数学の作り方 How to make Mathematics

第10章 アフィン接続と共変微分

曲がった空間で、ベクトルはどう微分するのか

ベクトル場を微分したい——各点のベクトルが、動くにつれてどう変化するかを知りたい。平らな Rn\mathbb R^n なら簡単: 成分ごとに微分すればいい。ところが曲面の上では困ります。pp 点の接ベクトルと、隣の qq 点の接ベクトルは 別々の接平面に住んでいる。向きの違う二枚の板の上のベクトルを、どうやって「引き算」して変化を測るのか。

たとえば球面上で、赤道に沿って接ベクトルを運ぶことを考えます。各点で「まっすぐ前」を指すベクトルも、球面の 接平面が場所ごとに傾いているので、素朴に成分を微分すると球面からはみ出してしまう。面の上に留まったまま 微分する新しい仕組みが要ります。それが共変微分です。

曲がった空間では、隣の点のベクトルは別の接平面に住む。素朴な成分微分は空間からはみ出す。面上で微分し直す道具が共変微分。

共変微分——はみ出しを接平面へ射影する

曲面での自然なアイデアは第8章で既に出ていました。ベクトル場を微分し、接平面成分だけを取り出す(法線方向の はみ出しを捨てる)。これを一般化・公理化したのがアフィン接続です。

定義 アフィン接続(共変微分)

多様体(や曲面)上のベクトル場に対する演算 \nabla:ベクトル場 X,YX,Y に新しいベクトル場 XY\nabla_X Y (「XX 方向に沿った YY共変微分」)を対応させ、次をみたすものをアフィン接続という。

  1. XX について関数線形:fX1+gX2Y=fX1Y+gX2Y\nabla_{fX_1+gX_2}Y=f\nabla_{X_1}Y+g\nabla_{X_2}Y
  2. YY について加法的・R\mathbb R 線形。
  3. (ライプニッツ則)X(fY)=(Xf)Y+fXY\nabla_X(fY)=(Xf)\,Y+f\,\nabla_X Y

条件 3 のライプニッツ則が肝です。X(fY)=(Xf)Y+fXY\nabla_X(fY)=(Xf)Y+f\nabla_X Y——「関数 ff の変化ぶん」と「ベクトル YY の 変化ぶん」に分かれる、いつもの積の微分。これにより \nabla は本物の“微分”としてふるまいます。局所座標では、 接続はクリストッフェル記号で表されます。

定義 クリストッフェル記号(接続係数)

基底ベクトル場 i=/ui\partial_i=\partial/\partial u^i に対し

ij=kΓijkk\nabla_{\partial_i}\partial_j=\sum_k\Gamma^k_{ij}\,\partial_k

で定まる Γijk\Gamma^k_{ij}接続係数(クリストッフェル記号)という。一般のベクトル場では XY=k(X(Yk)+ijΓijkXiYj)k\nabla_X Y=\sum_k\Big(X(Y^k)+\sum_{ij}\Gamma^k_{ij}X^iY^j\Big)\partial_k

第7章・第8章で現れた Γijk\Gamma^k_{ij} が、ここで「ベクトルを微分するときの補正項」として正体を現します。 XY\nabla_X Y の第一項 X(Yk)X(Y^k) は成分の素朴な微分、第二項 ΓijkXiYj\Gamma^k_{ij}X^iY^j が**「基底自身が動くぶんの補正」**。 平らな空間なら Γ=0\Gamma=0 で素朴な微分に戻ります。

注意 接続は“余分な情報”——多様体には元々ない

多様体論で見たように、なめらかな多様体それ自体には「ベクトルを微分する」標準的な方法がない (接続は構造として別途与える必要がある)。接続 \nabla を選んで初めて、平行・曲率・測地線が定義できる。 次章のリーマン計量は、この接続を一意に選び出す(レヴィ–チヴィタ接続)。いまは接続を一般的に扱っている。

平行移動——ベクトルを「向きを保って」運ぶ

接続があると、「ベクトルを曲線に沿って平行に運ぶ」ことが定義できます。平らな空間なら「向きを変えずに運ぶ」 だけですが、曲がった空間では共変微分がゼロになるように運ぶ、と定義します。

