数学の作り方 How to make Mathematics

第5章 離散付値環とデデキント環

Z[5]\mathbb{Z}[\sqrt{-5}] では 6=23=(1+5)(15)6=2\cdot3=(1+\sqrt{-5})(1-\sqrt{-5}) と、素因数分解が一意でない環論で見たこの病は、代数的整数論の出発点でした。デデキントの天才的な処方は 「数の分解を諦め、イデアルの分解に乗り換える」こと。数では壊れた一意分解が、イデアルでは復活する—— その舞台がデデキント環で、その各点を拡大したのが離散付値環です。前章までの 局所化・整閉・次元 11 が、ここで一つに結晶します。

離散付値環:素元での「割れ具合」を測る

Z\mathbb{Z} を素数 pp で局所化した Z(p)\mathbb{Z}_{(p)}(第1章)を思い出します。ここでは pp 以外の素数は単元で、 「pp で何回割れるか」だけが意味を持つ。任意の 00 でない元は pnup^n uuu 単元)と一意に書け、この指数 nn が 情報のすべて。この「素元でのべき指数」を測るのが付値です。

定義 離散付値・離散付値環

KK 上の離散付値とは、全射 v ⁣:K×Zv\colon K^\times\to\mathbb{Z}v(xy)=v(x)+v(y)v(xy)=v(x)+v(y)v(x+y)min(v(x),v(y))v(x+y)\ge\min(v(x),v(y)) を満たすもの(v(0)=+v(0)=+\infty と約束)。 v(x)0v(x)\ge0 となる元全体 R={x:v(x)0}{0}R=\{x : v(x)\ge0\}\cup\{0\}離散付値環(DVR)という。

v(x)v(x) は「xx が素元 π\pi で何回割れるか」。v(x)=nv(x)=n なら x=πnux=\pi^n u。DVR は「素元 π\pi ひとつと、その べきだけで割れ具合が決まる、いちばん素直な局所環」です。実際、次の複数の顔がすべて同値で、DVR の豊かさを示します。

定理 DVR の同値な特徴づけ

ネーター局所整域 (R,m)(R,\mathfrak m) について、次は同値: (1)(1) RR は DVR。(2)(2) m\mathfrak m は単項イデアル (π)(\pi)π\pi素元という)。 (3)(3) RR は次元 11正則局所環(4)(4) RR は次元 11 の整閉整域。(5)(5) RR は単項イデアル整域で局所。

(2)(2) の「極大イデアルが一つの元で生成される」が DVR のいちばん掴みやすい姿です。RR00 でない イデアルはすべて (πn)=mn(\pi^n)=\mathfrak m^n——イデアルは π\pi のべきしかない。だから「割れ具合 nn」で イデアルが完全に分類される。(3)(3)(次元 11 の正則)は第6章への伏線、(4)(4)(整閉)はデデキント環の定義に効きます。 例:Z(p)\mathbb{Z}_{(p)}k[x](x)k[x]_{(x)}、べき級数環 k[[x]]k[[x]]pp 進整数環 Zp\mathbb{Z}_p。すべて「一つの素元での割れ具合」の世界です。

デデキント環:イデアルが素イデアルに一意分解

DVR は「一点」でした。それを大域的につないだ——すべての点で局所的に DVR になる 11 次元の環が デデキント環です。ここで一意分解が蘇ります。

定義 デデキント環

デデキント環とは、次を満たす整域 RR(1)(1) ネーター、(2)(2) 次元 1100 でない素イデアルは すべて極大)、(3)(3) 整閉(分数体の中で RR 上整な元は RR に入る)。同値に、00 でない各素イデアル p\mathfrak p での 局所化 RpR_{\mathfrak p} がすべて DVR。

三条件のうち (3)(3) 整閉が主役です。Z[5]\mathbb{Z}[\sqrt{-5}] の一意分解が壊れたのは、実はこの環が 整閉だったのに別の病——というより、整閉であれば大丈夫。病んだ例は整閉性を欠く「非正規」な環で起きます。 整閉を課すことで、各点が DVR といういちばん素直な形に整えられ、次の定理が成り立ちます。

定理 デデキント環の一意分解定理

デデキント環 RR00 でない任意のイデアル II は、素イデアルの積に一意に分解する:

I=p1e1p2e2prer(pi は相異なる極大イデアル).I=\mathfrak p_1^{\,e_1}\mathfrak p_2^{\,e_2}\cdots\mathfrak p_r^{\,e_r}\qquad(\mathfrak p_i \text{ は相異なる極大イデアル}).

