数学の作り方 How to make Mathematics

第6章 完備化と正則局所環

曲線 y2=x3y^2=x^3 は原点で尖り(尖点)、y2=x2(x+1)y^2=x^2(x+1) は原点で自分自身と交わる(節点)。こうした 特異点と、なめらかな点とを、環の言葉でどう区別するか。答えが正則局所環——「特異点のない、 いちばん素直な局所環」です。鍵は微分幾何でおなじみの接空間を、純代数的に m/m2\mathfrak m/\mathfrak m^2 として 捉えること。そしてもう一つ、テイラー展開の代数版完備化を導入し、可換環論の前半を締めくくります。

余接空間 𝔪/𝔪²:微分を代数で作る

局所環 (R,m)(R,\mathfrak m) の極大イデアル m\mathfrak m は「その点で消える関数たち」。m2\mathfrak m^2 は「22 次以上で 消える関数」(積で二重に消える)。差をとった m/m2\mathfrak m/\mathfrak m^2 は「11 次の消え方」だけを取り出す—— これは関数の線形近似=微分そのものです。剰余体 k=R/mk=R/\mathfrak m 上のベクトル空間になります。

定義 余接空間と接空間(ザリスキ)

局所環 (R,m,k)(R,\mathfrak m,k) に対し、kk-ベクトル空間 m/m2\mathfrak m/\mathfrak m^2ザリスキ余接空間、 その双対 (m/m2)(\mathfrak m/\mathfrak m^2)^\ast接空間という。

なぜこれが接空間なのか。R=k[x,y]R=k[x,y] を原点 m=(x,y)\mathfrak m=(x,y) で局所化すると、m/m2\mathfrak m/\mathfrak m^2x,yx,y の像で張られる 22 次元——ちょうど平面の接ベクトルの自由度。関数 ff に対し ff(p)f-f(p)m/m2\mathfrak m/\mathfrak m^2 での像が「ff11 階微分 dfdf」に対応します。微分幾何で 座標と極限で定義した接空間が、ここでは剰余だけで——極限も座標も使わず——作れる。これが代数幾何の 強みで、任意の環・任意の体上で「微分」が意味を持ちます。

第4章で「局所環の次元 d=dimRd=\dim R は、パラメータ系の最小本数」でした。一方 m\mathfrak m を生成するのに要る 元の最小本数は、中山の補題により dimkm/m2\dim_k \mathfrak m/\mathfrak m^2(余接空間の次元)に等しい。 二つの数を比べると、常に dimkm/m2dimR\dim_k\mathfrak m/\mathfrak m^2\ge\dim R——接空間は次元以上に太りうる。等号が 「太っていない=素直」の印です。

正則局所環:接空間が太らない点

定義 正則局所環

ネーター局所環 (R,m,k)(R,\mathfrak m,k)正則であるとは、

dimkm/m2=dimR,\dim_k \mathfrak m/\mathfrak m^2=\dim R,

すなわち接空間の次元が環の次元に一致すること。同値に、m\mathfrak md=dimRd=\dim R 個の元 (正則パラメータ系)で生成されること。この最小性が破れて dimkm/m2>dimR\dim_k\mathfrak m/\mathfrak m^2>\dim R の点を 特異点という。

尖点 R=k[x,y]/(y2x3)R=k[x,y]/(y^2-x^3) の原点で確かめましょう。次元は 11(曲線)。ところが m=(x,y)\mathfrak m=(x,y)m/m2\mathfrak m/\mathfrak m^2 を見ると、関係式 y2x3y^2-x^322 次以上なので m2\mathfrak m^2 に沈み、11 次では効かない。 だから x,yx,y は独立に残り dimkm/m2=2>1=dimR\dim_k\mathfrak m/\mathfrak m^2=2>1=\dim R接空間が太っている=特異。 なめらかな点なら関係式が 11 次の情報を減らし、ぴったり一致します。「接空間の太り具合が特異性を検出する」—— 微分幾何のヤコビ判定を、代数で純化した姿です。

正則局所環の良い性質を先取りしておきます(証明の一部は後半のホモロジーで)。

定理 正則局所環の性質

正則局所環は整域であり、整閉(正規)で、UFD(一意分解整域、アウスランダー–ブックスバウム)。 次元 11 の正則局所環は、ちょうど前章の DVR。

「正則 ⇒ 整閉 ⇒(デデキント環の文脈で)良い」という含意で、前章までの概念が一列に並びます。 正則性は「幾何の滑らかさ」の代数版であり、この分野の理想的な対象です。しかし m/m2\mathfrak m/\mathfrak m^2 の 比較だけでは、正則性の深い意味(なぜ UFD になるか、なぜ特別か)は掴めません。その真の特徴づけ—— 正則 ⟺ ホモロジー的に有限——が、後半のクライマックス(第12章)で明かされます。本章はその舞台設定です。

