数学の作り方 How to make Mathematics

第10章 開写像定理と閉グラフ定理

逆作用素は自動的に連続か

方程式 Tx=yTx=y を解いて x=T1yx=T^{-1}y とするとき、逆作用素 T1T^{-1} が**連続(有界)**であってほしい——連続なら 「yy を少し変えても解 xx が少ししか変わらない」(解の安定性)が保証されます。TT が有界な全単射のとき、 T1T^{-1} も自動的に有界なのか。有限次元では当たり前ですが、無限次元では自明ではありません。

答えは「バナッハ空間なら Yes」。これを保証するのが開写像定理と、その系の逆写像定理です。前章と同じく ベールのカテゴリー定理から出る、三大定理の残り二つです。

定義 開写像

写像 T:XYT:X\to Y開写像とは、開集合の像が開集合であること。とくに 00 の近傍が 00 の近傍に 写れば(線形なら)開写像。

開写像定理:バナッハ空間の間の全射有界作用素は開写像。ゆえに全単射なら逆も連続(解が安定)。

開写像定理

定理 開写像定理

X,YX,Y をバナッハ空間、TB(X,Y)T\in B(X,Y)全射とする。すると TT は開写像である。とくに TT が全単射なら T1T^{-1} は有界(逆写像定理)。

証明

核心は「T(BX)T(B_X)(単位球の像)が 00 の近傍を含む」こと。Y=nT(nBX)=nnT(BX)Y=\bigcup_n \overline{T(nB_X)}=\bigcup_n n\overline{T(B_X)}TT 全射)。ベールのカテゴリー定理YY 完備)より、ある nT(BX)n\overline{T(B_X)} が内点をもち、対称性・凸性から T(BX)\overline{T(B_X)}00 の近傍 BY(0,δ)B_Y(0,\delta) を含む。次に完備性で閉包を外すyBY(0,δ)y\in B_Y(0,\delta) を、 T(BX)T(B_X) の元で誤差を半分ずつ詰める逐次近似(各段で yTxk\|y-Tx_k\| を半減)で表し、xk\sum x_kXX で収束 (絶対収束⇒収束、XX 完備)して y=T(xk)y=T(\sum x_k)xk\sum x_k\in (半径 22 の球)。よって T(2BX)BY(0,δ)T(2B_X)\supseteq B_Y(0,\delta)TT は開写像。全単射なら、開写像であること=T1T^{-1} が連続。∎

証明は二段構え:ベールで「像がある球を稠密に含む」を出し、完備性の逐次近似で「稠密」を「実際に含む」へ 格上げする。両方が要ります。逆写像定理の帰結として、次の便利な系が出ます。

定理 ノルムの同値(全単射作用素)

バナッハ空間 XX に二つのノルム 1,2\|\cdot\|_1,\|\cdot\|_2 が入り、両方で完備、かつ一方が他方以下 (x2Cx1\|x\|_2\le C\|x\|_1)なら、二つは同値(逆向きの評価も成り立つ)。

「片側の評価だけで、自動的に両側になる」。恒等写像 (X,1)(X,2)(X,\|\cdot\|_1)\to(X,\|\cdot\|_2) が有界全単射なので、逆も 有界——逆写像定理の直接の応用です。

閉グラフ定理

三大定理の三つ目。「作用素の連続性」を、より確かめやすい「グラフが閉じている」条件に置き換えます。連続性の 証明で、xnxx_n\to xTxnyTx_n\to y別々に仮定してよい、という実用上とても便利な定理です。

定義 閉作用素

線形作用素 T:XYT:X\to YグラフΓ(T)={(x,Tx):xX}X×Y\Gamma(T)=\{(x,Tx):x\in X\}\subseteq X\times Y とする。 Γ(T)\Gamma(T)X×YX\times Y閉集合xnxx_n\to x かつ TxnyTx_n\to y なら y=Txy=Tx)のとき、TT閉作用素という。

