数学の作り方 How to make Mathematics

第1章 曲線と弧長

「曲がっている」を数にする、その第一歩

紙は平ら、ボールは曲がっている——誰でも感じます。でも「どれくらい曲がっているか」を数で言えますか。 道路のカーブのきつさ、ジェットコースターの捻れ、レンズの膨らみ。こうした「曲がり具合」を微分で正確に測るのが 微分幾何学です。ゴールは、曲線や曲面に**数(曲率)**を割り当て、その数だけで形を語れるようにすること。

いちばん簡単な曲線から始めましょう。曲線とは何か。素朴には「曲がった線」ですが、微分で扱うには **「時刻 tt に点がどこにいるか」**という運動として捉えるのが便利です。ペン先の位置を時刻ごとに記録した軌跡—— これなら tt で微分でき、速度や加速度が計算できます。

曲線=動く点の軌跡 γ(t)\gamma(t)。微分できる運動として捉えることで、「曲がり具合」を微分で測れるようになる。

パラメータ表示された曲線

定義 パラメータ曲線・正則曲線

区間 IRI\subseteq\mathbb R から Rn\mathbb R^n への CC^\infty 写像 γ:IRn\gamma:I\to\mathbb R^nγ(t)=(x1(t),,xn(t))\gamma(t)=(x_1(t),\dots,x_n(t))パラメータ曲線という。γ(t)=(x1(t),,xn(t))\gamma'(t)=(x_1'(t),\dots,x_n'(t))速度ベクトル、その長さ γ(t)|\gamma'(t)|速さという。すべての ttγ(t)0\gamma'(t)\ne 0 のとき正則曲線という。

速度ベクトル γ(t)\gamma'(t) は、曲線に接する向きを指します(進行方向)。「正則(γ0\gamma'\ne0)」を要求するのは、 速度が 00 になる点では曲線が尖ったり止まったりして接線の向きが定まらないから。たとえば γ(t)=(t2,t3)\gamma(t)=(t^2,t^3)t=0t=0γ=0\gamma'=0 となり、原点に尖点(カスプ)ができます。正則性は「なめらかに接線が回る」ための最低条件です。

はじめの例

  • 直線 γ(t)=p+tv\gamma(t)=p+t vv0v\ne0):速度は一定 vv。曲がっていない。
  • γ(t)=(rcost, rsint)\gamma(t)=(r\cos t,\ r\sin t):速度 (rsint,rcost)(-r\sin t,r\cos t)、速さ rr で一定。ぐるぐる回る。
  • らせん γ(t)=(cost,sint, ht)\gamma(t)=(\cos t,\sin t,\ ht):円運動しながら高さ htht で上昇。33 次元の曲線の代表。

同じ曲線、違う走り方——パラメータの取り替え

ここで大事な区別があります。**曲線という「図形」**と、**それをどう走るかという「パラメータ付け」**は別物です。 円周を γ(t)=(cost,sint)\gamma(t)=(\cos t,\sin t) と走っても、倍速の γ(2t)\gamma(2t) で走っても、通る道(図形)は同じ円。 速度ベクトルは走り方に依存して変わってしまいます。

すると困ったことになります。「曲がり具合」は図形に備わった性質のはずなのに、γ\gamma' で素朴に測ると 走る速さで値が変わってしまう。曲率を「走り方によらない、図形本来の量」として定義するには、 まず特別な走り方を用意して、その物差しを固定するのが賢い。それが弧長パラメータです。

定義 弧長

正則曲線 γ:[a,b]Rn\gamma:[a,b]\to\mathbb R^n弧長(曲線の長さ)を

L(γ)=abγ(t)dtL(\gamma)=\int_a^b |\gamma'(t)|\,dt

で定める。速さ γ(t)|\gamma'(t)| を時間で積分する——「速さ×時間=距離」の連続版。

弧長の定義は直感どおりです。曲線を細かく折れ線で近似し、各小片の長さ γ(t)dt|\gamma'(t)|\,dt を足し上げる。 これは積分そのもの。しかも弧長はパラメータの取り替えで変わりません(同じ道の長さは走り方によらない)。 図形に備わった量です。

