第11章 曲率テンソルと断面曲率
曲率を「微分の非可換性」として捉える
前章で、曲がった空間では平行移動が道に依存し、閉じた道を一周するとベクトルが回転して戻る、と見ました。
この「道による違い」を無限小で捉えたい。二つの方向 X,Y に沿って共変微分する順序を変えると、結果が
変わるはず——∇X∇Y と ∇Y∇X の差が、曲率の正体です。
平らな空間なら微分の順序は交換可能(∂i∂j=∂j∂i)。曲がった空間では、共変微分に
補正項 Γ が入るせいで、順序を変えると差が出る。その差を測るのがリーマン曲率テンソルです。
曲率=共変微分の順序を変えたときのズレ ∇X∇Y−∇Y∇X。平らなら 0、曲がっていれば非ゼロ。
リーマン曲率テンソル
定義 リーマン曲率テンソル
ベクトル場 X,Y,Z に対し
R(X,Y)Z=∇X∇YZ−∇Y∇XZ−∇[X,Y]Zをリーマン曲率テンソルという。[X,Y]=XY−YX はリー括弧(座標基底では 0)。
座標基底 ∂i では R(∂i,∂j)∂k=∑lRkijl∂l で、Rkijl は
Γ とその微分で表される。
−∇[X,Y]Z の項は、X,Y が座標基底でないときに「X,Y 自身が可換でないぶん」を補正するためのもの
(座標基底 ∂i,∂j なら [∂i,∂j]=0 で消える)。これを入れることで、R(X,Y)Z は
各点の X,Y,Z の値だけで決まるテンソルになります(微分の非可換性が、なぜか微分でなく純粋な代数的量になる
——これが「テンソルである」ことの中身)。
定理 $R$ はテンソルである
R(X,Y)Z は X,Y,Z の各々について関数線形。すなわち R(fX,Y)Z=fR(X,Y)Z などが成り立ち、p 点での値は
Xp,Yp,Zp だけで決まる(微分の履歴によらない)。
証明
定義の三項に、共変微分のライプニッツ則 ∇X(fZ)=(Xf)Z+f∇XZ を代入して展開すると、f の微分
(Xf),(Yf) を含む項が −∇[X,Y]Z の項の [X,Y]f とちょうど相殺し、f 倍の項だけが残る。ゆえに関数線形。
微分項が消えるのが −∇[X,Y]Z を入れた御利益。∎
∎
曲率テンソルの対称性
R には美しい対称性があります(計量と両立する接続の場合)。これらは断面曲率やアインシュタイン方程式で本質的。
定理 曲率テンソルの対称性
Rijkl=⟨R(∂k,∂l)∂j,∂i⟩ と書くと、
- 反対称:Rijkl=−Rjikl=−Rijlk。
- 対交換:Rijkl=Rklij。
- 第一ビアンキ恒等式:Rijkl+Riklj+Riljk=0。
これらの対称性のおかげで、n 次元での曲率テンソルの独立成分は 12n2(n2−1) 個に減ります。
2 次元(曲面)ではたった**1 個**——それがガウス曲率 K です。3 次元で 6 個、4 次元(時空)で 20 個。
一般相対論はこの 4 次元の曲率を重力として扱います。
断面曲率——ガウス曲率の一般化
高次元では曲率は方向の組(2 次元の面)ごとに値をもちます。接空間内の 2 次元平面を選び、その平面の曲がりを
測るのが断面曲率。これが曲面のガウス曲率をまっすぐ一般化します。
定義 断面曲率
接空間内の一次独立な X,Y が張る 2 次元平面 σ に対し
Sec(σ)=∣X∣2∣Y∣2−⟨X,Y⟩2⟨R(X,Y)Y, X⟩を断面曲率という。分母は X,Y が張る平行四辺形の面積の 2 乗(規格化)。
定理 曲面では断面曲率=ガウス曲率
2 次元曲面では、断面曲率は接平面そのものの曲がりで、ガウス曲率 K に一致する。
Sec(TpS)=K(p).
これで円環が閉じます。第6章で外在的に定義したガウス曲率 K、第7章で内在的だと判明した K、そして
いま接続と曲率テンソルから内在的に定義した断面曲率——すべて同じ K です。曲面のガウス曲率は、リーマン
曲率テンソルという高次元の枠組みの中で、2 次元の断面曲率として自然な居場所を得ました。
注意 平行移動のズレとの関係を回収
前章の「閉じた道を一周した平行移動のズレ」を無限小の平行四辺形(X,Y が張る)で測ると、ちょうど
R(X,Y) が回転を生成する。ズレ角 ≈Sec(σ)×(面積)。ガウス–ボンネの「角の過剰=
∬K」も、この平行移動のズレの積分版。曲率を測る三つの現れ——角の過剰・平行移動のズレ・曲率テンソル——
がすべて K で一致する。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 曲率テンソルは「微分の非可換性」。 平らな空間で 0、曲がった空間で非ゼロ。∇X∇Y−∇Y∇X の
差が本質で、−∇[X,Y] はテンソル化のための補正。
- R はテンソル(各点の値で決まる)。 微分を含む定義なのに、展開すると微分項が消えて各点の代数量になる。
「非可換性という現象が、点ごとの数に凝縮される」のが要点。
- 断面曲率は 2 平面ごとの量。 高次元では一つの数でなく、選んだ 2 次元平面に依存する。曲面は 2 次元
そのものだから一つの数 K。
- Γ はテンソルでないが R はテンソル。 接続係数の非テンソル的な変換のズレが、曲率を作るときに相殺
してテンソルになる。
この章のまとめ
- リーマン曲率テンソル R(X,Y)Z=∇X∇YZ−∇Y∇XZ−∇[X,Y]Z は、共変微分の順序交換のズレ=平行移動の道依存性を測る。展開すると微分項が消え、各点で決まるテンソルになる。
- 反対称・対交換・ビアンキ恒等式の対称性をもち、独立成分は 12n2(n2−1) 個(2 次元で 1 個=K、4 次元で 20 個=一般相対論)。
- 断面曲率 Sec(σ) はガウス曲率の高次元一般化で、曲面では K に一致。第6・7章の K、平行移動のズレ、ガウス–ボンネがすべて同じ K で結ばれる。
- 次章(最終章)では、ここまでの内在幾何を振り返り、計量が接続を一意に定める(レヴィ–チヴィタ)話を通じて、リーマン幾何学と一般相対論への橋を渡します。
最終章では、微分幾何学の全体像を内在幾何の視点で総括し、リーマン幾何学・一般相対論への展望を描きます。