定理 閉グラフ定理

X,YX,Y をバナッハ空間、T:XYT:X\to Y全空間で定義された線形作用素とする。TT が閉作用素なら、TT は有界 (連続)である。

証明

X×YX\times Y はバナッハ空間、Γ(T)\Gamma(T) は閉部分空間ゆえバナッハ。射影 π1:Γ(T)X, (x,Tx)x\pi_1:\Gamma(T)\to X,\ (x,Tx)\mapsto x は 有界な全単射。逆写像定理より π11:x(x,Tx)\pi_1^{-1}:x\mapsto(x,Tx) は有界。π2:(x,Tx)Tx\pi_2:(x,Tx)\mapsto Tx も有界なので、 合成 T=π2π11T=\pi_2\circ\pi_1^{-1} は有界。∎

連続性の直接証明では「xnxx_n\to x ならば TxnTxTx_n\to Tx」を示す必要があり、TxnTx_n が収束することから確かめねば なりません。閉グラフ定理を使えば「xnxx_n\to x かつ TxnyTx_n\to y」と両方の収束を仮定して y=Txy=Tx を示せば よい——仮定が増えるぶん証明が楽になります。作用素の連続性を示す際の定番の抜け道です。

注意 全空間で定義、が効いている

閉グラフ定理は「TTXX 全体で定義され、かつ閉」なら連続、と言う。逆に、微分作用素のような非有界作用素は 閉だが全空間では定義できない(第3章)——定義域が真部分集合。だから「閉だが非有界」は 矛盾しない。全空間定義という前提がないと結論は出ない。非有界作用素論では「閉」性が連続性の代役を務める。

三大定理の全体像

三つの定理が、すべてベールのカテゴリー定理(=完備性)から出ました。関数解析の“背骨”を一望します。

注意 三大定理まとめ

  • 一様有界性原理(第9章):各点有界 ⇒ 一様有界。
  • 開写像定理:全射有界作用素は開写像 ⇒ 全単射なら逆も連続(解の安定性)。
  • 閉グラフ定理:全空間定義の閉作用素は連続(連続性証明の抜け道)。

いずれも「完備性 → ベール → 局所から大域へ」の同じパターン。ハーン–バナッハ(第7章、選択公理由来)と 合わせて、これらが一般バナッハ空間論の四つの支柱。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 開写像定理は TT が全射でないと使えない。 全射でない有界作用素は開写像とは限らない。全単射で初めて逆の 連続性が出る。
  • 閉グラフ定理は「全空間で定義」が前提。 非有界作用素は閉でも定義域が真部分集合なので、この定理と矛盾しない。 前提を落とすと誤用になる。
  • 閉作用素 ≠ 有界作用素。 全空間定義なら一致(閉グラフ定理)だが、部分定義域なら別。微分作用素は閉だが 非有界。
  • 三大定理はすべて完備性が必須。 バナッハでない空間では成り立たない。ベールが効かなくなる。

この章のまとめ

  • 開写像定理:バナッハ空間の間の全射有界作用素は開写像。証明はベール+完備性の逐次近似。系の逆写像定理で、有界全単射の逆は自動的に有界(解の安定性)。片側評価からノルムの同値も出る。
  • 閉グラフ定理:全空間定義の閉作用素(グラフが閉)は連続。連続性証明で「xnxx_n\to x かつ TxnyTx_n\to y」と両方仮定できる実用的な抜け道。
  • 三大定理(一様有界性・開写像・閉グラフ)はすべてベールのカテゴリー定理=完備性から。ハーン–バナッハと並ぶ関数解析の支柱。
  • Part III はここまで。次章から作用素論の核心へ。有限次元に最も近い作用素——コンパクト作用素とフレドホルム理論を扱います。

次章では、無限次元でも有限次元的にふるまうコンパクト作用素と、方程式 (IK)x=y(I-K)x=y を統べるフレドホルムの択一定理を見ます。