第6章 テイラー展開と一致の定理
正則関数は「異様に硬い」
前章で「正則 ⇒ 無限回微分可能」を見ました。この章はさらに進んで、正則関数は必ずべき級数(テイラー級数)に 展開できる——つまり正則 = 解析的を証明します。微積分第6章で、実解析では「無限回微分できても テイラー級数が元に戻らない」病的な例()があったのを思い出してください。複素では、そんな例は 存在しません。正則ならいつでも、局所的にべき級数に一致する。
この解析性から、正則関数の恐るべき剛性が導かれます。零点は孤立し、関数のごく一部の情報が全体を決めてしまう (一致の定理)。「ある小さな円板での値」や「実軸上での値」だけで、関数が全領域で一意に決まる。実関数の 自由さとは対照的な、この硬さこそ正則関数の魔法です。 の性質が実の から一意に延びるのも、 第12章の解析接続も、すべてこの剛性から来ます。
正則 = 解析的(べき級数展開可能)。零点は孤立し、一部の値が全体を決める(一致の定理)——正則関数は異様に硬い。
テイラー展開
定理 テイラーの定理(正則⇒解析的)
が で正則なら、その円板で とべき級数展開できる(収束半径 )。
証明
とし、半径 の円 でコーシーの積分公式を使う。核 を等比級数に展開: ( 上 ゆえ一様収束)。コーシーの公式 に代入し、 一様収束ゆえ項別積分(微積分第8章)すると 。∎
証明の核心は「コーシーの核 を等比級数に開く」こと。前章の積分公式が、そのまま べき級数を生みます。だから正則関数はどこでもべき級数。収束半径には明快な意味があります。
命題 収束半径=最も近い特異点までの距離
でのテイラー級数の収束半径は、 が正則でなくなる最も近い点(特異点)までの距離に等しい。
例: を で展開すると収束半径 ——実軸上では何も起こらないのに で止まるのは、 に 特異点(極)があるから。実解析で不可解だった収束半径が、複素平面の特異点で完全に説明される。 微積分で謎だったことが、複素にすると見える好例です。
零点の孤立性
解析性から、零点の構造が決まります。
定理 零点の孤立性
が領域 で正則、 とする。 なら、ある (零点の位数)で 、、 正則。ゆえ零点 は孤立(近傍に他の零点なし)。
証明
テイラー展開 で、 なら となる最小の がある(全部 なら )。、。 連続ゆえ の近傍で 、 その近傍で は 以外に零点をもたない。∎
「零点は孤立する( なら)」——正則関数の零点は、点々と離れて存在するしかない。実関数では零点が 区間を埋めることもあるのに、複素では不可能。この孤立性が、次の一致の定理を生みます。
一致の定理
正則関数の剛性の頂点です。
定理 一致の定理
が連結領域 で正則とする。 内に集積点をもつ集合(例:数列 、または小さな円板・小区間)で ならば、 全体で 。
証明
とおく。 の零点集合 は集積点 をもつ。(連続)で、もし ( の近くで)なら 零点は孤立するはず——だが に零点が集積するので矛盾。ゆえ の近傍で 。「 となる点の集合」は 開かつ閉(開:近傍で 、閉:連続)で空でないので、連結性より 全体。よって 、。∎
証明は「零点の孤立性」と「連結なら開かつ閉集合は全体」(集合位相の連結性)の合わせ技。含意は劇的です。
系 一致の定理の威力
- 実軸上で一致すれば全平面で一致:実の を複素へ延ばす方法は一意(実軸で決まれば複素全体で決まる)。
- 関数等式の継承: は実軸で成り立つ(集積点をもつ)ので、複素全体で 。実の恒等式が自動的に複素へ延びる。
- 解析接続の一意性:関数を領域外へ正則に延ばす方法は、あれば一意。
「実軸上のわずかな情報が、複素平面全体を決める」——これが正則関数の硬さです。 関数やゼータ関数を 複素全体へ延ばす(解析接続)とき、延ばし方が一意なのはこの定理のおかげ。数論・物理で決定的に使われます。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 正則 = 解析的(複素では一致)。 実解析の のような反例は複素に無い。正則ならどこでもテイラー展開可能。
- 収束半径=最も近い特異点まで。 を で展開すると半径 ( の極)。実軸だけ見ても分からない。
- 一致の定理には集積点が要る。 「孤立した点で一致」では不十分。集積点をもつ集合(区間・円板・収束列)で一致すれば全体で一致。
- 零点は孤立()。 零点が集積したら 。実関数と決定的に違う剛性。
この章のまとめ
- 正則 ⇒ テイラー展開可能(解析的):コーシーの核を等比級数に開いて得る。収束半径=最も近い特異点までの距離(実の収束半径の謎が複素で解ける)。
- 解析性から零点は孤立(位数 、)。実関数にない剛性。
- 一致の定理:連結領域で、集積点をもつ集合上で一致すれば全体で一致。実軸の情報が複素全体を決め、関数等式が継承され、解析接続が一意になる。
次章は、特異点のまわりの展開——ローラン展開と、特異点の分類(除去可能・極・真性)を可視化しながら扱います。