数学の作り方 How to make Mathematics

第7章 ローラン展開と特異点

「壊れている点」のまわりを、どう展開するか

テイラー展開(前章)は、正則な点のまわりの展開でした。でも複素解析の面白さの多くは、関数が正則でなくなる点 (特異点)のまわりにあります。1z\frac1z の原点、1z2\frac{1}{z^2}e1/ze^{1/z}——これらを特異点のまわりで展開するには、 (zz0)(z-z_0)負のべきまで許した級数が要ります。それがローラン展開です。

ローラン展開の負べき部分(主要部)が、特異点の“性格”を教えてくれます。負べきが無ければ実は正則(除去可能)、 有限個なら、無限個なら真性特異点——たった3種類に分類されます。そして次章の主役留数は、ローラン展開の 1zz0\frac1{z-z_0} の係数、ただ一つの数。特異点の理論は、複素積分を計算する留数定理(第8章)への 直接の準備です。下の位相ポートレートで、零点と極を「見て」区別しながら進みましょう。

特異点のまわりの展開=ローラン級数。負べきの個数で特異点を3分類(除去可能・極・真性)。留数は 1/(zz0)1/(z-z_0) の係数。

ローラン展開

定理 ローランの定理

ff が円環 r<zz0<Rr<|z-z_0|<R で正則なら、その円環で f(z)=n=cn(zz0)n,cn=12πiγf(w)(wz0)n+1dwf(z)=\sum_{n=-\infty}^{\infty}c_n(z-z_0)^n,\qquad c_n=\frac{1}{2\pi i}\oint_{\gamma}\frac{f(w)}{(w-z_0)^{n+1}}\,dw と一意に展開できる(γ\gamma は円環内で z0z_0 を一周する曲線)。負べき部分 n<0cn(zz0)n\sum_{n<0}c_n(z-z_0)^n主要部という。

証明

(要点。)zz を含む小円環を、外側の円 CRC_R と内側の円 CrC_r で囲む。コーシーの積分公式を円環に適用すると f(z)=12πi(CRCr)f(w)wzdwf(z)=\frac1{2\pi i}\big(\oint_{C_R}-\oint_{C_r}\big)\frac{f(w)}{w-z}dwCRC_R 上では 1wz\frac1{w-z}zz0wz0\frac{z-z_0}{w-z_0} の等比級数に開いて 正べき(テイラー同様)、CrC_r 上では wz0zz0\frac{w-z_0}{z-z_0} の等比級数に開いて負べきを得る。一意性は係数の積分表示から。∎

テイラー展開の証明(前章)を「外側の円」と「内側の円」の両方で行い、外から正べき・内から負べきが出る。 テイラーの自然な拡張です。この負べき部分(主要部)が、特異点を分類します。

孤立特異点の3分類

定義 孤立特異点と3分類

z0z_0ff孤立特異点0<zz0<ε0<|z-z_0|<\varepsilon で正則だが z0z_0 で正則でない)のとき、z0z_0 まわりのローラン展開の 主要部(負べき)で分類する:

  • 除去可能特異点:主要部が無い(負べきの係数が全部 00)。
  • mm 位の極:主要部が有限個(cm0c_{-m}\ne0cm1=cm2==0c_{-m-1}=c_{-m-2}=\cdots=0)。
  • 真性特異点:主要部が無限個(負べきが無限に続く)。

3種類の例

  • sinzz=1z23!+\frac{\sin z}{z}=1-\frac{z^2}{3!}+\cdotsz=0z=0除去可能(主要部なし、f(0)=1f(0)=1 と定めれば正則)。
  • 1z3\frac{1}{z^3}z=0z=0 は**33 位の極**(主要部 1z3\frac1{z^3} のみ)。ezz2\frac{e^z}{z^2}22 位の極。
  • e1/z=n01n!zn=1+1z+12z2+e^{1/z}=\sum_{n\ge0}\frac1{n!z^n}=1+\frac1z+\frac1{2z^2}+\cdotsz=0z=0真性特異点(負べきが無限)。

下の位相ポートレートで確かめてください。零点(色相環が一周)と極(逆回り・明縞が密集して発散)、そして e1/ze^{1/z} の真性特異点(原点近傍で色が激しく乱れる)が、視覚的に区別できます。mm 位の極では色相環が mm 周します。

