第9章 ガウス–ボンネの定理
局所の曲がりを全部足すと、何が残るか
これまで、ガウス曲率 は各点ごとの局所的な量でした。では、 を面全体で積分したら何が出るでしょう。 面をぐにゃぐにゃ変形すれば は各点で変わります。膨らみを移せば の分布も動く。ところが——その総和 は、面の形をどう変えても変わらない。しかも、その値は面の「穴の数」という純粋に位相的な量 だけで決まる。これがガウス–ボンネの定理、微分幾何と位相幾何を結ぶ金字塔です。
第3章の予告——「局所の曲率を積分すると大域の整数が現れる」(回転数)——が、ここで曲面版として完成します。
。局所の曲率を全部足すと、面の形によらず、穴の数だけで決まる整数(オイラー標数)になる。
まず三角形で体感する:角の過剰
大域の定理に入る前に、いちばん小さな場合——測地三角形(辺が測地線の三角形)で感覚を掴みましょう。 平面の三角形は内角の和が必ず 。でも曲がった面では違います。下で球面の測地三角形を大きくして みてください。
三角形を大きくすると、内角の和が を超えていきます。その超過分(角の過剰)が、ちょうど三角形の面積 に等しい。球面()では常に 超え、鞍面()なら 未満になります。 「三角形の内角の和が でない」——これこそ、面の上のアリが内在的に曲率を検知する方法(第7章の 驚異の定理の実演)です。角度を測るだけで、面の曲がりが分かる。
定理 局所ガウス–ボンネ(測地三角形)
測地線を辺とする三角形 (内角 )に対し
左辺は角の過剰、右辺はその三角形上のガウス曲率の積分。
球面(半径 、)なら、面積 の測地三角形の内角の和は 。単位球()では 過剰=面積そのもの(上の実演で確認できます)。この一点の等式を面全体に貼り合わせると、次の大域定理になります。
一般化:境界のある領域
三角形を、なめらかな境界と角をもつ一般の領域に拡張します。境界の曲がり(測地的曲率)と角も勘定に入れます。
定理 ガウス–ボンネの定理(局所版)
面上の単連結な領域 が、区分的になめらかな境界 (外角 )をもつとき
(:内部の曲がり、:境界の面内の曲がり、:角での折れ。)
測地三角形なら境界は測地線で 、外角 。代入すると 、整理して ——上の角の過剰の式に戻ります。 局所版は、三つの寄与(内部の曲率・境界の曲率・角)を合わせるとつねに 、という保存則です。
大域版:曲率の総和は穴の数で決まる
境界のない閉じた面(球面・トーラスなど)に貼り合わせると、境界項が消え、右辺にオイラー標数が現れます。
定理 ガウス–ボンネの定理(大域版)
コンパクトで境界のない向き付き曲面 に対し
ここで はオイラー標数( は種数=穴の数)。
証明
を測地三角形(またはなめらかな三角形)に分割する(三角形分割 頂点・ 辺・ 面)。各三角形で局所 ガウス–ボンネ を足し合わせる。全内角の和は、各頂点まわりで になるので 。 は三角形ごとなので 。辺の勘定(各三角形 辺、各辺 三角形で共有 )を使って 整理すると
( より の調整で が現れる。) は 位相幾何のオイラー標数で、三角形分割によらない位相不変量。∎
結論の破壊力を味わってください。左辺 はなめらかな幾何(曲率の積分、面を変形すれば局所的には いくらでも変わる)。右辺 はかたい位相(穴の数だけで決まる整数)。この二つが恒等的に等しい。
例 球面・トーラスで確かめる
- 球面 : なので 。実際、半径 で 、面積 、積 。 に よらない! どんなに歪んだ卵形でも、 の積分は必ず 。
- トーラス(ドーナツ):。外側()と内側()の曲率がちょうど打ち消し合う。
- 種数 の面(二つ穴):。穴が多い面は「平均的に鞍型」。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 曲率の総和は形によらない。 卵をどう変形しても 。局所的には が変わっても、積分すると 位相で固定される。「膨らみを増やせば別の場所で凹む」ぶんが相殺。
- 球で三角形の内角和 > 180°、鞍で < 180°。 過剰=面積 × なので の符号で決まる。平面()でのみ ちょうど 。
- は穴の数だけで決まる。 球 ・トーラス ・二つ穴 。曲率の細部は無関係。位相が幾何の 総和を支配する。
- 向き付け可能・コンパクトが前提。 メビウスの帯などには大域版はそのまま使えない( の扱いが変わる)。
この章のまとめ
- ガウス–ボンネの定理 :局所のガウス曲率を面全体で積分すると、位相不変量(オイラー標数 、穴の数)だけで決まる整数になる。なめらかな幾何とかたい位相の橋。
- 芽は測地三角形の角の過剰 (面上で角を測れば内在的に曲率が分かる、驚異の定理の実演)。局所版は「内部の曲率+境界の曲率+角=」。
- 証明は三角形分割+局所版の貼り合わせで、 が現れる(位相幾何と接続)。
- 卵は必ず 、トーラスは 。曲率の総和は形によらず穴の数で固定。
- 曲面論の集大成はここまで。次章からは、内在幾何を面から一般の空間へ運ぶための言葉——アフィン接続と共変微分——を導入し、リーマン幾何学への橋を架けます。
次章では、曲がった空間でベクトルを「平行に運ぶ」ための道具——アフィン接続と共変微分、平行移動——を導入します。