完備化:テイラー展開の代数版

局所環をさらに近似的に単純化する強力な操作が完備化です。発想は解析のテイラー展開。 関数を原点の周りで a0+a1x+a2x2+a_0+a_1x+a_2x^2+\cdots無限次まで展開すると、局所的な情報が丸ごと捉えられる。 これを代数的に、m\mathfrak m-進の「小ささ」で極限をとって実現します。

定義 𝔪-進完備化

局所環 (R,m)(R,\mathfrak m)完備化を、剰余環の逆極限

R^=limnR/mn\widehat{R}=\varprojlim_n R/\mathfrak m^n

で定める。元は「各次数 R/mnR/\mathfrak m^n での近似の整合的な列」=形式的べき級数のようなもの。

mn\mathfrak m^n で割った近似を、nn\to\infty で貼り合わせる」。Z\mathbb{Z}(p)(p) で完備化すると pp 進整数環 Zp\mathbb{Z}_ppp 進展開 a0+a1p+a2p2+a_0+a_1p+a_2p^2+\cdots)、k[x]k[x](x)(x) で完備化すると 形式的べき級数環 k[[x]]k[[x]]。完備化の絶大な威力は構造を単純にすること:

定理 コーエンの構造定理(要旨)

剰余体 kk を含む完備正則局所環は、形式的べき級数環 k[[x1,,xd]]k[[x_1,\dots,x_d]] に同型。 一般の完備局所環も、正則な k[[x1,,xd]]k[[x_1,\dots,x_d]] の商として書ける。

「完備化すれば、正則局所環はべき級数環そのもの」。ばらばらだった局所環が、完備化で標準形に揃う。しかも 完備化は多くの性質(次元・正則性・深さ)を保ち、ネーター性も保つ(R^\widehat R もネーター)。だから 「難しい問題を完備化で単純な k[[x]]k[[x]] に持ち込んで解く」という戦略が使えます。解析でテイラー展開が 局所解析を可能にしたのと同じ役割を、完備化が代数で果たすのです。

注意 つまずきポイント

  • m/m2\mathfrak m/\mathfrak m^2 は必ず接空間の次元、dimR\dim R とは限らない。 一致するのが正則(滑らか)、 太る(>>)のが特異。dimR\dim R(鎖の長さ)と dimkm/m2\dim_k\mathfrak m/\mathfrak m^211 次の消え方の自由度)は 別々に定義された量で、その一致が非自明な良さ。
  • 正則は局所的な概念。 「正則局所環」は一点での滑らかさ。環全体が「正則」とは各素イデアルでの局所化が すべて正則であること。特異点は特定の点でだけ起こる。
  • 完備化 R^\widehat RRR より大きく、単純。 ZZp\mathbb Z\subsetneq\mathbb Z_p。情報を「一点の周り無限次」に 集約する代わりに、他点の情報は捨てる。局所化(分母を付ける)とは別操作——完備化は極限で埋める。

この章のまとめ

  • 余接空間 m/m2\mathfrak m/\mathfrak m^2 は「11 次の消え方」=代数的な微分。その双対がザリスキ接空間で、 座標も極限も使わず微分幾何の接空間を再現する。
  • 正則局所環dimkm/m2=dimR\dim_k\mathfrak m/\mathfrak m^2=\dim R(接空間が太らない滑らかな点)。m\mathfrak mdimR\dim R 個で 生成される。太れば特異点(尖点・節点)。正則 ⇒ 整域・整閉・UFD、次元 11 なら DVR。
  • 完備化 R^=limR/mn\widehat R=\varprojlim R/\mathfrak m^n はテイラー展開の代数版。正則なら k[[x1,,xd]]k[[x_1,\dots,x_d]] に化け、 難問を標準形に持ち込む。

これで可換環論の前半が完成しました。しかし「正則局所環の真の正体」は宙に浮いたまま。それを射抜くには、 まったく別の道具——ホモロジー代数が要ります。後半は複体とホモロジーから始め、Ext・Tor を経て、 第12章で正則性の完全な特徴づけへと至ります。