各分類の特徴づけ

3分類は、ff振る舞いでも特徴づけられます。これが実用的です。

定理 リーマンの除去可能特異点定理

孤立特異点 z0z_0 について:z0z_0 が除去可能     \iff z0z_0 の近傍で ff有界

証明

除去可能なら正則に延びるので有界。逆に、近傍で fM|f|\le M とする。負べき係数 cnc_{-n}n1n\ge1)を小円 wz0=ρ|w-z_0|=\rho で評価すると cn=12πif(w)(wz0)n1dwMρn1ρ=Mρn0|c_{-n}|=\left|\frac1{2\pi i}\oint f(w)(w-z_0)^{n-1}dw\right|\le M\rho^{n-1}\cdot\rho=M\rho^n\to0ρ0\rho\to0)。ゆえ負べきは全部 00、除去可能。∎

「有界なら除去可能」——特異点で暴れなければ、実は特異点でなかった。極と真性特異点は、それぞれ次のように振る舞います。

命題 極と真性特異点の振る舞い

  • z0z_0 が**mm 位の極**     f(z)\iff |f(z)|\to\inftyzz0z\to z_0)で、(zz0)mf(z)(z-z_0)^mf(z) が除去可能(00 でない極限をもつ)。    1f\iff \frac1fz0z_0mm 位の零点。
  • z0z_0真性特異点     \iff 極限 limzz0f(z)\lim_{z\to z_0}f(z) が(\infty も込めて)存在しない。

極では「\infty に発散」、真性特異点では「極限が存在しない(暴れる)」。真性特異点の暴れ方は、次の驚くべき定理が 精密に述べます。

定理 カゾラーティ–ワイエルシュトラスの定理

z0z_0ff の真性特異点なら、z0z_0 の任意の近傍での ff の像は C\mathbb C稠密(どんな複素数にもいくらでも近い値をとる)。

証明

稠密でないと仮定すると、ある w0w_0δ>0\delta>0 で近傍上 f(z)w0δ|f(z)-w_0|\ge\delta。すると g=1fw0g=\frac1{f-w_0} は近傍で有界(1/δ\le1/\delta)ゆえ z0z_0 が除去可能(リーマン)。gg が正則に延び、f=w0+1gf=w_0+\frac1gz0z_0 で除去可能か極になり、真性特異点に矛盾。∎

「真性特異点のいくらでも近くで、ffあらゆる複素数に近い値をとる」。e1/ze^{1/z} は原点のどんな近くでも、 (00 を除く)ほぼすべての値を実際に取ります。さらに強いピカールの定理は「高々1つの例外を除き、あらゆる値を 無限回とる」と述べます。真性特異点は、複素関数が最も激しく暴れる場所なのです。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • ローラン展開は円環で、負べきを許す。 テイラーは円板(負べきなし)。主要部(負べき)が特異点の分類を担う。
  • 除去可能 ⇔ 有界(リーマン)。 sinzz\frac{\sin z}z00 は除去可能。「特異点だが有界」なら実は正則に延ばせる。
  • 極 ⇔ f|f|\to\infty、真性 ⇔ 極限が存在しない。 極は素直に発散、真性は暴れる(カゾラーティ–ワイエルシュトラス:像が稠密)。
  • 展開の中心と円環に注意。 同じ関数でも、中心や円環(どの特異点の外か)でローラン展開は変わる。1z(z1)\frac1{z(z-1)}0<z<10<|z|<1z>1|z|>1 で別の展開。

この章のまとめ

  • ローラン展開:円環上で f=n=cn(zz0)nf=\sum_{n=-\infty}^\infty c_n(z-z_0)^n負べき(主要部)の個数で孤立特異点を3分類:除去可能(負べきなし)・mm 位の極(有限個)・真性特異点(無限個)。
  • 振る舞いによる特徴づけ:除去可能 ⇔ 有界(リーマン)、極 ⇔ f|f|\to\infty真性 ⇔ 極限なし
  • カゾラーティ–ワイエルシュトラス:真性特異点の近傍で像は稠密(e1/ze^{1/z} はあらゆる値に近づく)。ピカールはさらに強い。

特異点の理論が整いました。次章は、ローラン展開のたった一つの係数——留数と、複素積分を計算する留数定理を扱います。