数学の作り方 How to make Mathematics

第8章 留数定理

積分は「留数の合計」だけで決まる

第4章のコーシーの積分定理は「穴が無ければ閉曲線積分は 00」でした。では、囲んだ中に特異点(穴)があると、 積分にはどれだけ残るのか? 答えは驚くほど単純です——各特異点の“留数”を合計して 2πi2\pi i 倍するだけ

γf(z)dz=2πi(囲まれた特異点の留数).\oint_\gamma f(z)\,dz=2\pi i\sum(\text{囲まれた特異点の留数}).

留数とは、ローラン展開(前章)の 1zz0\frac1{z-z_0} の係数 c1c_{-1}、たった一つの数です。無限に複雑に見える積分が、 各特異点でのこの一つの数の足し算に還元される。これが留数定理で、複素解析で最も実用的な定理です。 次章では、これを使って実数の難しい定積分——dx1+x4\int_{-\infty}^\infty\frac{dx}{1+x^4} のような、実解析では手強いもの——を 機械的に計算します。この章はその計算エンジンを組み立てます。

留数定理:γfdz=2πiRes\oint_\gamma f\,dz=2\pi i\sum\operatorname{Res}。留数はローラン展開の 1/(zz0)1/(z-z_0) の係数 c1c_{-1} ただ一つ。

留数

定義 留数

z0z_0ff の孤立特異点とし、z0z_0 まわりのローラン展開を f(z)=ncn(zz0)nf(z)=\sum_n c_n(z-z_0)^n とする。係数 c1c_{-1}ffz0z_0 での 留数 Resz0f\operatorname{Res}_{z_0}f という。

なぜ c1c_{-1} だけが特別なのか。ローラン展開の各項 cn(zz0)nc_n(z-z_0)^nz0z_0 を囲む円で積分すると、 (zz0)ndz={2πi(n=1)0(n1)\oint(z-z_0)^n dz=\begin{cases}2\pi i&(n=-1)\\0&(n\ne-1)\end{cases}——n=1n=-1 の項だけが積分に生き残るからです (第4章の dzzz0=2πi\oint\frac{dz}{z-z_0}=2\pi i)。他の項は原始関数 (zz0)n+1n+1\frac{(z-z_0)^{n+1}}{n+1} をもち閉曲線で消える。 留数は「積分に残る唯一の情報」なのです。これを一般化したのが留数定理です。

留数定理

定理 留数定理

ff が単連結領域 DD 内で、有限個の孤立特異点 z1,,zkz_1,\dots,z_k を除いて正則とする。γ\gammaDD 内でこれらを正の向きに 一周する単純閉曲線とすると γf(z)dz=2πij=1kReszjf.\oint_\gamma f(z)\,dz=2\pi i\sum_{j=1}^k\operatorname{Res}_{z_j}f.

証明

zjz_j を小円 CjC_j(互いに交わらない)で囲む。γ\gammaC1,,CkC_1,\dots,C_k で囲まれた領域では ff が正則なので、コーシーの積分定理 (第4章)より γf=jCjf\oint_\gamma f=\sum_j\oint_{C_j}f。各 CjC_j 上でローラン展開を項別積分すると、c1(j)c_{-1}^{(j)} の項だけが 2πi2\pi i を残し他は 00、すなわち Cjf=2πic1(j)=2πiReszjf\oint_{C_j}f=2\pi i\,c_{-1}^{(j)}=2\pi i\operatorname{Res}_{z_j}f。合計して結論。∎

証明は「γ\gamma を各特異点を囲む小円に分解し(コーシーの定理)、各小円で c1c_{-1} だけが残る」。第4章・第7章が そのまま結実します。あとは留数を計算する方法があれば、実戦で使えます。

極における留数の計算

真性特異点では留数を求めるのにローラン展開が要りますが、なら公式で機械的に計算できます。

定理 極での留数公式

  • 11 位の極Resz0f=limzz0(zz0)f(z)\operatorname{Res}_{z_0}f=\lim_{z\to z_0}(z-z_0)f(z)
  • f=ghf=\dfrac{g}{h}g(z0)0g(z_0)\ne0hhz0z_011 位の零点h(z0)=0,h(z0)0h(z_0)=0,h'(z_0)\ne0):Resz0gh=g(z0)h(z0)\operatorname{Res}_{z_0}\dfrac gh=\dfrac{g(z_0)}{h'(z_0)}
  • mm 位の極Resz0f=1(m1)!limzz0dm1dzm1[(zz0)mf(z)]\operatorname{Res}_{z_0}f=\dfrac{1}{(m-1)!}\lim_{z\to z_0}\dfrac{d^{m-1}}{dz^{m-1}}\big[(z-z_0)^mf(z)\big]

