第4章 mod 2 写像度
前章までで「横断的にすれば、相補次元の逆像は有限個の点」になりました。この点の個数を不変量にしたい。 ただし個数そのものは、写像を少し動かすと(点が対で生まれたり消えたりして)変わってしまう。ところが 偶奇なら変わらない——生まれる/消えるのは必ず対だからです。これが、向きすら要らない最もシンプルな 不変量mod 2 写像度。単純ですが、そこからブラウワーの不動点定理という大定理が転がり出ます。
逆像の個数の偶奇は不変
舞台を設定します。 をコンパクトな 次元多様体(境界なし)、 を連結な 次元多様体(同じ次元!)、 をなめらかな写像とします。 が正則値なら、 は 次元コンパクト=有限個の点 (正則値定理+コンパクト性)。その個数を と書きます。
定義 mod 2 写像度
上の設定で、正則値 に対し
を のmod 2 写像度という。
これが不変量であるためには、二つの独立性を確かめねばなりません。 正則値 の選び方に依らない、 をホモトピーで動かしても変わらない。両方の根拠は同じ一つの補題です。
定理 mod 2 写像度の well-defined 性とホモトピー不変性
は正則値 の取り方に依らず、 のホモトピー類のみで定まる。
証明 (境界での勘定=classification of 1-manifolds)
鍵は「コンパクトな 次元多様体は、円と閉区間の有限個の和」という素朴な分類定理と、その系
「境界点の個数は偶数」。
をホモトピー でつなぐ。共通の正則値 をとり(サードで存在)、
も に横断的にできる。すると はコンパクトな** 次元多様体**で、その境界は
上、すなわち と の点たち。 次元多様体の境界点は偶数個だから
、つまり 。同じ論法で の取り替えにも不変
(二つの正則値を の中の道でつなぎ、その上の逆像がまた 次元多様体になる)。
美しい証明です。「逆像を一次元上げると弧になり、弧の端点は偶数個」——この一言で、点が対で生滅することが 保証され、偶奇が不変になる。 次元多様体の端点勘定が、不変量の背骨なのです。ホモトピー不変ということは、 は の連続的な変形をすべて無視した、大域的な位相の指紋だということです。
すぐ効く例
定数写像は、正則値 を像の外にとれば で 。だから の写像は、定数写像にホモトピックでない——連続変形で一点に潰せない。これだけで 「潰せなさ」を検出できます。
円周の写像 は、一般の点の逆像が 個なので 。 奇数回巻けば 、偶数回なら 。恒等写像()は で、定数写像と区別されます。 (向きまで数えれば「ちょうど 」になる——次章の整数値写像度です。)
ブラウワーの不動点定理
mod 2 写像度の最初の大きな果実。まず「境界へ押し戻せない」ことを示し、そこから不動点を導きます。
定理 レトラクトの非存在
円板 から境界球面 へのレトラクション——境界を各点固定する連続写像 ()——は存在しない。
証明
なめらかな場合で示す(連続の場合は近似)。もし が存在すれば、境界 上で は恒等写像。 恒等写像 は (正則値の逆像が一点)。一方 は円板全体 に 拡張されているので、 上の は「 を通って一点写像へホモトピック」——境界を円板の中心へ 縮めれば、 は定数写像にホモトピックになり 。 で矛盾。
「境界を固定したまま円板を境界へ押し出すことはできない」。太鼓の皮を、縁を留めたまま縁だけに寄せることは できない、という直感の厳密化です。ここから不動点定理は一瞬です。
定理 ブラウワーの不動点定理
連続写像 は必ず不動点()を持つ。
証明
不動点が無いと仮定すると、各 で 。 から へ向かう半直線を延ばし、境界 と 交わる点を とすると、 は連続で、 が既に境界上なら ——レトラクションに なる。前定理よりこれは存在しない。ゆえに不動点は必ずある。
「かき混ぜたコーヒーの、どこか一点は元の位置に戻っている」「地図を床に落とすと、地図上のある点が 真下の実際の地点の真上にある」——ブラウワーの定理の日常的な言い換えです。経済学の均衡存在証明や ゲーム理論のナッシュ均衡にも使われる、応用の広い定理が、逆像の偶奇という素朴な不変量から出ました。
注意 つまずきポイント
- は「同じ次元 」でのみ定義。 次元が違うと逆像は 次元にならない。 さらに はコンパクト境界なし、 は連結が要る。
- 偶奇でしか不変にならない(向きなし)。 個数そのものはホモトピーで変わる(対生成・対消滅)。向きを 入れて符号付きで数えると、個数そのものが不変になる(次章の整数値写像度)。 はその向きを忘れた版。
- 証明の要は「 次元多様体の境界は偶数個の点」。 ホモトピーの逆像を一次元上げると弧の集まりになり、 端点が対をなす。この端点勘定が不変性のすべて。
この章のまとめ
- 、 コンパクト境界なし・ 連結で、正則値の逆像の個数の偶奇 が ホモトピー不変。根拠は「 次元多様体の境界点は偶数個」。
- なら定数写像に潰せない。 は 。
- レトラクトの非存在( の矛盾)→ブラウワーの不動点定理。素朴な偶奇から応用の広い大定理が出る。
偶奇だけでも強力でした。次章は向きを導入し、逆像の点に の符号を付けて数える——整数値の ブラウワー写像度へ。奇偶より細かく、代数学の基本定理まで一撃で証明します。