数学の作り方 How to make Mathematics

第11章 コンパクト作用素とフレドホルム理論

有限次元にいちばん近い作用素

第1章で、無限次元の単位球はコンパクトでない、と嘆きました。でも作用素の中には、単位球をコンパクトに近い 集合へ写す——つまり「無限次元を有限次元的に潰す」ものがあります。これがコンパクト作用素。積分作用素が 代表で、積分方程式の理論(フレドホルム)を支えます。有限次元の線形代数(固有値・階数・解の存在)が、 コンパクト作用素に対してはほぼそのまま蘇るのが魅力です。

定義 コンパクト作用素

バナッハ空間の間の有界作用素 K:XYK:X\to Yコンパクトであるとは、有界集合の像が 相対コンパクト(閉包がコンパクト)であること。同値に、任意の有界列 {xn}\{x_n\} に対し {Kxn}\{Kx_n\} が 収束部分列をもつ。

コンパクト作用素は「有界列を、収束部分列がとれる列へ写す」。第1章で失った黄金パターン(有界列→収束部分列)を、 作用素の側が回復してくれるのです。だから存在証明が回るようになります。

コンパクト作用素の例

  • 有限階作用素(像が有限次元)はコンパクト。そのノルム極限もコンパクト。
  • 積分作用素 (Kf)(x)=abk(x,y)f(y)dy(Kf)(x)=\int_a^b k(x,y)f(y)\,dy(核 kk が連続)は C[a,b]C[a,b]L2L^2 でコンパクト (アスコリ–アルツェラ、集合と位相)。積分方程式の主役。
  • 恒等作用素 II は無限次元ではコンパクトでない(単位球の像=単位球が非コンパクト、第1章)。ここが核心。

コンパクト作用素=無限次元を有限次元的に潰す作用素(積分作用素が代表)。有限次元の線形代数が蘇る。

リース–シャウダー理論

コンパクト作用素 KK に対する IKI-K は、有限次元の I(行列)I-(\text{行列}) とそっくりにふるまいます。これを リース–シャウダー理論といいます。核心は「IKI-K の核と余核が有限次元で、しかも釣り合う」こと。

定理 リース–シャウダー

KK をバナッハ空間 XX 上のコンパクト作用素とする。T=IKT=I-K について:

  1. kerT={x:x=Kx}\ker T=\{x:x=Kx\}有限次元
  2. ranT\operatorname{ran}Tで、余次元 dim(X/ranT)\dim(X/\operatorname{ran}T) が有限。
  3. dimkerT=codimranT\dim\ker T=\operatorname{codim}\operatorname{ran}T(核と余核の次元が等しい=指数 0)。

(1) の証明の芽:kerT\ker T 上では x=Kxx=Kx なので、kerT\ker T の単位球は KK の像に入りコンパクト。単位球が コンパクトな空間は有限次元(第1章)——だから kerT\ker T は有限次元。「コンパクト作用素が有限次元性を注入する」 のがよく分かります。この釣り合い(指数 00)が、次の択一定理を生みます。

フレドホルムの択一定理

有限次元の連立一次方程式 (IA)x=y(I-A)x=y には、線形代数の基本事実がありました——「解が唯一存在する」か 「斉次方程式に非自明解がある」かのどちらか(正則か否か)。これが無限次元のコンパクト作用素へ拡張されます。

定理 フレドホルムの択一定理

KK をコンパクト作用素とする。方程式 xKx=yx-Kx=y について、次の二者択一が成り立つ:

  • (A) 斉次方程式 xKx=0x-Kx=0 が自明解 x=0x=0 のみ ⟹ 任意の yy に対し xKx=yx-Kx=y一意な解をもつ(IKI-K が可逆)。
  • (B) 斉次方程式が非自明解をもつ ⟹ xKx=yx-Kx=y が解をもつ     \iff yy が斉次随伴方程式の解すべてに直交 (解は存在すれば非一意、解空間は有限次元)。

証明

リース–シャウダーより dimker(IK)=codimran(IK)\dim\ker(I-K)=\operatorname{codim}\operatorname{ran}(I-K)。もし ker(IK)=0\ker(I-K)=0(単射)なら この共通の次元が 00、ゆえに ran(IK)=X\operatorname{ran}(I-K)=X(全射)=可逆で一意解((A))。ker(IK)0\ker(I-K)\ne0 なら 像は真部分空間で、その特徴づけ(随伴 IKI-K^* の核との直交)が解の可解条件を与える((B))。∎

フレドホルムの択一は「単射なら全射(=可逆)」という、有限次元では当たり前だが無限次元では一般に偽の事実が、 コンパクト作用素の IKI-K に限っては成り立つ、という主張です(第6章の右シフト SSSS=IS^*S=I だが全射でない ——SS はコンパクトでないから択一が使えない)。積分方程式 f(x)k(x,y)f(y)dy=g(x)f(x)-\int k(x,y)f(y)dy=g(x) の解の存在・一意性が、 この一つの定理で判定できます。歴史的には、これが関数解析誕生のきっかけでした。

注意 なぜ $I-K$ で、$K$ でないのか

コンパクト作用素 KK 自身は「良い」作用素だが、方程式で効くのは IKI-K(恒等+コンパクトな摂動)。II は 非コンパクト(無限次元性)、KK は有限次元性を注入。この二つの組み合わせ IKI-K が、ちょうど有限次元行列 IAI-A のようにふるまう。「無限次元の背骨 II を、コンパクトな摂動で有限次元的に制御する」のがフレドホルム理論の 発想。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 恒等作用素はコンパクトでない(無限次元)。 ここを誤ると理論が崩れる。コンパクトなのは KK であって IKI-KII ではない。
  • フレドホルムの択一は IKI-KKK コンパクト)専用。 一般の作用素では「単射⇒全射」は偽。コンパクト摂動という 強い条件があってこそ。
  • コンパクト作用素の極限もコンパクト。 有限階作用素のノルム極限としてコンパクト作用素が特徴づけられる (ヒルベルト空間では)。だから積分作用素がコンパクトになる。
  • 相対コンパクト=閉包がコンパクト。 像そのものが閉でなくてよい。「有界列の像が収束部分列をもつ」で言い換え られる。

この章のまとめ

  • コンパクト作用素 KK:有界集合を相対コンパクト集合へ写す=有界列を収束部分列がとれる列へ。有限階作用素とそのノルム極限、積分作用素が代表。恒等作用素は非コンパクト(無限次元)。
  • リース–シャウダー理論IKI-Kker\ker が有限次元・像が閉・指数 0dimker=codimran\dim\ker=\operatorname{codim}\operatorname{ran})。有限次元行列 IAI-A のようにふるまう。
  • フレドホルムの択一定理xKx=yx-Kx=y は「常に一意可解(IKI-K 可逆)」か「斉次に非自明解があり可解条件つき」の二者択一。積分方程式の解の存在・一意性を統べる。
  • 最終章では、コンパクト・自己共役作用素を「無限次元で対角化」する——スペクトル理論へ進みます。

次章では、スペクトルの概念(固有値では足りない)と、コンパクト自己共役作用素のスペクトル分解定理を扱います。