第3章 ホイットニーの埋め込み定理
多様体論では、多様体を「チャートを貼り合わせた抽象的な空間」として定義しました。周りの空間に 入っていなくてもよい、内在的な定義です。でも素朴な疑問が残ります——そんな抽象的な多様体は、結局 ユークリッド空間のどこかに実現できるのか? 答えはイエス。ホイットニーの定理は「 次元多様体はすべて の中の部分多様体として実現できる」と保証します。前章の横断性が、その証明の主役です。
はめ込みと埋め込み
「多様体を の中に実現する」には、写像 が二つの意味で“つぶれない”必要があります。
定義 はめ込み・埋め込み
なめらかな がはめ込みとは、各点で が単射(局所的につぶれない)。 埋め込みとは、はめ込みかつ が像への同相写像(大域的にも自己交差せず、位相もつぶさない)。
はめ込みは「局所的にはきれいだが、遠くで自分と交わってよい」。平面上の の字(一点で自己交差する曲線)や、 に描いたクラインの壺は、はめ込みだが埋め込みでない例です。埋め込みは自己交差も許さず、 を の中に部分多様体としてそっくり実現します。目標は「任意の を、ある に埋め込む」こと。 問題は次元 をどこまで小さくできるかです。
まず易しい場合:コンパクト多様体を高次元へ
出発点として、 がコンパクトなら、とにかくどこかのユークリッド空間に埋め込めることを見ます。これは 多様体論の** の分割**を使えばすぐです。
定理 コンパクト多様体の埋め込み(粗い版)
コンパクト 次元多様体 は、十分大きな に対し に埋め込める。
証明 (着想)
を有限個のチャート で覆う(コンパクト)。 の分割 ( に台を持つ)を とり、各チャートの座標 を で切り貼りした を作る。各点は少なくとも 一つのチャートで座標がそのまま効くので ははめ込み、 の情報で点も区別でき単射。コンパクトだから 連続単射は像への同相=埋め込み。
これで「どこかには埋め込める」。次の問いは「 を まで下げられるか」。ここで横断性が本領を発揮します。
次元を下げる:射影と横断性
高次元 に埋め込めたら、余分な方向へ射影して潰すことで次元を下げたい。ただし、下手に潰すと 二点が重なったり(単射性が壊れる)、接方向が潰れたり(はめ込みが壊れる)します。「潰しても壊さない射影方向」は どれくらいあるか——それを数えるのが横断性・サードの議論です。
定理 ホイットニーの埋め込み定理(易しい版)
任意の(第二可算な) 次元多様体 は に埋め込め、 にはめ込める。
証明 (射影の可算次元勘定)
( 大)から、単位ベクトル 方向を潰す射影 を考える。 が単射でなくなるのは、 相異なる二点 で が に平行なとき。写像 の像は、定義域が 次元( の対角の外)だから、、すなわち ならサードの定理より像は測度 、 避けられる が存在する。同様に がはめ込みを壊すのは がある接ベクトル方向のとき——これも 接束( 次元)からの写像の像で、 なら避けられる。両方避ける を選んで一次元落とす操作を、 (埋め込み)/(はめ込み)まで繰り返せる。
証明の心は次元の勘定です。「二点が重なる悪い方向」の集合は 次元、周りは 次元。 が より 大きければ、悪い方向は測度 で必ず避けられる——だから を まで下げられる。前章の 「揺らしてサードで良いパラメータを拾う」が、ここでは「良い射影方向を拾う」として働いています。 横断性・サードが、抽象多様体を具体的なユークリッド空間の図形に変える力を持つのです。
注意 強形:ℝ^{2n} への埋め込み(ホイットニーのトリック)
実はホイットニーは後に、埋め込みも まで下げられることを示した()。上の議論だと では自己交差点が孤立して残りうる( で相補次元、交点は 次元)。それを、符号が逆の 交点対をホイットニーのトリックという幾何的操作で消し去る。この「符号付きで数え、対を消す」発想こそ、 第5–6章の写像度・交叉理論、さらに高次元ポアンカレ予想(第12章)の証明の原型になった。次元 は最適で、 たとえばクラインの壺()は に埋め込めるが には埋め込めない。
なぜこの定理が効くのか
ホイットニーの定理は、微分位相幾何に二つの視点の自由な行き来をもたらします。多様体を「抽象的に (内在的に)」扱ってもよいし、「 の部分多様体として(外在的に)」扱ってもよい——両者は同じもの。 だから、抽象多様体の問題を、必要なら の中に埋め込んで、法束・管状近傍・射影といった 外在的な道具で料理できます。逆に、外在的に見えた性質が実は内在的(埋め込み方に依らない)だと分かることもある。
とりわけ次章以降で使うのは、埋め込まれた多様体の管状近傍(多様体を少し太らせた近傍が、法束と微分同相に なる)です。これがベクトル場・写像度・交叉数を扱う舞台を用意します。「すべての多様体は に住める」 という安心が、以後の議論の下敷きになるのです。
注意 つまずきポイント
- はめ込み ⊊ 埋め込み。 はめ込みは局所的な単射( 単射)だけ。大域的な自己交差や、像の位相の つぶれ( を の字に巻く等)は許す。埋め込みは像への同相まで要求。
- コンパクトなら「はめ込み+単射連続=埋め込み」。 非コンパクトだと単射はめ込みでも埋め込みと限らない (像が自分に漸近する例)。粗い版でコンパクト性を使ったのはこのため。
- 次元 ()は横断性の帰結であって天下りでない。 「悪い方向の集合が 次元」という勘定から出る。 相補次元で自己交差が孤立点として残るのが 、それを消すのがホイットニーのトリック。
この章のまとめ
- はめ込み( 単射)と埋め込み(はめ込み+像への同相)を区別。多様体を に実現するとは埋め込むこと。
- コンパクト多様体は** の分割で高次元に埋め込め、そこから射影+サード**で次元を落とし、 に埋め込み・ にはめ込み(ホイットニー)。強形は 埋め込み。
- 抽象的(内在的)と部分多様体(外在的)の視点が自由に行き来できる。管状近傍などの外在的道具が使えるようになる。
多様体の住処が定まりました。ここからは横断性が生む「数える」不変量へ。次章はまず、交わりの個数の偶奇という 最もシンプルな不変量——mod 2 写像度を作り、レトラクトの非存在やブラウワーの不動点定理を証明します。