第5章 向きとブラウワー写像度
前章の mod 2 写像度は「点の個数の偶奇」でした。ここに向きという情報を足すと、逆像の各点に +1 か −1 かの
符号がつき、符号付きの個数——整数値のブラウワー写像度が得られます。偶奇より遥かに細かく、
「z↦zk の写像度はちょうど k」を捉え、代数学の基本定理を一撃で片づけます。鍵は、逆像の点で
微分が向きを保つか反転するか、という一点です。
符号付きで数える
M,N を向き付けられた同じ次元 n のコンパクト連結多様体(M は境界なし)とし、f:M→N、
y を正則値とします。f−1(y) の各点 x で、微分 dfx:TxM→TyN は正則値だから同型。同型は
向きを保つ(正の基底を正の基底へ)か、反転するかのどちらかです。
定義 符号と写像度
正則点 x∈f−1(y) の符号を、dfx が向きを保つとき sgn(x)=+1、反転するとき −1
と定める(ヤコビ行列式の符号)。ブラウワー写像度を
deg(f)=x∈f−1(y)∑sgn(x) ∈Zで定める。
偶奇では「点が対で生まれて消える」ので個数が変わりました。向きを入れると、対で生まれる二点は必ず符号が
逆(一方が +1、他方が −1)——だから符号付きの和では打ち消し合い、個数そのものが動いても deg は
変わらない。deg2 が「向きを忘れて mod2 で潰した」ものだったと分かります(deg(f)mod2=deg2(f))。
定理 写像度の well-defined 性とホモトピー不変性
deg(f) は正則値の取り方に依らず、f のホモトピー類のみで定まる整数。
証明は前章とまったく同じ骨格——ホモトピー F の逆像 F−1(y) が向き付き 1 次元多様体(弧の集まり)に
なり、各弧の両端の符号が逆になる(向き付き 1 次元多様体の境界は、符号を込めて足すと 0)。だから
deg(f0)−deg(f1)=0。偶奇の「境界点は偶数個」を、「符号付き境界の和は 0」に精密化しただけです。
向きが、偶奇を整数へ格上げします。
球面の写像度と基本例
z↦zk(S1→S1) の写像度はちょうど k。k>0 なら各逆像点で向きを保つ(+1 が ∣k∣ 個)ので
deg=k、k<0 なら向きを反転して deg=k。前章の deg2=kmod2 を細分し、巻き数そのものを捉えます。
一般に deg(f) は「f が N を何回覆うか(符号付き)」の直感——位相幾何の巻き数の
高次元版です。
恒等写像 deg(id)=1、定数写像 deg=0、対蹠写像 a:Sn→Sn, x↦−x は
deg(a)=(−1)n+1(各座標を反転、n+1 個の反転で行列式 (−1)n+1)。この対蹠写像の写像度が、
毛玉の定理(第7章)を左右します:Sn 上に至る所 0 でないベクトル場があると恒等写像と対蹠写像が
ホモトピックになり deg が一致、(−1)n+1=1 すなわち n が奇数——偶数次元球面では不可能、が導けます。
代数学の基本定理を一撃で
写像度の威力を示す、最も鮮やかな応用です。「複素係数の n 次多項式は必ず根を持つ」——代数の定理が、
微分位相幾何で落ちます。
定理 代数学の基本定理
複素係数のモニック多項式 p(z)=zn+an−1zn−1+⋯+a0(n≥1)は C に根を持つ。
証明
p をリーマン球面 S2=C∪{∞} の自己写像 p^:S2→S2 に拡張する
(p^(∞)=∞)。p^ はなめらか。この写像度を計算する。p を、最高次項だけの
q(z)=zn へホモトピーでつなぐ:pt(z)=zn+t(an−1zn−1+⋯+a0)(t:1→0)。大きな円の外では
最高次項が支配するので、このホモトピーは S2 上でうまく定義でき、deg(p^)=deg(q^)。
ところが q(z)=zn の写像度は n(z↦zn は一般の値を n 個の点から覆い、複素微分は向きを保つので
すべて +1)。よって deg(p^)=n≥1=0。写像度が 0 でない写像は全射(像が全体でなければ、像の外の
正則値の逆像が空で deg=0 になってしまう)。ゆえに p^ は全射、特に 0 を値にとる——p(z)=0 の根が存在する。
∎
証明の心臓は「deg=0⇒ 全射」。写像度は「符号付きで何回覆うか」だから、0 でなければ
どの値も少なくとも一回は覆う。多項式の写像度が最高次数 n に等しいこと(ホモトピーで zn に化ける)と
合わせて、根の存在が出る。複素解析ではリウヴィルの定理から示した同じ定理が、ここでは
「符号付きの覆い数」という純トポロジー的な量から出るのが痛快です。
注意 向きと写像度の要点
- 向き付けが必須。 M か N が向き付け不可能(メビウスの帯・クラインの壺)だと符号が一貫せず、整数値の
deg は定義できない——そこでは deg2(偶奇)しか使えない。向きは整数値化の代償。
- deg(f) はヤコビ行列式の符号の和。 逆像点で detdfx>0 なら +1、<0 なら −1。複素正則写像は
常にヤコビ行列式 >0(等角=向きを保つ)なので、複素の世界では符号がすべて +1——これが基本定理で効いた。
積分による写像度(つながり)
写像度には解析的な顔もあります。N=Sn 上の、全積分が 1 の n-形式 ω をとると
deg(f)=∫Mf∗ω.
「引き戻した体積形式を積分すると写像度になる」——多様体論のストークス・ド・ラームと直結する
表示です。左辺は離散的な点勘定、右辺はなめらかな積分。両者が一致するのは、写像度が
ホモロジー/コホモロジーのレベルで f が誘導する写像 Hn(M)→Hn(N) の“かけ算の係数”に他ならない
からです。離散のトポロジーと連続の解析が、写像度という一点で握手します。
この章のまとめ
- 向きを使い、逆像の点に dfx が向きを保つ/反転するで ±1 の符号を付けて足すと、整数値の
ブラウワー写像度 deg(f)=∑sgn(x)。ホモトピー不変(向き付き 1 次元多様体の符号付き境界は 0)。
- deg(z↦zk)=k、deg(id)=1、deg(定数)=0、対蹠写像 (−1)n+1。degmod2=deg2。
- deg=0⇒ 全射を使い、多項式の写像度が n であることから代数学の基本定理が出る。
積分表示 deg(f)=∫Mf∗ω で解析ともつながる。
写像を数える不変量ができました。次章はこれを、二つの部分多様体の交わりを符号付きで数える
交叉理論へ一般化し、自己交叉数やオイラー類の芽に触れます。