第2章 横断性
平面上で二本の直線は、普通は一点で交わります。でも平行なら交わらず、重なれば線で交わる——これらは 「例外的」で、少しずらせば消えてしまう。空間内で二つの曲面は普通は曲線で交わり、二本の曲線は普通は 交わりません。この「普通の交わり方」を厳密にした概念が横断性です。微分位相幾何の全編を貫く 「一般の位置で考える」という発想の中心にあり、前章のサードの定理がその実現を保証します。
素直な交わり = 接空間が空間全体を張る
何をもって「素直な交わり」とするか。鍵は交点での接空間です。二本の直線が一点で交わるとき、 二つの方向ベクトルは平面全体を張ります。平行だと同じ方向で、平面を張れない。この違いを一般化します。
定義 横断性
多様体 の中の二つの部分多様体 が横断的に交わる()とは、交わりの 各点 で、接空間が の接空間全体を張ること:
(和は張る空間で、直和とは限らない。 なら空虚に横断的。)
写像版:なめらかな が部分多様体 に横断的()とは、
となる各 で 。
条件 は「二つの接空間を合わせれば、周りの空間の全方向がまかなえる」。次元で見ると、 でないと和が全体を張れないので、次元が足りないと横断的な交わりは空になります (空間内の二曲線 は普通交わらない、が典型)。逆に足りていれば、横断的な交わりは期待どおりの 次元を持ちます。
定理 横断的な逆像・交わりは部分多様体
なら、逆像 は の部分多様体で、余次元は の余次元に等しい:
、すなわち 。
特に なら は部分多様体で 。
前章の正則値定理は、この定理で を一点にした特別な場合です(一点の余次元は 、 は が正則値であること)。証明も同じ精神: を局所的に「いくつかの座標 」で表し、その座標たちを と合成すると、横断性がちょうど合成写像の全射性(正則値の条件)になる。横断性は正則値の一般化であり、 「素直に交われば、交わりはきれいな多様体」という一言に尽きます。
横断性は安定で、しかも普遍的
横断性が「普通の(一般の)状態」であることには、二つの意味があります。安定性(横断的なら少し動かしても 横断的なまま)と稠密性(横断的でなくても、少し動かせば横断的にできる)。後者こそが前章のサードの果実です。
定理 トムの横断性定理(摂動で横断的にできる)
なめらかな と部分多様体 に対し、 にいくらでも近い(かつホモトピックな)写像 で となるものが存在する。すなわち横断性は 位相で稠密。 についても、 を微小に動かして にできる。
証明 (着想)
を人工的に多くのパラメータ で揺らした族 を作り、 自身が に横断的になるように仕込む (例: なら と平行移動で揺らす。 で微分すれば全方向に動くので )。 すると各 を固定した が に横断的になる条件は、「 が、 を に落とした写像の正則値で あること」と一致する。サードの定理よりそんな はほとんどいたるところにあり、 で に近い が とれる。
「揺らして、サードで良いパラメータを拾う」——この論法が横断性定理の心臓で、以後くり返し使われます。 帰結は絶大です。交わりや逆像を考えるとき、いつでも横断的な状況に置き換えてよい。退化した交わり (接して交わる、余分に重なる)は摂動で消せるので、「一般の位置」だけを相手にすればよい。 これが「写像度」や「交叉数」といった不変量を、退化を気にせず定義できる理由です。
横断性が生む「数える」不変量
横断性のいちばんの果実は、交わりが離散的な点になったとき、その点を数えられることです。 (相補的な次元)で なら、 は 次元=孤立した点の集まり。 がコンパクトなら有限個。この個数が、摂動しても(ホモトピーで動かしても)変わらない不変量に なります——これが次章以降の主題です。
たとえば がコンパクトで 、 の余次元条件を満たせば、 は有限個の点。 その個数の偶奇はホモトピー不変(第4章 mod 2 写像度)、向きまで込めた符号付きの個数は整数の不変量 (第5–6章 写像度・交叉数)になります。横断性は「数えられる状況」を作り出す装置なのです。
注意 つまずきポイント
- 横断的 = 交わらない、ではない。 も横断的(空虚に条件成立)。横断性は「交わるなら 素直に交わる」という条件。接して交わる()のが非横断的。
- 次元が足りないと横断=交わらない。 で横断的なら 。空間内の 二曲線が普通は交わらないのはこれ。「一般の位置では交わらない」ことも横断性の一部。
- 横断性は接空間の和**()であって直和ではない。** 交わりの接空間 が ちょうど になり、次元が帳尻合わせ()で決まる。
この章のまとめ
- 横断性 :交点で (接空間が全体を張る=素直な交わり)。写像版は 。正則値定理の一般化。
- 横断的なら逆像・交わりは部分多様体で、次元は 。次元が足りなければ交わりは空。
- トムの横断性定理:摂動すれば必ず横断的にできる(サードの果実、「揺らしてサードで拾う」)。だから常に 一般の位置で考えてよい。相補次元なら交わりは有限個の点となり、数える不変量の源になる。
一般の位置で交わりが有限個の点になりました。次章はまず「多様体は結局どこに住んでいるのか」に答えます—— ホイットニーの埋め込み定理:任意の 次元多様体は (実は )の中に実現できる。