証明

mm 位の極なら (zz0)mf(z)=k0ckm(zz0)k(z-z_0)^mf(z)=\sum_{k\ge0}c_{k-m}(z-z_0)^k(正則)。この m1m-1 階微分の zz0z\to z_0 極限は (m1)!c1(m-1)!\,c_{-1} で、 (m1)!(m-1)! で割ると c1=Resc_{-1}=\operatorname{Res}m=1m=1 が第1式。g/hg/h の式は 11 位の極で lim(zz0)gh=g(z0)limh(z)h(z0)zz0=g(z0)h(z0)\lim(z-z_0)\frac{g}{h}=\frac{g(z_0)}{\lim\frac{h(z)-h(z_0)}{z-z_0}}=\frac{g(z_0)}{h'(z_0)}。∎

とくに g(z0)h(z0)\dfrac{g(z_0)}{h'(z_0)} は絶大に便利です。1h\dfrac1{h} 型(hh の単純零点が極)の留数が、分母を微分するだけで出ます。

留数の計算例

  • f=1z2+1=1(zi)(z+i)f=\dfrac{1}{z^2+1}=\dfrac1{(z-i)(z+i)}z=iz=i11 位の極、Resif=1(z+i)z=i=12i\operatorname{Res}_i f=\dfrac1{(z+i)}\Big|_{z=i}=\dfrac1{2i}。(公式 gh=12zi=12i\frac{g}{h'}=\frac1{2z}\big|_i=\frac1{2i} でも同じ。)
  • f=ezz2f=\dfrac{e^z}{z^2}z=0z=022 位の極、Res0f=11!ddz[z2ezz2]z=0=ddzez0=1\operatorname{Res}_0 f=\dfrac1{1!}\dfrac{d}{dz}\big[z^2\cdot\frac{e^z}{z^2}\big]_{z=0}=\dfrac{d}{dz}e^z\big|_0=1
  • f=cotz=coszsinzf=\cot z=\dfrac{\cos z}{\sin z}z=nπz=n\pi11 位の極、Res=cosnπcosnπ=1\operatorname{Res}=\dfrac{\cos n\pi}{\cos n\pi}=1gh\frac{g}{h'} 公式)。

11 位の極なら「(zz0)(z-z_0) を掛けて代入」または「分母を微分」、mm 位なら「(zz0)m(z-z_0)^m を掛けて m1m-1 回微分」。 このレシピで、次章の実積分がベルトコンベアのように計算できます。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 留数は c1c_{-1}1/(zz0)1/(z-z_0) の係数)だけ。 他のローラン係数は積分に効かない。(zz0)ndz\oint(z-z_0)^n dzn=1n=-1 でのみ 2πi2\pi i
  • 留数定理は「囲んだ」特異点だけ。 γ\gamma の内部にある特異点の留数だけ足す。外の特異点は無関係。向き(正の向き=反時計回り)に注意。
  • 極の位数に応じた公式を使う。 mm 位なら (zz0)m(z-z_0)^m を掛けて m1m-1 回微分。位数を間違えると誤る。mm を取りすぎても(余分に微分して)正しい極限は出るが手間。
  • 真性特異点の留数は公式で出ない。 ローラン展開の c1c_{-1} を直接読む(e1/ze^{1/z}Res0=1\operatorname{Res}_0=111!z\frac1{1!z} の係数)。

この章のまとめ

  • 留数 Resz0f=c1\operatorname{Res}_{z_0}f=c_{-1}(ローラン展開の 1/(zz0)1/(z-z_0) の係数)。(zz0)ndz\oint(z-z_0)^n dzn=1n=-1 でのみ 2πi2\pi i を残すので、積分に効く唯一の係数。
  • 留数定理 γf=2πiRes\oint_\gamma f=2\pi i\sum\operatorname{Res}。証明はコーシーの定理で各特異点の小円に分解し、c1c_{-1} だけが残る。
  • 極での留数は公式で計算:11 位は lim(zz0)f\lim(z-z_0)f または g(z0)h(z0)\frac{g(z_0)}{h'(z_0)}mm 位は 1(m1)!dm1dzm1[(zz0)mf]\frac1{(m-1)!}\frac{d^{m-1}}{dz^{m-1}}[(z-z_0)^mf]

次章は、この留数定理の華麗な応用——実数の定積分を複素積分で計算します。