円の弧長

γ(t)=(rcost,rsint)\gamma(t)=(r\cos t,r\sin t)t[0,2π]t\in[0,2\pi] で。速さ γ=r|\gamma'|=r ゆえ L=02πrdt=2πrL=\int_0^{2\pi}r\,dt=2\pi r。 おなじみの円周。速さが一定なので積分がすぐ終わる——この「速さ一定」が次の主役。

曲線の自然な物差し:弧長パラメータ

速さがバラバラだと扱いにくい。そこで、「速さがつねに 11」になるように走り直すことを考えます。 すると、時間 ss がそのまま「進んだ距離」に一致する——曲線に沿って測った“自然な目盛り”になります。

定義 弧長パラメータ(自然パラメータ)

正則曲線を、γ(s)1|\gamma'(s)|\equiv 1 となるパラメータ ss で表したものを弧長パラメータ表示自然パラメータ)という。このとき ss は「始点から曲線に沿って測った距離」に等しい。

定理 弧長パラメータは必ず取れる

任意の正則曲線は、弧長パラメータで表し直せる。

証明

s(t)=t0tγ(u)dus(t)=\int_{t_0}^t|\gamma'(u)|\,du とおくと s(t)=γ(t)>0s'(t)=|\gamma'(t)|>0(正則性)。よって ss は単調増加で 逆関数 t(s)t(s) をもつ。γ~(s)=γ(t(s))\tilde\gamma(s)=\gamma(t(s)) と置き直すと、連鎖律より γ~(s)=γ(t)t(s)=γ(t)/γ(t)\tilde\gamma'(s)=\gamma'(t)\cdot t'(s)=\gamma'(t)/|\gamma'(t)| で、長さは γ~(s)=1|\tilde\gamma'(s)|=1。∎

弧長パラメータの御利益は絶大です。速さが 11 に固定されるので、速度ベクトル γ(s)\gamma'(s)純粋に「向き」だけを 表す単位ベクトルになります。すると「向きがどれだけ速く変わるか」=加速度 γ(s)\gamma''(s) が、まさに曲がり具合を そのまま表す——これが次章の曲率の定義につながります。走る速さの影響を消したからこそ、図形本来の曲がりが見える。

注意 弧長パラメータは“理論の武器”、計算の実用品ではない

弧長パラメータは定義や証明を劇的にきれいにするが、実際に s(t)s(t) を積分して逆関数を求めるのは、円やらせん以外 ではたいてい不可能(楕円ですら楕円積分になる)。だから実計算では一般のパラメータのまま曲率を出す公式(次章)も 用意する。「理論は弧長で、計算は一般パラメータで」という二刀流が定石。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 曲線(図形)とパラメータ付け(走り方)は別。 曲率など図形本来の量は走り方によらず定義したい。だから弧長で 基準化する。γ\gammaγ(2t)\gamma(2t) は同じ図形で違う速度。
  • 正則性 γ0\gamma'\ne0 を落とすと接線が定義できない。 γ=0\gamma'=0 の点で尖点や停止が起き、向きが決まらない。 「なめらかな曲線」には正則性が要る。
  • 弧長パラメータは “速さ 1” で走ること。 「距離を測ってから割り当てる」わけではなく、速度の長さを常に 11 に 正規化した走り方。だから ss =進んだ距離。
  • 弧長の積分はパラメータによらない。 長さは図形の量。γdt|\gamma'|dtdtdt 部分の取り替えを γ|\gamma'| が ちょうど打ち消す。

この章のまとめ

  • 曲線を動く点の軌跡 γ(t)\gamma(t) として捉えると、速度 γ\gamma'(接線方向)・速さ γ|\gamma'| が微分で計算できる。γ0\gamma'\ne0正則)が接線の定まる条件。
  • 弧長 L=γdtL=\int|\gamma'|\,dt は走り方によらない図形の量。
  • 弧長パラメータ(速さ 1\equiv1)で走り直すと、ss が進んだ距離に一致し、速度が純粋な「向き」になる。これで曲がり具合を走る速さと切り離して測れる——曲率への布石。
  • 次章では、弧長パラメータのもとで γ\gamma'' を「曲率」として定義し、曲線に張りつく標構(フルネ標構)とその回転を記述するフルネ–セレの公式を作ります。

次章では、単位接ベクトルの回転速度として曲率を定義し、接触円で可視化し、フルネ–セレの公式へ進みます。