数学の作り方 How to make Mathematics

第9章 ハンドル分解

前章で、モース関数の臨界点の近くは標準形になると分かりました。今度は視点を大域に移します。水位 cc を 下から上げていき、劣位集合 Mc={fc}M_c=\{f\le c\}(水位以下の部分)が育っていく様子を追う。すると劇的なことが 起こります——臨界点を通過する瞬間だけ位相が変わり、モース指数 λ\lambda のハンドルが一つ付く。臨界点の 情報から、多様体 MM をレゴのように組み立て直せるのです。まずは水位を動かして、この現象を目で確かめましょう。

水位を上げる:劣位集合の変化

球面では臨界点が 22 個(谷・山)、トーラスでは 44 個(谷・峠・峠・山)。水位 cc を上げると、劣位集合は 「空 → 円板 → …」と育ち、臨界点を通過するたびに位相がジャンプします。臨界点と臨界点の間(臨界値でない 区間)では、McM_c の形は本質的に変わらない(連続的に伸びるだけ)。変化はすべて臨界点で起きる。そして 通過するたびに Σ(1)λ\Sigma(-1)^{\lambda} が積み上がり、最後まで上げると球面で 22、トーラスで 00—— オイラー標数に一致します(第10章で詳述)。この「臨界点でだけ位相が変わる」ことを、二つの定理で厳密にします。

臨界値を含まない区間:形は変わらない

定理 変形定理(臨界値がなければ変わらない)

[a,b][a,b]ff の臨界値が無く、f1[a,b]f^{-1}[a,b] がコンパクトなら、劣位集合 Ma={fa}M_a=\{f\le a\}Mb={fb}M_b=\{f\le b\}微分同相。さらに MaM_aMbM_b の変形レトラクト(MbM_bMaM_a を連続的に縮めたもの)。

証明 (勾配に沿って流す)

臨界値が無いので f1[a,b]f^{-1}[a,b] 上で f0\nabla f\ne0。勾配を正規化したベクトル場 X=f/f2X=\nabla f/|\nabla f|^2ff が単位速度で増えるよう調整)の流れに沿って点を動かすと、ff の値が ちょうど時間ぶん増える。この流れは MaM_a の各点を時間 bab-aMbM_b の表面へ運び、逆に流せば戻る—— だから MaMbM_a\cong M_b。「勾配に沿って水位まで押し上げる/押し下げる」だけ。

「臨界点が無ければ、水位を上げても形は伸びるだけで変わらない」。多様体論の流れ(ベクトル場の 積分曲線)が、ここで劣位集合を動かす道具になります。だから位相が変わりうるのは臨界値をまたぐ瞬間だけ。 そこで何が起きるか——ハンドルの接着です。

臨界点の通過:ハンドルが付く

定理 ハンドル接着定理

[a,b][a,b] の中に、モース指数 λ\lambda の臨界点がちょうど一つ(臨界値 c(a,b)c\in(a,b))あるとする。このとき MbM_b は、 MaM_aλ\lambda-ハンドル Dλ×DnλD^\lambda\times D^{n-\lambda} を、その付着領域 Dλ×Dnλ\partial D^\lambda\times D^{n-\lambda} で貼り付けたものと微分同相(ホモトピー的には MaM_aλ\lambda-セル DλD^\lambda を貼ったもの)。

なぜ λ\lambda-ハンドルなのか。モースの補題(前章)で、臨界点の近くは f=cx12xλ2+xλ+12++xn2f=c-x_1^2-\cdots-x_\lambda^2+x_{\lambda+1}^2+\cdots+x_n^2。水位が cc を越える瞬間、劣位集合には 「下向き放物線の方向(λ\lambda 本)」に沿って新しい部分——λ\lambda 次元の芯 DλD^\lambda——が付け加わります。 指数がハンドルの次元をそのまま決めるのです。22 次元で具体的に見ると:

