ具合が決まる、いちばん素直な 次元局所環。極大イデアルは単項 、 イデアルは のみ。付値・単項・正則・整閉・PID局所がすべて同値。
- デデキント環=ネーター・次元 ・整閉な整域(各点で局所的に DVR)。 でないイデアルが素イデアルの積に 一意分解する。証明は各点で局所化して DVR の割れ具合を集める。
- 代数体の整数環 はデデキント環。数では壊れた素因数分解が、イデアルの分解として蘇り、 代数的整数論の礎になる。
次章は次元を任意に上げ、「特異点のない、いちばん素直な点」——正則局所環を、接空間の言葉で定義します。 完備化という強力な近似も導入し、ホモロジー代数(後半)で正則性を測る準備を整えます。