(順序と重複度を除いて一意。)

証明の心は局所化です。各素イデアル p\mathfrak p で局所化すると RpR_{\mathfrak p} は DVR だから、そこでのイデアルは p\mathfrak p のべきしかない——p\mathfrak p 成分の指数 ep=vp(I)e_{\mathfrak p}=v_{\mathfrak p}(I) が各点で決まる。これを 全点にわたって集めれば大域的な分解 I=pepI=\prod\mathfrak p^{e_{\mathfrak p}} が得られ、各指数は局所付値で一意に定まる。 「第2章の準素分解が、次元 11・整閉という良い条件のもとで、素イデアルのべきの積という最良の形に化ける」わけです。 イデアルたちは分数イデアルまで含めてをなし(イデアル類群が非一意性の度合いを測る、代数的整数論の中心量)、 そこで完全な算術が回復します。

もっとも重要な例:代数体の整数環

定理 整数環はデデキント環

Q\mathbb{Q} の有限次拡大 KK(代数体)の中で Z\mathbb{Z} 上整な元全体 OK\mathcal{O}_K(整数環)は、デデキント環である。

Z\mathbb{Z} がネーター(ヒルベルト)・次元 11・整閉であることが、整拡大で OK\mathcal{O}_K に受け継がれる (第3章の整拡大が次元 11 と有限性を保つ)。OK=Z[5]\mathcal{O}_K=\mathbb{Z}[\sqrt{-5}] でも、数の分解 6=23=6=2\cdot3=\cdots は 一意でないのに、イデアルとしては (6)=p22p3p3(6)=\mathfrak p_2^2\mathfrak p_3\mathfrak p_3' のように素イデアルへ一意分解する。 2=(1+5)(15)/32=-(1+\sqrt{-5})(1-\sqrt{-5})/3\cdots と数では絡まっていた因子が、イデアルの世界ではきれいにほどける。 これが「素因数分解を、数からイデアルへ引っ越して救う」というデデキントの革命です。この土台の上に 代数的整数論——類群・単数・分岐・ゼータ——が築かれます。

注意 つまずきポイント

  • 一意分解が復活するのは「イデアル」で、「数(元)」ではない。 Z[5]\mathbb Z[\sqrt{-5}] の元 66 は依然二通りに 分解する。イデアル (6)(6) が素イデアルへ一意分解するのが救い。両者を混同しない。
  • 整閉が生命線。 ネーター・次元 11 でも整閉でないと一意分解は壊れる(例:k[x2,x3]=k[t,u]/(u2t3)k[x^2,x^3]=k[t,u]/(u^2-t^3) は 尖点を持つ非正規な 11 次元環で、DVR にならない点がある)。整閉=「正規」=特異点がないこと。
  • DVR は「次元 11 の正則局所環」(第6章)。 付値・単項極大イデアル・正則・整閉が全部同値なのが DVR の豊かさ。 次元 11 では「正則=整閉=滑らか」が一致する。

この章のまとめ

  • 離散付値環(DVR)=素元 π\pi 一つで割れ具合が決まる、いちばん素直な 11 次元局所環。極大イデアルは単項 (π)(\pi)、 イデアルは mn\mathfrak m^n のみ。付値・単項・正則・整閉・PID局所がすべて同値。
  • デデキント環=ネーター・次元 11整閉な整域(各点で局所的に DVR)。00 でないイデアルが素イデアルの積に 一意分解する。証明は各点で局所化して DVR の割れ具合を集める。
  • 代数体の整数環 OK\mathcal O_K はデデキント環。数では壊れた素因数分解が、イデアルの分解として蘇り、 代数的整数論の礎になる。

次章は次元を任意に上げ、「特異点のない、いちばん素直な点」——正則局所環を、接空間の言葉で定義します。 完備化という強力な近似も導入し、ホモロジー代数(後半)で正則性を測る準備を整えます。