第9章 ハンドル分解
前章で、モース関数の臨界点の近くは標準形になると分かりました。今度は視点を大域に移します。水位 を 下から上げていき、劣位集合 (水位以下の部分)が育っていく様子を追う。すると劇的なことが 起こります——臨界点を通過する瞬間だけ位相が変わり、モース指数 のハンドルが一つ付く。臨界点の 情報から、多様体 をレゴのように組み立て直せるのです。まずは水位を動かして、この現象を目で確かめましょう。
水位を上げる:劣位集合の変化
球面では臨界点が 個(谷・山)、トーラスでは 個(谷・峠・峠・山)。水位 を上げると、劣位集合は 「空 → 円板 → …」と育ち、臨界点を通過するたびに位相がジャンプします。臨界点と臨界点の間(臨界値でない 区間)では、 の形は本質的に変わらない(連続的に伸びるだけ)。変化はすべて臨界点で起きる。そして 通過するたびに が積み上がり、最後まで上げると球面で 、トーラスで —— オイラー標数に一致します(第10章で詳述)。この「臨界点でだけ位相が変わる」ことを、二つの定理で厳密にします。
臨界値を含まない区間:形は変わらない
定理 変形定理(臨界値がなければ変わらない)
に の臨界値が無く、 がコンパクトなら、劣位集合 と は 微分同相。さらに は の変形レトラクト( は を連続的に縮めたもの)。
証明 (勾配に沿って流す)
臨界値が無いので 上で 。勾配を正規化したベクトル場 ( が単位速度で増えるよう調整)の流れに沿って点を動かすと、 の値が ちょうど時間ぶん増える。この流れは の各点を時間 で の表面へ運び、逆に流せば戻る—— だから 。「勾配に沿って水位まで押し上げる/押し下げる」だけ。
「臨界点が無ければ、水位を上げても形は伸びるだけで変わらない」。多様体論の流れ(ベクトル場の 積分曲線)が、ここで劣位集合を動かす道具になります。だから位相が変わりうるのは臨界値をまたぐ瞬間だけ。 そこで何が起きるか——ハンドルの接着です。
臨界点の通過:ハンドルが付く
定理 ハンドル接着定理
の中に、モース指数 の臨界点がちょうど一つ(臨界値 )あるとする。このとき は、 に-ハンドル を、その付着領域 で貼り付けたものと微分同相(ホモトピー的には に -セル を貼ったもの)。
なぜ -ハンドルなのか。モースの補題(前章)で、臨界点の近くは 。水位が を越える瞬間、劣位集合には 「下向き放物線の方向( 本)」に沿って新しい部分—— 次元の芯 ——が付け加わります。 指数がハンドルの次元をそのまま決めるのです。 次元で具体的に見ると:
- (谷底):新しい島(円板 点×円板=円板)が忽然と現れる。 が空から 円板へ。実演で「谷を越えると円板が生まれる」がこれ。
- (峠):既にある部分に**帯(-ハンドル )**が架かり、二つの縁をつなぐ。 円板が円筒(穴あき)になったり、二つの島が橋でつながったり。トーラスの実演で峠を越えると穴が育つ。
- (山頂・ なら ):最後の穴に蓋(-ハンドル )がされ、閉じる。 実演で山を越えると全体が閉じた曲面になる。
「谷でハンドルが生まれ、峠で橋が架かり、山で蓋がされる」——臨界点を低い順に通過するだけで、多様体が 組み上がっていく。実演の位相の言葉(円板→円筒→穴あきトーラス→トーラス)は、まさにこのハンドル接着の 実況でした。
ハンドル分解と CW 構造
すべての臨界点を通過し終えると、 全体が組み上がります。
定理 ハンドル分解と CW 複体
コンパクト多様体 上のモース関数 は、 のハンドル分解を与える: は、指数の低い順に -ハンドルを貼り合わせて得られる。ホモトピー的には、 は各臨界点ごとに -セルを持つ CW 複体にホモトピー同値。すなわち は「モース指数 の臨界点 個 ↔ -セル 個」で 組み立てられる。
これは驚くべき橋渡しです。位相幾何の CW 複体——多様体を胞体(セル)で組み立てる 枠組み——のセル構造が、モース関数の臨界点から自動で得られる。トーラスなら -セル (谷)、 -セル (二つの峠)、-セル (山)=標準的な CW 構造がそのまま出ます。「関数の山谷峠を数える」ことが、 「多様体をセルで組み立てる」ことと同じだった。微分(モース関数)と位相(CW 構造)が、臨界点を蝶番にして 一枚に折り重なります。
注意 つまずきポイント
- 位相が変わるのは臨界値をまたぐ瞬間だけ。 臨界値でない区間では劣位集合は微分同相(勾配で流せる)。 「連続的に伸びる」のと「ハンドルが付く」のを混同しない。ジャンプは臨界点でのみ。
- ハンドルの次元=モース指数 。 谷()は円板を生み、峠()は帯を架け、 山()は蓋をする。指数が「何次元の細胞が付くか」を決める。
- CW 構造はモース関数に依る(が、ホモロジーは依らない)。 別のモース関数を選べばセルの個数(臨界点の数)は 変わりうる。しかし次章で見るように、そこから計算されるホモロジーは の不変量。
この章のまとめ
- 水位 を上げると劣位集合 が育つ。臨界値をまたがない区間では微分同相(勾配で流せる)、 位相が変わるのは臨界点の通過時だけ。
- 臨界点(モース指数 )を通過すると**-ハンドル**が付く( 円板・ 帯・ 蓋)。指数がハンドルの次元を決める。
- 全臨界点を通過してハンドル分解が完成し、 は「臨界点 個 ↔ -セル 個」のCW 複体に ホモトピー同値。微分(臨界点)と位相(セル構造)が一致する。
セル構造が臨界点から出るなら、そのセルからホモロジーが計算できるはず。次章は臨界点の個数と多様体の ベッチ数を結ぶモース不等式へ。「臨界点は、少なくともベッチ数だけ必要」という下限が現れます。