定義 平行移動

曲線 γ(t)\gamma(t) に沿うベクトル場 V(t)V(t)

γV=0\nabla_{\gamma'}V=0

をみたすとき、VVγ\gamma に沿って平行であるという。初期ベクトル V(0)V(0) を曲線に沿って平行に 運ぶ操作を平行移動という。

「共変微分がゼロ=面上で見て変化していない=平行」。第8章の測地線は、この言葉で言えば**「自分の接ベクトルを 平行移動しながら進む曲線」**(γγ=0\nabla_{\gamma'}\gamma'=0)——接ベクトルが平行に運ばれる、つまりまっすぐ。 測地線の定義が接続の言葉で書き直せました。

定理 平行移動は等長(計量接続なら)

リーマン計量と両立する接続(次章)では、平行移動はベクトルの長さと角度を保つ

平行移動は道に依存する——曲率の予兆

ここに、曲がった空間の核心が潜みます。平らな空間では、ベクトルを AA から BB へ平行移動した結果は、どの道を 通っても同じ。ところが曲がった空間では、通る道によって結果が変わるのです。

球面上の平行移動——45°ずれる

球面で、北極から赤道まで経線に沿って接ベクトルを平行移動し、赤道を 9090^\circ 進み、別の経線で北極に戻す。 すると、出発時のベクトルと**9090^\circ 回転してずれて**帰ってくる。閉じた道を一周したのに元に戻らない! このずれ角は、囲んだ領域の KdA\iint K\,dA(=この場合 π/2\pi/2)に等しい。平らな面(K=0K=0)なら決してずれない。

このズレこそが、面の曲がりの現れです。「閉じた道に沿って平行移動して戻ったときのベクトルの回転」が、 その道が囲む曲率を測る。ガウス–ボンネで「測地三角形の角の過剰=K\iint K」を見ましたが、平行移動のズレも 同じ K\iint K。曲率を測る方法がまた一つ増えました。この「一周のズレ」を無限小で捉えたものが、次章の 曲率テンソルです。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 接続は多様体に元から備わっていない。 「ベクトルの微分」には接続 \nabla の選択が要る。Γijk\Gamma^k_{ij} は 座標だけでは決まらず、接続を与えて初めて定まる。
  • Γijk\Gamma^k_{ij} はテンソルではない。 座標変換で余分な項が出る(接続係数特有)。だが二つの接続の差や、 Γ\Gamma から作る曲率(次章)はテンソルになる。
  • 平行移動は道に依存する。 曲がった空間では経路で結果が変わる。これが曲率の本質。「平行に運んだのに回転 している」のは矛盾ではなく、空間が曲がっている証拠。
  • 共変微分の第二項を忘れない。 XY\nabla_X Y は成分微分 X(Yk)X(Y^k) だけでなく補正 ΓijkXiYj\Gamma^k_{ij}X^iY^j を含む。 これを落とすと空間からはみ出す。

この章のまとめ

  • 曲がった空間では隣の点のベクトルが別の接平面に住むので、素朴な成分微分ができない。アフィン接続 \nabla(共変微分)が、はみ出しを補正して面上で微分する道具。局所係数がクリストッフェル記号 Γijk\Gamma^k_{ij}
  • 平行移動γV=0\nabla_{\gamma'}V=0)=共変微分ゼロで運ぶ。測地線は「接ベクトルを平行移動しながら進む」曲線 γγ=0\nabla_{\gamma'}\gamma'=0 と書ける。
  • 曲がった空間では平行移動が道に依存する。閉じた道を一周したベクトルの回転が、囲んだ KdA\iint K\,dA を測る。このズレを無限小化したのが次章の曲率テンソル。
  • 接続は多様体に別途与える構造。次章のリーマン計量が接続を一意に選ぶ。
  • 次章では、平行移動の道依存性=共変微分の非可換性を測るリーマン曲率テンソルを定義し、断面曲率としてガウス曲率を回収します。

次章では、共変微分の順序交換のズレとしてリーマン曲率テンソルを定義し、それが平行移動のズレ・断面曲率とどうつながるかを見ます。