第7章 ガウスの驚異の定理
「外を見なくても曲がりが分かる」という衝撃
前章で、ガウス曲率 を主曲率の積として定義しました。主曲率は法線の動き(ワインガルテン写像) から来る外在的な量——面が 次元空間の中でどう反っているかを見て決めたものです。だから常識的には、 を知るには面を外から眺めるしかないはず。
ところがガウスは、 が第一基本形式 (内在的な量)だけで決まることを発見しました。つまり、 面の上に住むアリが、空間を一切見ずに、面の上の距離だけを測って計算すれば、ガウス曲率が分かる。ガウス自身が これを “Theorema Egregium”(驚異の定理、際立った定理)と名づけたほどの衝撃でした。
ガウス曲率 は、外在的に定義したのに内在的に決まる。面の上の距離(第一基本形式)だけで、面の曲がりが分かる。
何が驚きなのか——たとえで掴む
紙を思い浮かべてください。平らな紙は 。これを丸めて円柱にしても、紙の上の図形の距離は変わりません (破らず曲げただけ)。だから第一基本形式は平面と同じ、 のまま——実際、円柱は放物的で でした。 これは「 が破らずに曲げても変わらない(内在的)」ことと整合します。
では球面はどうか。球面()は、どう頑張っても平らな紙に破らず広げられない。逆に平らな紙を球に貼ろうと すると必ずシワや破れができる。地図が必ず歪むのはこのため。 が違う面どうしは、伸び縮みなしには移り合えない のです。驚異の定理は、この「地図製作者の悩み」を数学的に言い切ります。
注意 平面と円柱は“同じ”、平面と球は“違う”
内在幾何(第一基本形式)の立場では、平面と円柱は同一(破らず曲げただけ、 同士)。だが平面と球面は 別物( と )。「切ったり伸ばしたりせずに重ねられるか」=第一基本形式が一致するか、を が 判定する。ピザを折ると曲げにくくなる(一方向を曲げると 保存のため他方向が固くなる)のも驚異の定理の帰結。
驚異の定理
定理 ガウスの驚異の定理 (Theorema Egregium)
ガウス曲率 は第一基本形式 とその導関数だけで表せる。したがって は内在的であり、 第一基本形式を保つ写像(等長写像)で不変である。
証明の全体は計算が重いので骨格を示します。鍵は「面の反り方(第二基本形式)」と「面上の内在的な微分」を つなぐ適合方程式です。
証明
方針:位置ベクトルの二階微分 を、基底 で展開する:
接成分の係数 をクリストッフェル記号という。これは第一基本形式 とその 微分だけで書ける(内積 が の微分で表せるため。内在的)。
適合条件:三階微分の順序交換 (偏微分は順序によらない)を、上の展開に当てはめて 係数比較する。 成分の比較からコダッチ方程式、 成分の比較から ガウス方程式が出る。ガウス方程式は
左辺を で割ると 。右辺は (= の式)だけ——つまり は第一基本形式だけで表せる。外在的に見えた が、内在的な量に等しいと判明した。∎
証明の心は「三階微分の順序交換」という、ごく当たり前の事実です。 を書き下すと、 面の反り(第二基本形式)と面上の内在的な曲がり(クリストッフェル記号)の間に、成り立たねばならない関係 (ガウス方程式)が生まれる。その関係が、外在的な を内在的な式に縛りつけるのです。当たり前の対称性から 驚異が出てくる——これが証明の醍醐味です。
注意 クリストッフェル記号は内在的な“接続”の芽
は「面上でベクトルを平行に運ぶとき、どう補正するか」を表す量。第一基本形式だけで決まる内在的な 情報で、第10章のアフィン接続・共変微分へと一般化される。驚異の定理は、内在幾何が独立した豊かな世界である ことの最初の証拠——この気づきがリーマン幾何学を生んだ。
内在的に を測る方法
驚異の定理は「 が内在的」と言うだけでなく、面の上の測定だけで を実際に取り出せることを意味します。 代表的なのが、小さな円や三角形の“ずれ”を測る方法です。
定理 内在量としての $K$(局所ガウス–ボンネの芽)
面上の点 を中心とする半径 の測地円(面上で測って半径 )の周長 と面積 は
平面()なら ちょうど。 なら周長が短めに、 なら長めになる。
球面上に小さな円を描くと、平面のときより周長がわずかに足りない()。鞍の上ならはみ出す()。 アリはこの“ からのずれ”を測るだけで、自分のいる面の曲がり を知る。次章の測地三角形の 内角の和が からずれる現象(第9章のガウス–ボンネで体感)も、同じ内在的な の現れです。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 内在的になるのは (積)だけ。 主曲率 個々や平均曲率 は外在的なまま。円柱は (平面と内在的に同じ)だが (平面と違う)。積と和で運命が分かれる。
- 「内在的」=面の上の距離だけで決まる、の意味。 空間への埋め込み方に依らない。等長写像(第一基本形式を保つ 写像)で不変。外から眺める必要がない。
- 等長 ≠ 合同。 平面と円柱は等長(内在的に同じ)だが、空間内では合同でない(見た目が違う)。等長は 「破らず伸ばさず曲げただけ」の関係。
- 地図が歪むのは数学的必然。 が違う面(球と平面)は等長にできない。だからあらゆる世界地図は必ず 面積か角度か距離のどれかを歪める。メルカトル図法の面積歪みはこの定理の帰結。
この章のまとめ
- ガウスの驚異の定理:外在的に定義したガウス曲率 が、実は第一基本形式 (内在的)だけで決まる。 の右辺が内在量に等しい。
- 証明の核は三階微分の順序交換 から出るガウス方程式。当たり前の対称性が驚異を生む。クリストッフェル記号は内在的な接続の芽(第10章へ)。
- 帰結: が違う面は等長にできない(球と平面)。だから地図は必ず歪む。小さな円の周長の からのずれで、アリは内在的に を測れる。
- 内在幾何の独立性の発見が、リーマン幾何学と一般相対論への扉を開いた。
- 次章では、面上の「まっすぐな線」=測地線を定義し、内在幾何のもう一つの主役を手に入れます。
次章では、面の上での「最短経路・まっすぐな道」=測地線を、測地的曲率ゼロの曲線として定義し、その方程式を導きます。