  • λ=0\lambda=0(谷底):新しい島(円板 D0×D2=D^0\times D^2= 点×円板=円板)が忽然と現れる。McM_c が空から 円板へ。実演で「谷を越えると円板が生まれる」がこれ。
  • λ=1\lambda=1(峠):既にある部分に**帯(11-ハンドル D1×D1D^1\times D^1)**が架かり、二つの縁をつなぐ。 円板が円筒(穴あき)になったり、二つの島が橋でつながったり。トーラスの実演で峠を越えると穴が育つ。
  • λ=n\lambda=n(山頂・n=2n=2 なら λ=2\lambda=2:最後の穴に蓋(22-ハンドル D2×D0D^2\times D^0)がされ、閉じる。 実演で山を越えると全体が閉じた曲面になる。

「谷でハンドルが生まれ、峠で橋が架かり、山で蓋がされる」——臨界点を低い順に通過するだけで、多様体が 組み上がっていく。実演の位相の言葉(円板→円筒→穴あきトーラス→トーラス)は、まさにこのハンドル接着の 実況でした。

ハンドル分解と CW 構造

すべての臨界点を通過し終えると、MM 全体が組み上がります。

定理 ハンドル分解と CW 複体

コンパクト多様体 MM 上のモース関数 ff は、MMハンドル分解を与える:MM は、指数の低い順に λ\lambda-ハンドルを貼り合わせて得られる。ホモトピー的には、MM は各臨界点ごとに λ\lambda-セルを持つ CW 複体にホモトピー同値。すなわち MM は「モース指数 λ\lambda の臨界点 11 個 ↔ λ\lambda-セル 11 個」で 組み立てられる。

これは驚くべき橋渡しです。位相幾何の CW 複体——多様体を胞体(セル)で組み立てる 枠組み——のセル構造が、モース関数の臨界点から自動で得られる。トーラスなら 00-セル 11(谷)、 11-セル 22(二つの峠)、22-セル 11(山)=標準的な CW 構造がそのまま出ます。「関数の山谷峠を数える」ことが、 「多様体をセルで組み立てる」ことと同じだった。微分(モース関数)と位相(CW 構造)が、臨界点を蝶番にして 一枚に折り重なります。

注意 つまずきポイント

  • 位相が変わるのは臨界値をまたぐ瞬間だけ。 臨界値でない区間では劣位集合は微分同相(勾配で流せる)。 「連続的に伸びる」のと「ハンドルが付く」のを混同しない。ジャンプは臨界点でのみ。
  • ハンドルの次元=モース指数 λ\lambda 谷(λ=0\lambda=0)は円板を生み、峠(λ=1\lambda=1)は帯を架け、 山(λ=n\lambda=n)は蓋をする。指数が「何次元の細胞が付くか」を決める。
  • CW 構造はモース関数に依る(が、ホモロジーは依らない)。 別のモース関数を選べばセルの個数(臨界点の数)は 変わりうる。しかし次章で見るように、そこから計算されるホモロジーは MM の不変量

この章のまとめ

  • 水位 cc を上げると劣位集合 Mc={fc}M_c=\{f\le c\} が育つ。臨界値をまたがない区間では微分同相(勾配で流せる)、 位相が変わるのは臨界点の通過時だけ。
  • 臨界点(モース指数 λ\lambda)を通過すると**λ\lambda-ハンドル**が付く(λ=0\lambda=0 円板・λ=1\lambda=1 帯・ λ=n\lambda=n 蓋)。指数がハンドルの次元を決める。
  • 全臨界点を通過してハンドル分解が完成し、MM は「臨界点 11 個 ↔ λ\lambda-セル 11 個」のCW 複体に ホモトピー同値。微分(臨界点)と位相(セル構造)が一致する。

セル構造が臨界点から出るなら、そのセルからホモロジーが計算できるはず。次章は臨界点の個数と多様体の ベッチ数を結ぶモース不等式へ。「臨界点は、少なくともベッチ数だけ必要」という下限が現れます。